第14話 オーナーの苦悩
「「「ぎゃああああああああああああ!」」」
熊埜御堂ホテルのオーナーである熊埜御堂秀吾は46歳。宿泊客が家族連ればかりの時はホテルを夜勤スタッフに任せてしまうのだが、学生が合宿目的で宿泊する際には、トラブルに対応するために夜も寝ずに張り込むことになる。今日も、今日とて、肝試し目的で外に飛び出して行った学生たちが、大騒ぎをして悲鳴をあげている。
東京オリンピックが終わり、大阪万博が誘致されることが決定した後、ホテル産業が飛躍的に発展した時代があったのだ。第二次ホテルブームと言われる時に、敷地内から良質の温泉が湧き出たということもあって、昭和五十年に、熊埜御堂家は自宅敷地内にホテルを開業することになったのだった。
周辺の村落は過疎化が進み、次々と廃村に追い込まれる中、良質な温泉目当てで多くの観光客が熊埜御堂ホテルを訪れた。
近隣には葡萄や桃を栽培する農家も多く、後方に聳える酒巻山は標高982メートルと、低山ハイキングをするには丁度良い。熊埜御堂ホテルには多くのお客さんが訪れたのだが、三度の自然災害を受け、一時は廃業寸前にまで追い込まれながらも、なんとか経営再建に目処がたったところでのコロナショック。
劇場をリフォームした矢先での感染爆発だった為、ホテルの経営は再び傾いていたところで、宿泊客がアップした動画が大バズリすることになったのだ。
老舗のハ○ヤホテルが昭和レトロでインスタ映えが凄いとバズったあれとは違う。熊埜御堂ホテルは、撮影された心霊動画によって大バズリすることになったのだ。
ホテルのオーナーとして働き続けてきた秀吾は、詳しくは知らなかったのだが、一部の宿泊客の間でホテル館内で起こる心霊現象が話題となっていたらしい。
何しろ昭和五十年開業のホテルなので、建物自体が古いものだし、エントランスホールに飾られたシャンデリアなど開業当時に取り付けたものをそのまま使用し続けている。昭和でレトロと言ったらハ○ヤに迫る勢いなのかもしれないが、このホテルには『昭和レトロ』に『心霊現象』が加わることで、相当な数のマニアたちが、宿泊客として訪れるようになったのだ。
大学の演劇サークルの合宿としてホテルに宿泊したいと連絡があったのがひと月ほど前のこと。併設の劇場で舞台の稽古をしたいと言って予約を入れて来たのだが、
「また、大騒ぎをされる」
「襖を破られたら、絶対に弁償してもらおう」
と、秀吾は思っていたのだ。だがしかし、意外なほどに学生たちは真面目な態度で練習をしているし、大騒ぎすることなく食事をする姿を見て、
「意外にまともな子たちだったのかな?」
と、考えをあらためていたところ、
『ぎゃああああああああああああ!』
である。
やっぱり大学生は、何処も同じようなものなのだろうかと思いながら立ち上がると、外に出ていた学生たちが慌てふためきながらホテルの中へと飛び込んで来たのだった。
「ゆっ・・ゆっ・・幽霊がー〜!」
「お・・女の幽霊・・みた・・みた・・はじめてみた・・」
「怖い!怖い!怖い!今日眠れないって!」
女の子たちは、お互い抱き合いながら興奮の声をあげ続け、男の子たちは膝に手を付き、肩で息をしながら真っ青な顔で、
「ゆうれい〜」
と言っている。
「ああ〜、うちは定期的にお祓いをしてもらってはいるんですけど、かなりの確率で現れるみたいなんですよね〜」
フロントで出迎えた秀吾がそう言ってため息を吐き出すと、小さな懐中電灯を振り回しながら、
「あの!あれですよね!幽霊!木で首を括ったっていう!」
一人の学生が興奮冷めやらぬ様子で口の端に泡をくっつけている。
「皆さん、とりあえず落ち着かれた方がいいですよ。今、清めのお茶を振る舞いますので、それを飲んだら大丈夫ですから」
オーナーの秀吾がフロントに残り続けているのは、パニックを起こした宿泊客を落ち着かせるためなのだ。清めのお茶と言いながら、ちょっとだけ塩を入れた日本茶を小さな紙コップに入れて振る舞うと、大概の客は落ち着きを見せる。
ちなみにお茶は近所のスーパーで売っている安物で、塩を入れるのは、お祓い気分を味わえるから。完全なるプラセーボ効果を狙ってのものである。
「あっ・・ちょっと塩っぱい」
「清めの塩じゃね?」
「なんか、重かった肩が軽くなった気がする・・」
信じる者は救われる。思い込みで体調すら良くなるのだ。
「うちの温泉は、祓いの湯と一部の人にも言われていましてね、取り憑いた何かが良く取れるとも言われているんです。もしも幽霊を見たというのなら、夜寝る前に、温泉で温まってから寝た方がいいですよ」
「祓いの湯?」
「そういえば、お湯がちょっと塩っぱかったかも」
地下から汲み上げている間に、土中に含まれる塩分が湯に混ざって塩っぱくなっているのだが、ここはミネラルプラス、お祓い効果と思い込んで欲しいところ。
「ポットのお茶は受付に置いておくので、いつでも飲みに来て大丈夫ですよ。紙コップも置いてありますから」
心霊映像で大バズリをした当ホテルは、幽霊でパニックを起こしたお客さんの対応には磨きがかかっているところがある。
「俺、温泉に入ってこようかな」
「俺も・・」
「私も・・・」
ホテルのオーナーの誘導により、落ち着きを見せた学生たちが温泉へと移動を開始しようとしたところ、
「キャーーーーーーーーー―ッ!」
女性のたまぎるような悲鳴が響き渡ったのだった。
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