第34話 準備が整いました
神社の息子である玉津先輩は、間違いなく霊感がある人だと思います。
お祓い目的で人形やら、着物やら、掛け軸やら、色々なものが神社に持ち込まれる関係で、大きな幽霊(もの)から小さな幽霊(もの)まで、色々と見えるタイプの人間なのです。
ちなみに私はほとんど見えないタイプ。
「女があそこに居る!こっちを覗いているって!」
「蛇!蛇!多すぎるって!」
「怖い!怖い!」
「ぎゃーーっ!」
絢女さん捜索隊は、全く捜索できないまま、驚き慌てて、転げているような状況です。それが霊の仕業だというのなら、私は大概のものが見えないタイプなのでさっぱり分からないんですよ。
要するに、女の幽霊とか、蛇とか見えるってコトなんですかね?
「声が聞こえた!」
「耳鳴りがする!」
「ガサガサいってる!」
「あっちでガサガサいったって!」
全然、分かんないですよ。音なんか聞こえないんだけどなぁ。
結局、絢女さんを目撃したカップルは早々に離脱をしてしまいましたし、絢女さん捜索隊は、神社の鳥居に辿り着く前にリタイア。
結局、ここまで辿り着くことが出来たのは、私と玉津先輩と、赤峰先輩含めた音響、照明の四人グループと、オーナーと熊社長の従兄弟同士です。
「先輩、ようやっと鳥居まで来ましたけども」
「・・・・」
こういう何が起こるか分からないような状況の時、先輩は自分で作ったお手製のホラーマスクではなくて、全く別の物を用意します。
現在先輩が装着しているのは『スケキヨマスク』という奴でして、金田一耕助のシリーズの中でもダントツの人気がある犬神家の一族。その中に出てくる、復員兵スケキヨが焼けて爛れた顔を隠すために装着しているのが『スケキヨマスク』ということになるんです。
何の装飾もない、白塗りで至ってシンプル過ぎるが故に、不気味にも見える『スケキヨマスク』なんですけど、所々、緑色のシミとか草とかがこびり付いています。さっき、驚き慌てて、一人ですっ転んで草むらの中に突っ込んでいたので、その時に付いたシミでしょう。
昔は神社に参拝する人も多かったからか、道路自体は途中までアスファルトで舗装されているんですが、周辺の雑草の生い茂り方が半端ないんですよね。しかも、鳥居から先は鬱蒼と竹藪が生い茂っている関係で、まだ日が暮れていないのに、不気味感が相当です。
「普通に歩けば十五分ってところですかね?途中、ちょっと登りがキツかったですけど、山の神社だったらこんな物ですかね?」
「天野さん、僕は本当に君が羨ましいよ」
流石の先輩も、計3回もすっ転んでいるので、マスクを外す気になったみたいです。
「君さ、今まで、何も見えていないんだよね?」
マスクを外した先輩は、相当のイケメンです。そこらのタレントだったら、平伏してしまうほどの美しさです。その先輩が瞳に怒りの炎を浮かべながら私を見つめます。
何故、怒る?途中から、足元がおぼつかない先輩の手を引っ張ってあげたじゃないか。
「え?見えてないって何?」
聞き捨てらならないと言った様子で、赤峰先輩たちが私の方へとやって来る。
「何が見えてないの?どういうことなの?」
「さっきの、見えていたよね?竹藪の向こう側に、女の幽霊が佇んでいるのが見えたよね?」
「それよりも蛇だよ!えげつない数の蛇が小川の方を泳いで渡っていたじゃないか!」
「怖いよぉ!もう嫌だヨォ!」
私はごくりと唾を飲み込みました。
「え?蛇なんかいましたっけ?」
ギョッとした顔でみんなが目を見開くと、玉津先輩以外の人たちが、何故か、私から逃れるように一歩下がります。
「女の声、聞こえたよね?」
「ヴゥウウウウッって言っていたよね?」
「えええ?野鳥の声じゃなくて?聞き違えとかじゃないですか?」
「嘘だろ!」
「霊感ゼロってコトなのか!」
「天野さんはさ、超強力な霊しか見えないんだよ!今までのだって、全然見えていなかったんだろう!いいよな!見えないっていいよな!」
無茶苦茶羨ましいみたいにいわれても、こっちもこっちで困っちゃうんだけどなぁ。
「そんなことよりも・・行きましょうよ」
「日が暮れちゃいますよ」
明らかに疲労困憊な様子の、おじさま二人が時計を見ながら言いました。
「暗くなったらもっと怖いことになるかもしれないし」
「そうですね、ここで日が暮れちゃったら、流石の私でもちょっと怖いです」
私の発言に、赤峰グループが声を上げています。
「ちょっと怖いってどういうこと?」
「もう、深く考えるのはやめておこう!」
「天野さんにはついていけないよ!」
考えてみたら、私、このグループの中で紅一点状態なんですけど、扱いが酷くないですか?
