第15話・嫉妬

 引っ越し作業がある程度落ち着き、新しい居場所にも慣れが出始めた頃。

 龍雅は夕飯の買い出しのため、街のスーパーマーケットに居た。


 付近に同業者がいないだけあって、中々の混みようである。


 今この場にいるのはゼファーと龍雅だけ。

 長女と次女はお留守番をしていた。


 まだまだ年端もいかない子供ということを考えると、留守番を任せるには早いように思える。


 だが、彼女達はドラゴンだ。

 知能レベルでいえば同年代の人間よりも遥かに高い。

 過去の失敗は人間の生活を知らなかっただけなのである。


 かくして、多少怖いと思いながらも留守番を任せたわけだ。

 ほぼ一馬力である以上、付きっきりで面倒を見るわけにはいかないのだから。


「キミ、今日はお肉食べたい」

「毎日食べてるだろ。たまには魚メインでいかないか?」


 キャベツを選別しながら提案してみる。


「ドラゴンはお魚あんまり食べないから」

「さらっと嘘を吐くな。定期的に刺身や煮物出してるけど、喜んで食ってるだろ」

「多分今日はお魚食べられない日」

「随分都合の良い『多分』だな。でも、ま、そこまで言うなら肉も買ってくとするか」

「わーい」


 淡々とした喜びを聞きつつ、選んだキャベツをカゴにぶちこむ。

 彼女の態度はまるで龍雅が折れることを知っていたような反応だった。


 そんな時である。


「林道君とゼファーちゃん?」


 続けてネギを吟味しようとした時、視界に友達の姿が映った。


「林道君も夕飯の買い出し? 今日は2人だけなんだ」

「ああ。留守番も覚えさせないと思って」

「そっか。うん、そうだね」


 納得した玉城はしゃがんでゼファーと目線を合わせた。

 上からロングの髪の隙間からうなじがチラリと見え、ほんの少し心臓が高鳴った。


「こんばんは、ゼファーちゃん」

「ん。玉城もこんばんは」


 挨拶を終え、玉城が立ち上がりこちらを向く。


「今日は何するの?」

「回鍋肉にシーザーサラダ。キムチに大根の味噌汁。あとは魚系で一品だな」

「あはは、随分と和洋折衷だね。美味しそう」

「玉城の方は?」

「私はその……あんまり料理得意じゃないからお惣菜買って帰ろうかと」


 言って、恥ずかしそうにカゴの中身を見せてくる。


 人には得手不得手がある。

 そんな恥ずかしいことではないのでは、と内心龍雅は思った。


「折角会ったんだしうちで食べてくか?」

「えぇ!? 悪いよそんな!」

「4人分作るのが5人になったところで対して変わらんから気にするなって」

「ぇぇと、じゃあご相伴に預かろうかな」


 少し迷った様子だったが、彼女は両手の指を絡ませながら好意的な返事をした。

 この時何故か頬を赤らめていたことに龍雅は気付かなかった。


「じゃ、じゃあこのお惣菜戻してくるね!」


 龍雅の返事も聞かずに韋駄天いだてんのごときスピードで惣菜コーナーへと駆け抜けていった玉城。

 一瞬呆気に取られる龍雅だったが、気にせずレタスと向き合った。


「ねーねー」

「何だ?」


 いくつかレタスの鮮度を確認しているところにジャケットの裾を引っ張られる。


「玉城はリョウガの何?」

「前に説明したろ? 高校の時のクラスメイトだよ」

「他には?」

「他って特に何もないけど」

「そう」


 興味があるのか無いのか分からない返事をするゼファー。

 何となく彼女の頭を撫でようと手を伸ばそうとしたところで、友人が戻ってきた。


「お待たせー。野菜はもうOKな感じ?」

「うん。次は肉かな」

「あっちだね」


 彼女は自分のカゴを左手に持ち帰ると、龍雅の隣へと並んだ。


「そういや大学の方はどう? 楽しい?」

「今のところ普通かな。まだ1年生だから専門的な授業も少ないし」

「へー。サークルとかは何か入ったの?」

「うんん、何も」

「そうなんだ。高校の時はテニスやってたじゃん。大学でもやらないの?」


 豚バラ肉を3つカゴに投入しながら言う。

 途中、ゼファーが高そうな牛肉をいれようとしたのを拒否したところ、物凄くむっとされた。


「それはその……。テニスは趣味程度にしようかなって」

「勿体無いな。県トップ4の実力持ってるのに」

「む、昔の話だよ。受験勉強のせいで全然やってなかったし、それに──!」

「それに?」


 続きが気になりオウム返しする。


「時間が欲しいから」

「時間? あー、勉強とかこれから大変になるだろうし、バイトとかもしたくなるしなぁ」

「え、あ、まあそんなとこ……」


 みるみる声にハリが無くなっていく友人。

「何か変なことを言っただろうか」と、鮮魚コーナーを歩きながら考えてみたが、全く答えは出なかった。


「り、林道君の方はどう? 日中とか何してるの?」


 自分が作ってしまった空気が居たたまれなくなったのか、玉城が話を変えてきた。


「あー、近所の人の農作業とか手伝わせて貰ったりしてる。最近は猟師仕事も見学させて貰ったな」


 言いながら、こっそり羊肉をカゴに入れようとしたゼファーをそっと拒絶する。

 機嫌の悪い顔が更に不貞腐れた表情となった。


「買って上げたら? 何なら私が買っても上げても良いよ」

「駄目だ。毎回何かしらせびられてるからな。たまには厳しくしないとゼファーの為に良くない」

「むー!」

「むーむー言っても駄目なものは駄目。返してきなさい」

「むー!」


 唸り声を出しながらも精肉コーナーへと戻っていく三女。

 したたかなゼファーのことだ。

 羊肉の代わりにまた何か持ってくると龍雅は思ったが、今度こそ空手だった。


 しかしながら、離れた時とは違って神妙な表情をしていた。


「やっと諦めたか?」

「お肉よりもっと欲しいものがあることに気付いた」

「ほう、聞くだけ聞いてやろう」


 正面の少女を見ながら聞いてみる。

 彼女は一拍置くと、龍雅の方を指さした。


「キミ」


 言うと同時に右足にくっ付いてきた。

 そして、足の持ち主の驚く顔を見ながら告げた。


「もっとかまって。つまらない」


 言っていることは酷く単純。

 だが、理解するまでに数秒の時を要した。


 まさか単独行動を好むゼファーがこんなことを言い出すとは思ってもみなかった。


 その上、彼女は玉城を一瞥いちべつすると突き付けるように言った。


「リョウガはボクのもの。取らないで」


 ゼファーのホールドがより強くなる。


 困った。

 無理やり振りほどいても良いが、その場合泣かれる可能性もある。


 所詮は子供が言っていることだ。

 無下に扱うとしても少しは考えなければ。


「大丈夫、取らないよ」


 龍雅が反応するよりも先に、玉城が三女に向けて話す。

 しかもわざわざ目線を合わせてだ。


「本当?」

「もちろん」

「そう」


 少しだけ足を掴む力が弱くなる。


「なら許してあげる」

「ふふっ、ありがとう」

「キミ。かまって」


 とは言われても何をどうすればいいやら。

 首を傾げる龍雅はひとまずありきたりな話題を振った。


「そ、そうだ。ゼファーは他に何か食べたいものあるか?」

「牛肉と羊肉」


 きっぱりと答えるゼファー。

 質問してしまった手前食べさせないのも酷な話であり、買ってあげざるを得なかった。


 隣に居た玉城は苦笑していた。

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