第18話  狩野部長の苦悩

「誰も廊下に居ないのに足音がした!」

「部屋でラップ音がするんだよ〜」

「寝ようとしたら『たすけて〜』っていう女の人の声がした!」

「部長!怖い!怖い!怖い!助けて!」

「ちょっちょっちょっ!待って!待って!」


 サークルの合宿だから、一つの部屋に集まって飲み会をするというのは大前提で準備をして来たつもりだけれど、幽霊が怖くて集まってきた女子部員がや男子部員が、部長である狩野の部屋にどんどんどんどん集まってくるため、飲み会というよりかは、避難所みたいな有様となっていた。


「落ち着こう!みんな落ち着こう!」


 部長の狩野は、みんなに酒を渡しながら言い出した。

「こういう時には、お酒を飲んで、身を清めれば取り憑かれたりしないらしいから」

 これは幽霊ホテルのオーナーからの受け売りだった。


「お酒を飲めない人は、清めのお茶を貰ってこよう!赤峰、お茶を取りに行く子たちについて行ってあげて!」


 清めのお茶には塩が入っている。何かがあってもお祓い効果があるに違いない。


「不審者が現れたし、心霊現象が百パーセント起こるっていうし、皆んなの話から察するに、すでに心霊現象が起こりまくっているのかもしれないけれど、落ち着いていこう」


 オーナーの話によると、心霊目的で宿泊した学生は、大概、パニックを起こして襖の一枚や二枚は破壊をして、弁償騒ぎとなるらしい。部長としては、無駄な出費だけはしたくないため、部員をまずは落ち着かせることを最優先にすることにした。


「動く時には集団で動くようにしよう。眠くなったらここで寝てもいいし、自分の部屋に戻って寝てもいいけど、移動する時には二人以上で移動しよう」


「あの〜、絢女さんだけ、一人で部屋で寝ているんですけど、それはどうしましょうか?」

 空気を読まない小道具佐川は、絢女と同室だったりするのだ。

「とりあえず扉の鍵は閉めてあるんだよね?それだったら、朝まで寝かせておいてあげようよ」


 狩野も寝ている絢女の部屋を覗きに行ったのだが、絢女は本当にぐっすりと眠っていた。金田一展開と心霊のコラボで、見かけは幽霊、中身は絢女ではないかと、一瞬疑ったのだが、そういうことではないらしい。


「それにしても、不審者が現れるなんてびっくりですよ!」

「女性の不審者だったんですよね?部長は見たんですか?」

「いや、僕は見てないんだよ」


 狩野と赤峰が脱衣所に行った時には、すでに不審者は逃げ出した後だった。


「カミソリで切り掛かって来たっていうんだけど、本当に怖いよね」

「ナイフとか包丁とかじゃなくて良かったよな。そこで、万が一にも殺されていたら、夜が明けるまでに、あと二、三人は、殺されているかもしれないじゃん」

「金田一展開が過ぎるって」


 確かに、大学の演劇サークルが劇場付きのホテルに行って、なんやかんやあったとは思うけど、

「うちのサークルに、過去にエグい虐めした奴いる?いねえよな!」

 どこかで聞いたセリフをオマージュするのはやめて欲しい。


「蒼学の生徒じゃないんだから、虐めに目を向けずに過ごしたことはあれど、エグい虐めに加担はないでしょ?」

「俺たち、所詮は地味で真面目な聖学生徒だし」

「いや、真面目に見えて、犯人はお前か!みたいな金田一展開なかったか?」

「誰か!犯人が居るなら名乗り出て!今ならまだ刑も軽くて済みますから!」

「だから、誰も死んでないし、邦斗が女の不審者にカミソリで襲われただけだから!」

「犯人は男じゃないんだな・・だったらコナン的な展開か?」


 金田一とコナン、女が犯人の比率が高いのはどっちかとかどうでもいいから!殺人事件が起こったわけじゃないんだから!


「ああー・・頭おかしくなりそう〜!」


 狩野部長が頭を抱えてゴロゴロしていると、お茶を片手に戻ってきた赤峰が、

「それじゃあ、みんな集まっているみたいだし、これから怪談話をしようぜ!」

 なんてことを言い出したのだ。


「もーやめてくれ!誰かがパニック起こして襖を蹴破ったら、赤峰に支払いをお願いするよ?それでもいい?襖って結構お値段かかるんだよ?」


「ええー!なんで俺が払うのー!」

「お前が怪談話の言い出しっぺだから」

「そんな〜!霊障百パーセントのホテルで百物語をしないで何をするって言うんだよー!」

「やだ!やだ!幽霊の話なんか聞きたくない!」

「えー!定点カメラ設置しようと思っていたのにー!」


 四つの布団を敷いたらギチギチ状態になる部屋に、二十人近く集まっていること自体が間違っているのだ。


「わかった!心霊ハンター組は、一つ、部屋を明け渡す!そこで怪談話をするなり、百物語をするなり!好きなことをやって構わない!もしもパニックになって襖を蹴破ったら、各自で自己負担するように!」


 心霊ハンターは赤峰を筆頭にした、照明、音響組となるため、いそいそとアクションカメラの準備を始めている。なにしろ、心霊動画をSNSにアップしてバズろうとしている奴らなのだ。機材の種類が多過ぎる。


「この中にカップルの者も居るとは思うが、邦斗と萌依子は貸切露天風呂でイチャつこうとして、不審な女性に襲われた。以上のことを考えるに、カップル同士でイチャつくのなら帰ってからにするように!」


 ギクッという感じで固まっている部員を見下ろしながら、狩野部長は断言するように言い出した。


「現在、空き部屋が二つ残されているけれど、そっちに移動、行為中に殺されるというのは、ジェイソンの鉄板展開とも言えると思う。みんな気をつけよう!ここまで言ったんだから何かあったとしても、部長の僕としてはこれしか言えないよ。知らんで!」


 こうして何とかかんとか、一晩を過ごして朝を迎えることになったのだが、翌早朝、点呼に入った狩野部長は生唾を飲み込むことになったのだ。


 結局、部員たちは集団で雑魚寝状態になってしまった為、陸守絢女はたった一人で一晩を過ごすことになってしまったのだが、翌朝、部屋を覗いてみると、絢女の姿が何処にもいない。


 兄である邦斗のところにも居ないし、彼女の荷物も残されていない。


 兄である邦斗は諦め切った様子で肩を落としながら、

「家に帰ったんだと思います」

 と、言い出したのだった。


「俺が萌依子に付き添っているのが気に食わなかったみたいなんです。大分怒っていたんで、それで家に帰っちゃったのかも・・」


「それ、本当に帰ったのかな?」


 なにしろ、昨夜は不審者がホテルに侵入していたのだ。大学の合宿中、登場人物が犯人に連れ去られて行方不明なんて展開、金田一展開の一つでもあると思うのだけれど・・

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