第24話・勝負の先

「もうー、むかむかするぅ!!」


 庭でボールに当たり散らすフレア。


 PK勝負でクソデブに負けてから1日。

 朝ご飯を済ませてもまだ長女は荒れていた。


「ボールに当たってもどうにもならないのですよー。集中出来ないから少し黙るのです」


 縁側で本に夢中なストゥーリアが文句を言ってくる。

 暖かすぎず寒すぎず。本を読むにはうってつけの気温だろう。


「だってだってだって!!」

「どんなに怒ったところで負けは負けなのです。悔しかったらそいつを打ち負かすしかないのです」

「そう言うならストゥーもれんしゅうてつだってよ!」

「面倒なのでパスです」


 言って、次女は本の世界へと戻っていった。


「じゃあゼファー!」

「ボクも良いかなー。グラウンドの使用権に興味無いし」

「みんなひどい!!」


 三女にも裏切られ、味方がいなくなった長女が涙目でこちらを見てくる。


「いやいや、俺は協力してるだろ」


 今とて庭で彼女の練習に付き合っている。


「かてるようにしてー」

「と言ってもな……」


 ボールを上手く蹴る。

 たったそれだけのことでも一朝一夕で身に付けるのは難しい。

 何せプロが存在する世界の技術なのだ。

 プロ級まで行く必要は無いとはいえ、昨日ボールを初めて蹴ったフレアがキーパー付きのゴールを決めるのは難しそうだった。


「りょうがぁ」

「うーん、厳しいなぁ」


 うなりながら彼女にパスを出す。

 緩やかな速度で転がったボールは、長女の足先へとぶつかり止まった。


「アタシもドラゴンだよ。ドラゴンはかんたんにまけちゃいけないのに」


 ドラゴンは強者である。

 最近何度も聞いた言葉だ。


(別にこんなところまでこだわる必要ないと思うが)


 誰にだって得意・不得意はある。

 いくらドラゴンが強い生物とはいえ、全てに通用するわけでは無いだろう。


「練習は手伝わないけど、勝てる方法ならあるよ」

「何々!! おしえてゼファー!!」


 庭の隅っこで虫を観察していた三女がぼそりと呟いた。


「コントロールとか無視して全力で蹴ればいい。ドラゴンとして全力で」

「相手は人間の子供だぞ! 当たったら死ぬぞ!」

「話を聞く限り悪い奴。死んでも問題ない」

「あるわ! 簡単に殺すな!」

「むぅ、面倒くさい。力を示すのが一番手っ取り早いのに」


 ゼファーの言っていることは分かるが、何かあってはまた住処すみかを失ってしまう。

 フレアもまたそこを気にしているからこそ、そこそこの力で蹴っているのだ。


「それならボクの力使う? 風でボールを曲げれば簡単」

「アタシの力でかったことにならないからやー!」

「困った姉」


 やれやれと三女もまた自分の世界に帰っていった。


 対戦相手は立ち振舞いから察するに、キーパーの心得がありそうだった。

 そもそもハンデのある勝負なのだから、少しくらいズルいことをしても良さそうなものだ。


「りょうがぁー」


 本日2度目の懇願こんがん

 ここまで懸命にお願いされれば無下むげには出来ない。

 が、いかんせん対策が思い付かなかった。


「取り敢えず練習あるのみだな」

「んんんー」


 納得しないまま彼女は足の横で蹴る。

 パワーを落としているだけあって、ボールは龍雅の足元に吸い付いてきた。


(あ)


