第23話・フレアの戦い

 たまにはボールを使った遊びも良いだろう。

 そう思ってフレアを村に1つしかない公園に連れて来たのだが、間違ってはなかったようだ。


 赤髪の少女はまるで犬のように公園の中を走り回っていた。


 ここは今でこそ公園として扱われているが、どう見ても廃校になったグラウンドである。そのままとなった校舎に加え、使用禁止の張り紙が貼られた鉄棒やシーソーなどが並んでいた。


「行くぞフレア!」

「うん。ばっちこーい」


「本当に何処でそんな言葉を覚えてくるのか」と、思いながらボールを蹴りだす。

 安物のカラーボールだが、サッカーごっこをするだけなら充分だろう。


「ふわっ!?」


 トラップしようとしたもののタイミングが合わず、股の下を通してしまう。


「いがいとむずかしいねー」

「徐々に慣れてくるさ」


 無我夢中にボールを追い掛け、手に持って戻ってくる。


「いくよー」

「おお!」


 力強く地面に置いたボールを蹴ろうとする。

 が──、


「ふぇぇ!?」


 放たれた右足は綺麗な弧を宙に描いた。

 蹴りを放った本人はというと、バランスを崩しくるっと回転。

 漫画によくある1コマのように見事にこけていた。


「だ、大丈夫か!」

「あはは。やっちゃった」


 フレアの小さな手を引いて起こす。

 派手に転んだものの、楽しそうな笑顔を見せる彼女に龍雅はほっと胸を下ろした。


「最初は小さい動作で蹴るのがコツだぞ」

「こんなかんじ?」


 先程よりも3分の1ほどのバックスイングでボールを蹴り出す少女。

 今度は上手く中心を捉えたようで、龍雅が元居た場所に転がっていった。


「上手い上手い。コントロールを重視するなら足の横で蹴るのも手だ」


 言いながら小走りで向かいボールを捉える。

 あまりスピードは出ないが、どうにかフレアの足下へと転がった。


「おぉ。こうかな?」

「いいぞ。次はもうちょい強く蹴ってみろ」

「うんうん。だんだん分かってきた!」

「良いじゃん良いじゃん。将来が楽しみだな」


 出来る限り褒めながら同じ動作を繰り返す。

 実際フレアはかなり筋が良く、ボールが10往復する頃には弾道もかなり安定していた。


「おもしろいねこれ―。ストゥーもゼファーも来ればよかったのに!」


 ボールを浮かせながらフレアが言う。

 ちなみに他の妹達はというと、昼食後のお昼寝をキメていた。


「そろそろ何か別の。そうだな」


 ネットが破れたゴールを使ってPKでもやろうか、と言おうと思った時である。


「ここはオレたちの遊び場だぞ!」


 背後から野太い声が襲ってきた。


 咄嗟とっさに振り向くと、そこにはフレアとそう身長が変わらない男子達が3人。

 ぽっちゃりに短身に眼鏡と、テンプレのような少年達が居た。


「お前ら見たことねーけどよそ者か! よそ者が勝手にここで遊ぶんじゃねー!」


 ぽっちゃりがずかずかと大きな足取りでフレアに近づいていく。

 そして、力を誇示するようにカラーボールをあらぬ方向に蹴り飛ばした。


「何するの!!」

「はっ、オレたちのテリトリーで何しようと勝手だろ。チビはでてけや!」

「むぅ! そんなに大きさかわらないよ!」

「おいおいチビが何か言ってるぜ。お前ら理解できるかぁ?」


 調子に乗るぽっちゃりの周りに眼鏡と短身も集まってくる。


「全然分かんないでゲスよ。それにこんな髪も赤く染めて不良に違いないでゲス」


 と、眼鏡。


「やーい、ちーびちーび」


 と、今度は短身。

 だが、誰がどう見ても彼の方がフレアよりも小さかった。


「アタシちっちゃくないもん!」

「ちっちぇーちっちぇーでゲス! ほらっ」


 ぼっちゃりと比較しようとする眼鏡。

 短身と比べないあたりかなりズルかった。


「不良でチビとかいいとこねーなー」

「よそもんは家でおままごとでもするでゲスよ」

「帰れ帰れー」


 優勢とみるや一気にたたみ掛けてきた。


 流石にこれ以上調子ずかれるのは不味い。

 主にこのクソガキどもの命が。


「ちょいちょい」


 フレアを援護するべく割って入る。


「何だよおっさん」

「おっさ!?」


(まだ18だがっ!? いや、落ち着け俺。子供から見たら大人はみんなおっさんだ)


「こんだけ広いんだから少しくらい使わせてもらっても良いんじゃないかなー」

「あ? 視界にチビがいると目ざわりなんだよ。だからヤダ」

「チビじゃないもん!」

「うるせー、チビ。大体おっさん」

「な、なんだい」

「子供の話し合いに大人が介入してくんなよな。見苦しいぜ、ばーか」


 暴力というのはこういう時に振るいたくなるのだろう。

 敬意の無い自己中心的な文句に龍雅の堪忍袋の緒も切れ掛けていた。


 しかしながら、文句をぶつけられた龍雅よりも遥かに怒りを溜めている存在がいた。


「今、りょうがのことなんて言った?」

「あ? お前には関係――」

「なんて言った!!」


 少女の怒号がグラウンドに響く。

 さしものワルガキ達も、フレアが放つ空気に気圧けおされているようだった。


「ふんっ、そ、そんなにらんだって無駄だぜ。大体そんなサッカーしたけりゃ――」


 クソデブが自前のサッカーボールを蹴りながらゴールマウスの方へ歩いていく。

 そして、ゴール前に立つとフレアに向かってボールを蹴った。


「俺から1本でもゴールを奪ってみせな」


 すかした顔で決め台詞を放つデブ。

 どれだけ取りつくろったところで、性根が終わっていることには変わりないのだが。


「負けない」


 初めて見る鋭い眼光の長女に目を奪われる龍雅。

 それはデブの取り巻き2人も同じだったようで、あれだけ五月蠅うるさかった文句の嵐もすっかりとなりを潜めていた。


「やくそくして!」

「何を?」

「アタシがかったらここであそんでもいいって。それと」

「あぁ?」

「りょうがをバカにしたことあやまってっ!!!!」


 今日一番のフレアの声が校庭に響く。

 どうやら自分が馬鹿にされることよりも、龍雅をおとしめられる方がかんさわったようだ。


「良いぜ。勝てたらな。ま、無理だと思うけど」

「やってみないと分からないよ!」


 その言葉を皮切りに静寂が訪れる。


 フレアに対してじっと真っすぐ視線を定めるデブ。対して鼻息を荒げながらボールを見つめるフレア。

 そして、勝負を邪魔しないよう静かに見守る龍雅と取り巻き。


「行くよ!」


 フレアは威勢の良い声を放つと同時に足を大きく振り上げた。

 速く、そして力強く放たれた右足はサッカーボールの中心を捉え、


 ボールを空高く打ち上げた。

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