第30話・友とお風呂とこれからと②

 子供の面倒をみるのは大変。

 自覚していたはずだが、まさかこんなにも大変だとは思わなかった。


 玉城は露天風呂に入りながら心底痛感した。


 思い思いに行動する子もいれば、考えていてもふらふらと何処かに行ってしまう子もいる。

 勿論それらは彼女達の個性であるものの、保護者を任されている身としては気が気ではなかった。


「熱いのですー。何故人間はこんなものを有難がるのか理解不能なのです」


 ほらきた。


「えー、きもちいいよおふろ」

「ストゥーは冷たいからね」

「まるで心が冷たいみたいな言い方するなです! みんなと違って熱が苦手なのです」


(あ、そうか。氷属性だからか)


「ストゥーリアちゃん。それだったらあっちにぬるめのお風呂があるよ。そっち行く?」

「子供扱いするなです。自分のことは自分で出来るのです」


 フンっと鼻を鳴らして青髪の女の子は炭酸泉の方へと向かっていった。


 どうも彼女とは相性が悪い。

 素っ気ない彼女の態度を目の当たりにしていたら、どうしてもそのような考えが頭の中に浮かんでしまう。


 実は誰に対してもそんな態度であることを玉城は知らなかっただけなのだが。


「1人で大丈夫かな」

「ストゥーはしっかりしてるから平気」

「そっか。じゃあ私達はもう少しここにいよっか」

「うん」


 両手だけでハイハイするように動き回るフレアの様子を見ながらお湯に浸かる。

 長女はお湯の熱さが平気なのか、お湯が噴き出る場所の近くに寄っても嫌がる様子はなかった。


「フレアは火を扱うから」

「うん、急に人の心を読むの止めてくれるかな。ゼファーちゃんは平気なの?」

「ボクは普通」


 言って、彼女は口元まで潜った。

 そしてブクブクと水面に泡を作って遊んでいた。


「たま! たま!」

「『たま』ってもしかして私のこと? で、どうかした?」


 口を覆ったフレアが急に近寄ってきた。

 何やら慌てた様子のようだ。


「ふぐっ!? くしゃみ出そう」

「え? 普通にすればいいんじゃないかな?」

「フレアはくしゃみをすると火が出る。他の人間に見られると不味い」


(あ!? それは確かに駄目かも!?)


 周囲の人間が髪色の珍しさからどうしても視線を飛ばして来るこの環境。

 いくら夜で多少視界が悪いといっても炎は誤魔化しきれない。


「え、ど、ど、ど。どうしよう!」

「落ち着いて。フレアもう出そう?」

「ふっ!? も、ちょっとでぇ」

「仕方ない」


 三女は急に立ち上がるなり長女の元へ。

 そして彼女が大きく息を吸い込んだのを見計らって――


「ぶばばばぼっ!?」


 全力で長女の頭を水面に叩きつけた。

 一瞬、何が起きたのか分からず玉城は戸惑うことしか出来なかった。


「だ、だ、大丈夫フレアちゃん!」


 息継ぎのためにお湯から顔を出した長女に向かって慌てて言う。


「あー、すっきりした! ありがとうゼファー」

「ん」


 度肝を抜かれた。

 そんな表現が正しい。


「あははは。良いんだね、それで」


 つくづくドラゴンというものは規格外である。

 この子達と居ると退屈しない。


 玉城は静かに頷いた。。


「私もちょっとぬるめの方に行こうかな。申し訳ないけどゼファーちゃん。フレアちゃんと一緒に居て貰っていい?」

「ん。任せて」


 彼女からは信用されているようで、随分と素直に受け取ってくれていた。


「ありがとう」と言葉を残し、タオルを体に巻いてストゥーリアが居るであろう内風呂の方へと歩く。

 建物への扉を開けると、ひんやりとした外の空気違った生温かなそれが流れてきた。


「あれ? ストゥーちゃん居ないな」


 居ると思っていた場所にはおらず、薬湯の方へと足を伸ばす。

 しかしそこにも彼女の姿は無かった。


「もしかしてもう上がっちゃったのかな? それかサウナとか?」


 しかしここのサウナは子供の入室は禁止されている。

 知的な彼女が注意書きを見ないとは考えられなかった。


 とはいえ、一応サウナがある場所へと進んでみる。


「あ」


 サウナを目指す途中、彼女は居た。


 遠目から見ても幸せそうな表情をしているのが分かった。

 青髪の彼女は、10度にも満たない水風呂の中でプールの中にでもいるのかのように

 くつろいでいた。


(ははは、氷属性……)