「フレア、今の蹴りって力抑えてる?」

「うん。だって力入れるとへんな方向にとんでくもん」

「それはつま先で蹴ってた時の話じゃないか?」

「そうだっけ?」


 そうである。

 昨日から龍雅は彼女のボール遊びに付き合っているが、足横で蹴っている時に変なところに飛んでいった覚えはない。


 つまり、だ。


「これならいけるかも?」

「本当!? がんばれりょうが!」

「お前が頑張るんだよぉ!!」


 大声でツッコミを入れる龍雅だったが、その後次女の鋭い視線が飛んできたのは言うまでもない。


 ★


 午後、フレアを連れて再びグラウンドを訪れると昨日のクソガキ共と再び会った。

 どうやら今日もまた仲間を連れて遊びに来ていたようだ。


「なんだチビ。昨日あれだけのホームランかましといてまた来たのかよ」

「チビじゃないもんフレアだもん!」

「意味分かんねぇ。負け犬に興味ねー、帰れ帰れ」

「かえらない!」

「あぁ!?」


 体格で勝るデブが少女に近づく。


「また恥をさらそうってのか?」


 脅すようにわざと顔を近付けるデブ。

 だが、フレアはそんな相手に怯むことなくにらみ返していた。


「こんどはまけないよ」

「ああ? サッカー舐めてんじゃねーぞチビが」

「なめてない! アタシの方がつよいもん!」

「へー、言うじゃねーか」


 フレアの強気な態度がしゃくだったのか、彼はゴール前へと向かい臨戦態勢を取った。


「今度負けたらもう二度と顔出すんじゃねーぞ! おいボール!」

「は、はいぃ!」


 デブが取り巻きに要求すると、眼鏡はフレアに向けてボールを蹴った。


「よっと」


 フレアは滑らかにボールを受け取り、ほんの少し距離を取る。


「アタシがかったらりょうがにあやまってね!」

「勝ったらな。はよ蹴れや」

「いくよ!」


 一度呼吸を挟んでからフレアが動き出す。


 短い助走。

 そして上手いことテンポを維持し、全力の右足をボールに向かって差し出す。

 それは誰がどう見ても足の内側で蹴るスタイルであることは分かった。


「インサイドキック!」

「PK勝負でインサイドキックなんて真正の馬鹿でゲス」


 取り巻きが騒ぐ。


 彼らの言っていることは充分に理解出来る。

 いくらコントロールが良くても、威力が出ない蹴り方ではキーパーに止められる。

 そんなのは誰だって分かる。


 だが、それは。


 


 ドラゴンが打ち抜いたサッカーボールは凄まじい速度で宙に放たれると、


「っ!?」


 あっという間にデブの横を通り抜けていった。


 そしてゴールを突き抜け、フェンスにめり込みようやく止まった。


 突如訪れる静寂。

 しかしながら少女が作り出した静けさを壊したのは、少女自身だった。


「やったー! アタシの勝ちー!」


 フレアがぴょんぴょんと跳ねまわる。

 余程嬉しかったのか、そのままの勢いで龍雅に抱きついてきた。


「ぐふぇ!?」


 ドラゴンによる喜びのハグが龍雅の体を痛めつける。


「りょうがやったよアタシ! ちゃんと見てた!」

「お、おう。見てた見てた。よくやったな」

「えへへへへ」


 彼女の頭を撫でると一層嬉しそうな表情を見せた。

 こういう仕草は人間と何ら変わらない。


「さーて、かったのはアタシ。こんどこそりょうがに『ごめんなさい』して!」


 負け犬の前で仁王立ちで威圧するフレア。


「……まけ――!」

「ん? なに?」

「俺は負けてねぇ!! 明日また勝負だちくしょう!!」


 言って、彼はサッカーボールを回収すると逃げるようにグラウンドから立ち去って行った!


「ちょっと待って!」

「僕達も行くでゲスよー」


 続いて取り巻きも逃げていく。

 残されたフレアはというと、イマイチ状況が掴めないようでポカンとしていた。


「どういうこと?」

「フレアの完全勝利ってとこかな」

「でもあやまってもらってないよ?」

「どうでもいいよ、そんなの。フレアが元気なら俺は満足だ」

「そっか! じゃあ、あそぼうりょうが!」


 それから日が落ちるまでの数時間、龍雅は長女とボール遊びに明け暮れた。

 へとへとになるまで遊び続けた帰り道のフレアは幸せに満ちていた。


 そして数日。

 今度は悪ガキ3人衆の方から勝負を挑みに来るようになり、しばらくすると普通に遊ぶような仲へと発展していた。


 龍雅としては娘を取られたような複雑な気分であった。

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