第26話・リベンジマッチ

 何時もより早めに寝たおかげだろうか。

 龍雅はやたらと頭がスッキリした朝を迎えていた。


 時間は6時。

 朝ごはんを作り始めるにはぴったりの時刻である。


 何時もなら1人でひっそりと始めるものの、今日はまず最初に子供達の部屋へと向かった。


 3人仲良く川の字で寝る姿を見てついクスリと笑ってしまう。

 昨日あれだけ雰囲気が悪くなってもやはり姉妹なのである。


 足音を立てないよう気を付けながら目標の子へと近付く。

 そして小声で彼女の耳元で呟いた。


「おーい起きろー。朝だぞー」


 布団がもぞもぞと動いたものの返事はない。


「朝ごはん作るぞー」


 ピクッと綺麗な青髪が揺れる。


「起きろー」

「……うるさいのです」


 ようやく反応が返ってきた。

 しかし顔はこちらを向いてくれない。


 ストゥーリアは姉妹で一番寝起きが良い。

 また耳も良いため、小声でもしっかり起きるだろうと龍雅は踏んでいた。


「朝ごはん一緒に作ろう」

「料理はもう飽きたのです」

「そう言うなよ。初めてなら誰だって失敗するさ」

「あんなに怒ったくせに」

「そりゃあ致死量レベルの塩分が入ってたら誰だって文句も言うよ」

「もう同じ目に遭うのはごめんなのです」


 わざとらしくプイッと寝返りを打つ。


「ストゥーうるさいぃ」


 頭が覚醒しつつあるのかフレアの文句が届く。

 逆にゼファーはまだスゥスゥと寝息を立てていた。


「ほらっ、フレアもああ言ってるぞ」

「知らないのです。水をぶっかけられたくなかったらさっさと出ていくのです」

「たった1回のミスで逃げ出すなんてドラゴンもそんなもんなのか」

「挑発は効かないのです」

「分かった。もういいよ。これから頼りに出来ると思ったのに残念だよ」

「…………」


 そっと立ち上がる。

 そして去り際に一言。


「俺一人じゃちょっと辛かったし、大変な家事も頑張っていけると思ったんだけどな」


 わざと捨て台詞を残して台所へと向かう。

 そして、冷蔵庫の中から卵を取り出し始めた時だった。


 ドタバタと廊下を走る音が段々と近付いてきた。


「そ、そこまで言うのなら手伝ってあげないことも無いです」


(やっぱちょろいなこいつ)


「何ですその顔は。気色悪いのです」


(いかんいかん。どうにも顔に出てしまうな)