◇◇◇
天野さつきは守られている、なんでか知らないけど守られている。
僕も近くに居ることでその恩恵に与っている身だけど、これだけの幽霊騒ぎが見えないし、聞こえないだなんて、本当に、本当に、羨ましいよ。
僕は今まで酒巻山って来たことがなかったんだけど、家族でも気軽にハイキングできるほど標高も低いし、登山道自体も整備されているんだよね。観光客を誘致したい川津村としては、酒巻山を起点とした縦走登山が出来るように山を整備したり、登山客や観光客が利用できるように道の駅を作ったりと、結構頑張っているみたいなんだよ。
昔は登山客が多かったと言うのに、図書館の司書さんに聞いたところ、今は山より川遊びの方が主流となっているらしい。
確かに昔は山が大人気だった、それはパワースポットだったから。
清々しい空気、厳粛感や神秘感なんかもあっただろう。今は均衡が崩れている為に、怪奇現象ばっかり起こってしまう、最恐の心霊スポットみたいな感じになっちゃっているんだな。
「それでは皆さん、準備は整いましたね?それでは、鳥居の前で一礼して、神社の方へと進みましょう!」
自称、神社へ探しに行く組、引率者の赤峰が張り切った声を上げている。
一番手前の鳥居は石の鳥居で、竹藪が生い茂る参道を進んでいくと、朱色に塗られた第二の鳥居が現れる。第二の鳥居は朽ちかけているため雰囲気があり過ぎる。その先には狛犬が並び、参道はその奥へと繋がっていく。第二の鳥居を越えてしばらく歩くと第三の鳥居があり、その先は石階段となっていた。
「ああ、懐かしいな」
鳥居の手前から階段を見上げていたオーナーが、感無量といった感じで言い出した。
「ここに来るのは四十年ぶりか、吾郎くんや健吾さんともよく遊びに来たし、あの時は郁美さんも元気で、僕に良くお菓子を分けてくれたんだ」
「郁美さんというと、オーナーの大叔母さんの?」
「そうです。当時、すでに郁美さんはおばあちゃんになっていて、結婚もせずに神社の管理を続けていたんですよね」
「おばあちゃん?大叔母さんの霊は、おかっぱに黒いワンピース姿なんですよね?」
さすがは赤峰、遠慮のない不躾な質問を浴びせているけれど、オーナーは嫌な顔ひとつせずに答えている。
「僕が最後に会ったのは6歳の時だったけれど、大正生まれの郁美さんはすでにおばあちゃんになっていた。背が曲がっていて、いつでもニコニコ笑っている人だったけど、昔は、それは綺麗な人だったという話も聞いているし、親から写真も見せてもらったことがある。うちの母屋の方には当時の家族写真なんかも飾ってあるから、その写真を見たことがある人が、ホテルに現れる幽霊は、郁美さんによく似ているって言い出したのがきっかけで・・」
オーナーはその時、ぽつりと言ったのだった。
「あの時、僕が遊びに行こうなんて言わなければ、吾郎くんも無事で、郁美さんも自殺なんてせずに済んだんじゃないのかな・・・」
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