第4話  お祓いをしたのだけれど

 熊埜御堂金属加工工場で異常現象が現れ始めたのは、十日前のことだった。


 バンッ


 誰も居ないはずの壁が大きく叩かれ、


 ピシッパンッピシッピシッ


 空中に異様な破裂音が響くようになったのだ。


 設備投資に資金を回すことが出来ない、従業員60名程度の小さな工場。その裏には大学の敷地となるこんもりとした森が広がる為、狸やハクビシンの姿などは工場内で目撃することもあったらしい。


動物が悪さをした音だとか、古い工場だから建物の軋む音が響いただけだとか、そんな事をみんなで言い合いながら、何となく、気にしないようにしていたところ、

「社長!やっぱりあれはラップ音って奴ですよ!」

 旋盤の調子が悪かった為、遅くまで残業をしていた職員が顔を真っ青にしながら言い出したという。


「それに・・足音が・・誰もいないはずの場所から足音がしていたんですよ!」


 長年勤めてくれている古株社員の太田さんは、話しをしている間に、その顔色が青から白へと変色していく。


「ガラガラッと台車を押す音がしたのに、誰もいないし、カチカチカチカチ音がするんで見に行ってみても誰も居ないんです。作業中も、物を叩く音が響くので外を回ってみても誰も居ないし、そのうち、体がこう、縛り付けられたみたいになって、動かなくなってしまったんですよ」


 出勤時間前の早朝、目の下に真っ黒な隈を作って現れたその社員を前にして、熊埜御堂社長は、何度も自分の目を擦り付けることになったという。


「その日は、雲ひとつない晴天で、朝日が燦々と輝いている爽やかな朝だったんです。そう、爽やかな朝だと思っていたんですが、工場の敷地内に入ってみれば、どんよりとした空気を感じて、裏に広がる森からくる湿気かな?とも思ったんですけど、昨晩、家に帰っていないような様子の太田さんを見て、なんとも言えない違和感を感じたんです」


 作業服姿で、

「この工場はおかしい、お祓いをした方がいい、絶対にお祓いをした方がいいですよ!」

 そう叫びながら泡を吹いて倒れた為、すぐに救急車を呼んで病院に搬送することになったものの、血液データーは正常、だというのに高熱が出て意識が戻らない。その為、髄膜炎疑いで検査をすることになったものの、検査の結果は問題なし。


「ここまで来たら、もうお祓いしてもらうしかないと思って、近くの神社に相談に行って、神社の宮司さんにお祓いに来てもらうことになったんです」


 職場の職員全員が集まって、宮司さんに祓い清めて貰い、建物のお祓いも済んで、事務所にある神棚に新しいお札をお祀りしたところ、入院した太田さんの熱がスッと下がり、意識が戻ったとの報告が来たのだという。


「こんな不思議なことがあるんだなと思いましたし、神社の宮司さんも、無事にお祓い出来て良かったですって言いながら、笑ってお帰りになられたんです。太田さんは、残業していた間の記憶自体が無くなっていて、高熱を出し過ぎるとそういうこともあるなんてお医者さんには言われたんですけど、今までの疲労の蓄積もあるだろうってことで、しばらくの間は休んでもらうことにしたんです」


 とりあえず、不思議な現象も収まったように感じた熊埜御堂社長は、社長室のソファに座ってホッとため息を吐き出したところ、社長室の扉の外を、大きな何かが通り過ぎていく姿を目にしたのだという。


「それは、胴回りが二メートル近くある巨大な蛇でした」


 それは、僕が受付のところで見た蛇と同じものを言っているんだろうな。


「最初は錯覚だと思ったんですけど、はっきりと、白い大蛇が私には見えるんです。他の職員には見えていないんですけど、私には見える。これは大変だと思って、お祓いをしてもらった神社へ慌てて電話をしてみたんですけど・・」


 小太りで中年の社長に誘われて、社長室でお茶をふるまわれることになった僕らは、目の前に置かれたお茶がすっかり冷めてしまっていることにも気が付かず、固唾を飲んで、目の前の社長の言葉の続きを待ったわけだ。


 そもそも、指が切断されて、二日連続で後輩の天野さつきのアパートの扉の前へ落下するのもどうかと思うのだが、指が切断される以前の話が長過ぎる。


「その宮司さんは、帰りの途中で車の衝突事故に巻き込まれて、入院中だったんですよ」


 出た!テンプレのような展開!霊障にあった後に、事故に遭って入院、テンプレにも程がある展開!


「宮司さんが事故に遭ったという話を聞いたのが一昨日の話で、職員の一人が親指を切断する事故があったのが昨日のこと。今日もまた、旋盤で指が切れて飛んでいったという事故が起こって、とりあえず工場の方は一旦、稼働を止めたんです。だけど、客先の発注ミスで、納期が短くなっているものが結構な数あるので、このまま工場を閉めたままだと本当に困るんです!」


 確かに、幽霊が悪さするから工場を動かせないだなんて、客先にそんな事を言った暁には頭がおかしくなったと思われること間違いなしだと思うもの。


「いやー、私には巨大な蛇とか見えないんで、何とも言えないんですけど・・」


 指が飛んで来ないように、窓を閉めてくれとだけお願いに来ただけなのに、困り果てた表情を浮かべたさつきは、僕の方を見上げると、

「実はここに居る玉津先輩は、有名な神社の息子さんなので、そういった幽霊系の話についてはとても詳しかったりするんですよ」

 と、いきなり意味不明なことを言い出した。


「とりあえず、そのラップ音がしまくったという工場の方に、玉津先輩を連れて行ったらどうでしょうか?指が連続して切断された理由とか分かるかもしれないですし」


「えええ!貴方は神社の宮司さんの息子さん?もしかして、ここから歩いて五分のところにある?」

「そこの神社じゃないですけど、うちの実家は神社です」


「お祓いとか何とかで、テレビの取材とかも受けたことがある神社なんですよ〜。きっと、玉津先輩が居れば大丈夫だと思いますし、私も毎朝、落ちた指を見ないで済むのなら、先輩を工場に差し出すことも厭わぬ所存です〜」


「差し出すな!差し出すな!」

 後輩の家にお呼ばれして、ちょっとはしゃいでここまでやって来たら、とんでもないことになってしまったな。

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