 怪訝けげんな目でこちらを見てくる次女。

 これ以上怪しまれないためにも龍雅は両手で頬を押さえた。


「で、何からやればいいのです?」

「そうだな。取り敢えず顔洗ってきな」

「全然料理関係ないのです!?」

「頭がしゃっきりしないと上手く作れないぞ」

「もう初っ端から理解不能なのです」


 文句を垂れつつも洗面所へと走っていく。

 頑固さと素直さを併せ持つのが彼女の良いところである。


「洗ってきたのです」

「おう。それじゃあ始めるか」


 戻ってきた次女を椅子の上に乗せる。


「何を作るのです?」

「朝だし目玉焼きにトースト、トマトぐらいで良いだろう」

「お肉も食べたいのです」

「ベーコンで良い?」

「苦しゅうないのです」


 次女が偉そうに胸を張る。

 龍雅は言われるがままに厚切りベーコンを冷蔵庫から取り出した。


「んじゃまずはトマトから切ろう。昨日と同じ感じでゆっくりと」

「今日はセクハラしないのです?」

「セクハラってお前な!?」


 包丁の使い方をフォローすることは人によってはセクハラになるらしい。


「まあいいや。今日は自分のペースでやってみ」

「分かったのです。でも、何処を切れば良いのです?」

「まずは横向きにしてヘタを落とそう」

「こうです?」


 恐る恐るトマトを横にして左手で固定。

 そして右手に握った包丁をヘタの横へと押し当てていた。


「もうちょい左かな」


 言われるがままに包丁を少し左にスライドさせる。


「で、包丁を前に押すか、手前に引くような感じで下に切ってみ」

「押すか引く、と」


 今度はよどみない動作で包丁を前に押し込んでいく。

 力みの無い切り方に、まるでトマトの方から切れていくように感じられた。


「切れた、のです。一人でも切れたのです!」

「まだ喜ぶには早いぞ。ヘタを落としたら今度はお尻を下にして半分に切っていくんだ」

「分かったのです」


 素直な返事。

 すっかり料理に夢中になってしまった彼女に、最早拒否反応どころか戸惑いすらなかった。


 そうして綺麗なくしの形になったトマトを前にして、ストゥーの顔がぱぁっと明るくなった。


「おぉ、自分の才能が怖いのです」

「そうだな、凄いぞ。こんなことが出来る子は同年代じゃ多分いないぞ」

「ふっふっふ。なんてったって私はドラゴンなのです。人間とは違うのです」

「よしよし。じゃ、勢いに乗ったところで今度は目玉焼きを焼いてみよう」

「目玉焼き。そんなものはちょちょいのちょいのなのです」


 昨日の夕ご飯だけで火の使い方を覚えたのだろう。

 次女は龍雅の指示無しでフライパンをコンロの上に乗せ着火した。


「これで油を入れて、熱くなったら卵を割るだけなのです。それくらい知ってるのです。余裕なのです」

「ところがどっこい」


 トマトを皿に並べながら言う。


「目玉焼きのコツは火加減は強火じゃなくて中火だ」

「? 火が強い方がさっさと焼けていいのですよ」

「強火だと黄身に熱が入る前に白身が焦げちまうからな」

「そうなのです?」

「あと卵を割る時は力を入れなくて良いからな。ちょっとずつヒビを入れてく感覚だ」

「分かったのです」


 教えた通りにストゥーが実践していく。

 卵割りは昨日何度か失敗しているだけあって今日は慎重。その分上手くいった時の声色は最高だったが。


 失敗でりたのか、理想的な朝ご飯が食卓に並んだ後も彼女は従順だった。


「いいかストゥー。料理は初心者のうちは自己流NGだ」

「漫画は参考にしちゃいけないのです?」

「ちゃんとレシピが書いてあるものは良いよ。でもそうじゃないものはフィクションだと思った方が良い」

「そうなのですか」


 シュンとする次女。

 漫画から料理に興味を持った身としては辛い現実だろう。


 しかしながらそうやって大人になっていくのも事実である。


「ポチョウムキン師匠嘘つきだったのですか」

「何処までいってもそこなのかい!? ま、でも漫画キャラクターに憧れる気持ちは分からなくないぞ」

「龍雅もそんなのあるのです?」

「もちろん。料理漫画じゃないけどな」

「どんなのです?」


 自然と顎に右手を当て思い出す。


「鼻毛で戦うアフロのおっさんだな」

「うわ、人間とは絶対に趣味が合わないことが確定したのです」


 ドン引きされた。


「んじゃ、フレアとゼファーを起こしてきてくれるか。ご飯にしよう」

「分かったのです!」


 言われるがままに廊下へと飛び出していくと、瞬く間に残りの姉妹を連行してきた。

 ストゥーリアと違い、寝起きが悪い2人はまだまだ眠そうだった。


「今日も私が作ったのです! さあ有難く食べるのです!」

「「え!?」」


 その一言で一気に頭が覚醒したのか、寝起きだというのに物凄く嫌そうな声が飛んできた。


「え? 本当なのりょうが?」

「殺す気?」


 散々な感想である。


「いいから食ってみろって。今日は期待して良いぞ」

「死んだら化けて出る」

「アタシも」


 どうやら観念したらしい。

 席に着いた2人は頂きますの号令と共に各々好きなおかずを口にした。


 刹那、見事に予想出来ていた言葉が飛び交った。


 そして、その言の葉を捻り出した次女の表情はというと、


 とびきり幸せに満ちていた。

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