第14話・新天地

「今日からここが俺達の家だ」


 平屋の一軒家を仰ぎ見ながら告げる。

 築30年以上建っている木造建築。

 しかし中は何度かリフォームされており、住むには充分過ぎるほどの質だ。


 200坪近い土地の中には広い庭まで付いている。

 これだけでも子供達が遊び回るのにちょうど良いが、裏手には山もある。


 お隣さんも数十メートル離れているので、騒音で文句を言われることも無いだろう。


 唯一の難点は田舎過ぎるところで、買い出しに行くのも一苦労の立地だ。車で街まで30分掛けなければ米も買いに行けない。

 逆に言えば、30分掛ければそこそこ揃う場所というのは利点にも成り得る。


「わーい、広い広い!」


 新しい我が家を見たフレアが家の中へと飛び込んでいく。

 ドタバタと激しい音を立てるなり数十秒後、投げたフリスビーを拾ってきた犬の如くすぐさま戻ってきた。


「何もない!」

「そりゃあそうだよ。荷物届くのは明日だもの」

「そうなんだ! あはは!」


 今度は庭の方へ突っ走っていった。

 余程思いっきり走り回れる場所が恋しかったのだろう。

 慣れない車に揺られたせいでストレスが溜まっていたようだ。


「ゼファーも行きたかったら行って良いぞ」

「ん」


 言うなりフレアの後をとてとて追い掛けていくゼファー。


 ここなら動物も多い。

 生き物好きの彼女も楽しめるだろう。


「本はないのです?」

「街に図書館あったからあとで連れてってやるよ。行きたければ本屋もな」

「!? それは楽しみなのです!」


 素直に嬉しそうな反応を見せるストゥーリア。

 彼女が好きな本に関わる場所が歩いて連れていけない範囲にあるのは少々イマイチではあるものの、十分満足そうで何よりである。


「何ならうちの大学の図書館紹介してやろうか。こっから近いぞ」

「本当ですか!? さっさと連れてくのです、橋爪!」

「今度な」

「はぁー、これだから橋爪はダメなのです。グズなのです」

辛辣しんらつっ!?」


 次女と親友のしょうもないコントが繰り広げられる。

 ちゃんと紹介してから2週間も経っていないが、そこそこ打ち解けていた。


「林道くん、すっかりこの子達の親だね」


 隣に居た玉城が言う。


「まあ1ヶ月ぐらい経てばそれなりに慣れてくるよ」

「私はまだ信じられないよ。この子達がドラゴンなんて」


「それが普通だよ」と、愛想笑いと一緒に返す。


 家が燃えた次の日。

 龍雅は今自分が最も頼れる人間に事情を話していた。

 それが橋爪と玉城である。


 彼らは最初は半信半疑だったものの、今では理解し龍雅を助けてくれる存在となった。

 橋爪は新しい家を探すのを手伝ってくれ、玉城の方は子供達の世話を良くしてくれている。


 物理的に助かっているのは勿論だが、一番有難いのは精神的負担が減ったこと。

 相談相手にはセレスも居たが、頼れる人間が居るというのは非常に有難いのだと、改めて思い知らされた。


「それにしても、田舎とはいえこんな広い家よく買えたね」

「母さんが火災保険に入っててくれて助かったよ。解約するのが面倒だからそのままにしてたのが功を奏したかな」

「そうなんだ。不幸中の幸いだったね」


 それもあるが一番大きかったのは競馬で儲けた不労所得だ。

 それが無ければ土地を含めた一括購入など出来なかった。


「ところで今日はどうするの? やることあるならあの子達見とくよ」


(やること。やることか)


 やらなければいけないことは多い。

 家の掃除やご飯の買い出し。それから明るいうちに近隣の地形の把握も必要不可欠だろう。

 が、田舎に住むうえで最も重要なことがある。


「あー、ご近所さんに挨拶行っとこうかな。これからお世話になるだろうし」

「あ、それなら私も行くよ。私の住んでる場所も近いし」

「じゃ、俺が子供達の面倒見てるか――」

「アンタもご近所さんなんだから来なさいな」


 橋爪の提案が見事に玉城によって一蹴される。

 一方的に意見を通される情けない姿は、まるで尻に敷かれている夫のようだった。


「じゃ、みんなで行くか。おーい、フレアー、ゼファー。ごめん、ちょっと出かけよう!」

「はーい!」「んー!」


 庭に行ったばかりだというのに、元気よく赤髪と緑髪が出てくる。

 林道家が燃えて以来、この2人の聞き分けはとても良くなった。


「どこ行くの? どこ行くの?」

「ご飯?」

「飯はさっきファミレスで食べたばかりだろ。ご近所挨拶だよ」

「よく分かんないけど、つまんなそう!」


 と、言いつつもフレアは隣に立った。


 これにて全員揃ったため、隣の家を目指して歩を進め始める。

 隣とは言ってもそこそこ離れているが。


「それ何?」


 龍雅の手に持たれた箱を見て三女が言う。


「和菓子の詰め合わせだよ。日本では引っ越しの挨拶に洗剤とかお菓子とか送るんだ」

「ふーん。食べて良い?」

「お、人の話聞いてたかな?」


 他愛の無いやり取りに、後ろについてきていた玉城がクスリと笑った。


「本当に仲良いんだね」

「そんなことないのです。普通なのです」

「何でお前が答えるんだよ」

「もしかして妹に妬いてたり――って、つめて!?」


 嫌味をぶつけられた報復なのか、ストゥーリアはジロリと橋爪を睨み付け息を吹き掛けた。

 彼女が放つ冷気をまともに浴びて飛び上がる親友。


「変なこと言うなです」

「俺が悪かった、悪かったよ。だからその冷たいの止めて!」

「アタシがあっためてあげよっか?」

「……燃やさないよな?」

「多分」

「ノーセンキューで!!」


 橋爪の叫びに、悪い笑顔をした長女がこちらに走ってくる。


「はしづめがおこったぁ!?」

「怒ってない!」

「だ、そうだぞ」

「あはは、分かんない!」


 クルクル回転するフレア。

 かなりご機嫌な様子だった。


 彼女は今セレスの力によって炎を出す能力を制限されているのに、だ。

 普段の彼女とは違うはずなのだが、同じ過ちを繰り返す恐れが無いというだけで、気が楽なのかもしれない。


 そんなことを考えているうちに隣の家に着いた。

 絵に描いたような田舎の一軒家といった感じだ。


 田舎での生活は最初が肝心。

 これ次第で村八分にされる可能性もある。


 龍雅は意を決して玄関に近づくと、インターホンのボタンを押そうとして──、


「あー、アタシがおすー!」

「黙るのです! ここは私が押すのです!」

「ボクがやる。2人は下がって」


 インターホンを求める声が数多く上がった。


「はいはい、もう数件回るから順番な」


 3人の子供達の顔に彼女達らしさが溢れた。

 非日常なりの日常が戻ってきたと思えた瞬間だった。

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