 折角ここまで来たのだからと彼女の下へと歩みを続ける。


「ストゥーリアちゃん。ここに居たんだ」

「ぬ。何の用です? もう上がるのですか?」

「いや、まだだけど。ストゥーリアちゃんはこっちの方が嬉しそうだね」

「ドラゴンは人間とは嗜好が違うのです」

「ドラゴンというよりかはストゥーリアちゃんがだよね」

「フレアもゼファーも水浴びの良さが分かってないだけなのです。お風呂は水に限るのです」

「うんうん、そうかもね。私はー、炭酸泉の方へ行くね」


 言った途端、ストゥーリアが呆れた表情を見せる。


「はぁ、仕方ないのです。一緒に行ってやるのですよ」

「え、良いの?」

「私に用があるのが丸見えなのですよ」


 彼女は分かりやすく短く息を吐くと、水風呂から上がってこちらに来た。

 そして親子のように並んで炭酸泉へと共に向かう。


「これぐらいの温度なら大丈夫?」


 ぬるま湯に体を入れながら聞いてみる。


「問題ないのです。で、何が聞きたいのです? まさか『仲良くお風呂に入りたかった』なんて言おうものならただじゃおかないのです」


(大部分は仲良く入りたかっただけなんだけどなぁ。そうだ)


「林道くんとはどう? 仲良くやれてる?」

「見た通りなのです」

「ここの生活は慣れた? 何か困ってない?」

「まともな図書館が大学ぐらいにしかないのがネックなのです」


 他愛無たわいない質問を次々に応えていくストゥー。

 話のタネになると思っていた玉城にとって、この悩みの回答は苦しかった。


「はぁ。分かりやすい性格ですねー」


 大きく溜息を吐いた次女はふと天井を見上げた。


「お前は人間のことが好きなのです?」

「人間……?」


 一瞬理解出来なかったものの、すぐに彼女の言う『人間』が意味する人を浮かべる。


「そ、そ、そんなんじゃないよ!」

「ふぅ。そんな顔を真っ赤にしておきながらその反論は通らないのです」

「む、むにゅー」


 観念したように顔を水面に沈める玉城。

 親睦を深めたいと思っていただけなのに、思わぬ形で急所を突かれる羽目になってしまった。


「お前は人間の何が好きなのです?」

「何って、その」


(あれ……?)


 彼の何処が好きなのだろう。


 優しいところ?

 面倒見が良いところ?

 賢いところ?

 気が利くところ?


 色々考えてみるがしっくりくるものが無い。

 間違いなく彼に対して好意を抱いているはずなのに、はっきりと何が好きなのか浮かばなかった。


「即答出来ないレベルなのですか?」


 こんなことを言われてしまうのは当然だ。

 好きな相手の好きな箇所を伝えられないのだから仕方ないだろう。


「ま、それが普通なのです」

「え?」

「個人には良いところも悪いところも沢山あるのです。急にこんなことを言われても困惑するのですよ」

「それじゃあ何でこんな質問を?」

「別に。ただお前の話が聞きたかっただけなのですよ」


 素直じゃない。


(素直じゃないなぁ)


 だが、これも。

 個性である。


「私が林道君の好きなところは……そうだなぁ。人間臭いところかも」

「ふふん。それには同感なのです」

「あとは優しいところとか?」

「それには同感しかねるのです。口うるさいのですよ人間は」

「そうかなぁ。一緒に住んでるからかなそれは」


 それから2人して龍雅のことを話し合った。

 その結果、少しだけストゥーリアとの距離が近付いたものの、お風呂上りに龍雅の顔を直視することが出来なかった。

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