第35話・力の代償

「昨日は言い過ぎたのです。ごめんなさいなのです」

「アタシも! へんなこと言ってごめんなさい!」


 台所で朝ご飯の用意をしていると、早々に起きてきた少女達の謝罪が飛んできた。

 2人は昨日の出来事でよほど苦しんだのか、目を真っ赤にしている。


「人間の言い分も聞くべきだったのです。それを手前勝手に当たり散らしてしまったのです」

「アタシも言いたいことをぶつけるだけぶつけちゃってた。かなしいのはりょうがも同じはずなのに」


(ストゥー。フレア)


 どうやら辛い思いをしたのは彼女達も同じらしい。

 龍雅の場合は、考えすぎだったようだが。


(まだ信頼されてたんだな俺)


 今にも泣きそうな顔をしている2人。

 龍雅は一旦火を止め屈むと、彼女達の表情を視界に入れながら口を開いた。


「俺の方こそごめん。状況に流されて心にもないこと言っちまった」


 しっかりと頭を下げる。


「一晩考えたよ。俺もやっぱりゼファーと一緒にいたい。まだまだみんなと一緒に暮らしたい」

「りょうが!!」


 言うと同時にフレアが抱きついてくる。

 彼女の高い体温が伝わってきて心まで温かくなった。


「やっぱり! りょうがはりょうがだった。アタシがしんじるりょうがだった」

「何言ってるかイマイチ分かんないけど、ありがとうフレア」


 優しく彼女を包むと、一層彼女が嬉しそうな表情を見せた。


 あまりマイナス方向に考えすぎるのは良くない。


 龍雅は生まれて初めてそう思えた。

 そして「昨日の夜あんなに悩んだのは何だったんだろう」とも思った。


「で。意思統一が出来たところで、実際問題どうするのです?」

「そこで相談があるんだが――と、先に飯にしよう」

「うん、ごはんをたべないと力は出ないよね!」

「それには同感なのです」


 彼女達の同意が取れたところでぱっぱとご飯の用意を進める。

 トーストにサラダ。それからスープ。簡単なメニューだけあって、あっさりと調理が終わった。


「1人いないだけでさびしいね」

「だから取り戻すのですよ」


 テーブルの周りには3人。

 三女が欠けただけだというのに随分と日常から離れてしまったような気がした。


 これといった会話もせずに朝食を食べ終えると、後片付けを挟み再び本題へと突入した。


「それで私達に相談したいことって何なのです?」

「これなんだけど」


 居間の棚の上に置いておいた手紙を子供達に見せる。


「てがみ? だれからの?」


 手に取ったフレアが首を傾げる。


「セレス」

「ママからの!?」


 答えを聞くなり、機敏な動きで長女が中身を開く。

 そしてすぐさま読み終えたフレアとストゥーの顔は酷く神妙な顔持ちになっていた。


「これが人間が提示する解決方法なのです?」


 内容を汲み取ったストゥーリアが恐る恐る聞いてくる。


「うん。まだどっかで踏ん切りがつかないんだけど、俺にはもうそうするしかないと思う」

「ほんきなの? ほんきのほんき?」

「そう言われると鈍るなぁ」


 渋い顔をしたフレアが尋ねてくる。

 口では軽口を叩いている龍雅だったが、腹はもう決まっていた。


「ゼファーを助けるにはこれしかないと思う。ドラゴンの問題は、やっぱりドラゴンが――」

「やめるのです!!」


 微笑みながら伝えようと思ったことを次女が中断してくる。

 その表情は過去に見たことの無い、昨日よりも鬼気迫るものだった。


「人間が、間違っているのです! 人間は人間のままでいるべきなのです!」

「ストゥー。でもゼファーをたすけるにはこれがいちばんだとアタシは思うよ」

「そんなの分かってるのです! でも、でも!」


 ストゥーリアの瞳から水が零れ出る。

 彼女は真剣に龍雅の身を案じてくれていた。


 手紙に書いてあったもの。

 それはとても簡単な内容だった。


 セレスが遺した力の一端を受け継ぐ。

 その代償としてドラゴンになる。


 それだけだ。


「私達の欲の為に、種別を超えるなんて馬鹿げたこと許されないのです。有り得ないのです!」


 フレアから手紙を奪い、護るように次女は後ろを向いた。

 それだけ相当龍雅のことを気遣っていることが分かった。


「ストゥーリア」

「何と言われようともこの手紙は返さないのです。もっと別の手があるのですよ!」


 手紙によると、セレスの力を受け継ぐには手紙を食べるだけで良い。

 もっと他の方法は無かったのかと言いたいが、今となっては聞くことも出来ない。


「ストゥー」


 出来るかぎり優しく声を掛ける。


 ちょっとやそっとのことでは開きそうにないから

 だが、ここで引いては誰も幸せにならない。

 

 何故なら他の方法などは存在しないのだから。


「ありがとうな。俺のことを心配してくれて」

「……そんなんじゃないのです」

「それでも俺は嬉しいよ。頼むよストゥーリア。もうそれしかないんだ」

「嘘です。人間なら良い方法が思いつくはずです」

「うんん、俺には分かんなかった」

「諦めるなです。人間社会は知恵を振り絞って成長してきたのです。もっと頭をひねるのです」

「歴史にドラゴンの退治法がってるならもう少し頑張ったけどな」


「あはは」と、苦笑いする。


「ストゥーリア。例えセレスの力を貰ったって、俺みたいな人間が全部が全部ドラゴンに染まれるわけじゃないと思う。きっと中途半端だよ」

「それでもドラゴンに昇華する事実は変わらないのです」

「ストゥーリアは俺がドラゴンになっても今までと同じように接してくれないのか?」


 意地の悪い質問だった。

 回答が分かってるのに敢えて龍雅は聞いた。


「そんなことあるわけないのです!!」


 ようやく彼女は振り向いた。

 流した涙は頬を伝い、水色のパジャマを青濃く濡らしていた。


「俺は何も変わらないよ」


 ストゥーリアの頭をゆっくり撫でる。

 彼女は嫌がる素振り1つ見せなかった。


「約束して欲しいのです」

「何だ?」

「人間であることを忘れないで欲しいのです」

「……了解」


 はっきりそう答えると、彼女は静かに手紙を返してきた。


「フレアも大丈夫だよね?」

「うん」


 長女が頷いたのを確認し、龍雅は手紙を丁寧に折り畳んだ。

 そして4回ほど折ったところで口に運び、一気に飲み込んだ。


(…………)


 見た目に変化はない。

 しかし体の奥底から不思議な熱を感じた。


「気分はどうなのです、


 言われて、次女の方を見る。

 続いてフレアへも。

 

 数十秒前とは違い、姉妹達とは目には見えない不思議な繋がりを感じた。


、ストゥーリア」


 喉から出た言葉は確実にドラゴンに汚染されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る