第36話・友との別れ

 一言で表すならば、セレスの力は強烈だった。


 身体能力の向上は元より、何かを成そうと考えた時に頭の中にいくつも選択肢が浮かぶ。


 例えば火が欲しいと思ったとする。

 現代人ならばライターやガスコンロといった発想がまず先に浮かぶだろう。


 しかし、今の龍雅は違う。

 最初に浮かぶのは火を吐くという行為だ。


 この事例だけではない。

 歩く、跳ねる、腕を前に出す、座る、食べる。


 そんな日常動作1つとってもドラゴンの意思が前に出てくる。


 まるでセレスに移り変わっているような感覚。

 龍雅の人間としての生命が否定されるような錯覚があった。


 気持ち悪い。

 だが、心地良い。


 人間という矮小わいしょうな存在を否定されると同時に、溢れ出る全能感が不思議な快感をもたらしてくれる。


 訳が分からない。

 龍雅は今、出口のない迷路をさまよっているような気分だった。


「気をしっかり持つのです。前例が無いのではっきりとは分からないのですが、きっとそのうち馴染むのです」

「そ、そっか。ありがとうストゥー」


 袖を引いて現実に戻してくれた次女にお礼を言う。


「少し休んだほうがいいと思う。ゼファーもそれくらいのじかんならまってくれるよ!」

「あはは、そう言ってくれると助かる」


 長女の厚意に甘えて座り込む。

 立っているとした眩暈めまいがほんの少しマシになった気がした。


「あれ? お客さんかな?」


 突如鳴ったインターフォンの音にフレアが反応する。


「ああ、きっと橋爪達だよ。俺が呼んだんだ。悪いけどフレア、連れてきてもらえるか」

「分かった!」


 ドタバタと廊下が走る音の後、玄関の扉が開く音がする。

 そして長女は2人の人間を連れて戻ってきた。


「よう、どうしたんだ林道って、何だこの荒れよう! 喧嘩でもしたのか!」


 当然の反応。

 昨日から余裕が無い状態が続いたせいで、ロクに片付けもしてないのだから。


「林道君、顔色悪いけど大丈夫なの? 何かあったの?」

「ま、色々あってな。今から説明するよ」


 駆け寄ってきてくれた橋爪に無理やり作った笑顔を返すと、龍雅は親友達に向かって昨日からの出来事を話し始めた。


 リアリティの無い話は彼らにとって理解が追い付いていないようだった。

 しかしながら龍雅が人間を卒業した内容に変わると表情は一変。

 目を見開き、口を半開きにしたままただ茫然ぼうぜんと龍雅を見ていた。


「えっとごめんなさい、全然分かんない。私今混乱してて、何言えばいいんだろ」

「それが普通だよ玉城」

「すっげーな。そりゃチビ達と触れ合ってたらこんな思いをすることあったけど、今回のは全然比べもんになんねぇ」

「俺もそう。今でも訳分かんねぇって思ってる」

「その割には体調悪そうなのにスッキリしてるじゃねーか」

「ま、決心出来たからな」


 苦笑いしながら返す。

 親友達の方は本当に苦い顔をしていたが。


「2人を呼んだのはさ。一応巻き込んじゃったから状況を話しときたくて」

「本当に戦いに行くのか?」

「ああ。話し合いで済む相手じゃ無さそうだからな」

「冷静に考えて無謀だろ。人間がそんなドラゴン相手に勝てるわけないんじゃないか」

「今の俺は普通の人間じゃないから大丈夫――」

「大丈夫なわけないよ、そんなの!」


 橋爪の貴重な意見を返そうとしたところに、玉城の絶叫が挟まった。

 彼女は目を真っ赤にしながら力強い形相でこちらを見ていた。


「自殺行為だよ。だってフレアちゃんにだって私達は敵わないんだよ!」


 玉城の想いが響き渡る。

 橋爪が苦い顔をしたのは、長女にぶっ飛ばされた経験があるからだろう。


「いくら同じような力を得たところで人は人だよ。勝てっこない!」


 当然すぎる論理に誰もが黙った。

 知恵のあるストゥーリアでさえも反論出来ないあたり、戦いがいかに無謀なのかを分かっているのだろう。


 だが、人間の常識や理論が通用しないのも事実だ。


「必ず勝つ。勝って日常を取り戻す」

「そんなの出来るわけ──」

「出来る出来ないじゃないんだ。やり遂げないといけないことなんだよ」

「何でそんなこと。本当に林道君が命を張らないといけないことなの!」


 分からない、と即答したい。


 相手は力を追い求めたドラゴンだ。

 勝てる保証なんて何処にもない。


 怖い。

 逃げ出したい。


 でも、死にたいとまではいかない。

 そう思わない限りは前に進める。


「俺はこいつらの親だから。こいつらが真に望むなら叶えてあげる義務がある」


 感情をあらわにする親友目掛けきっぱりと言い切った。


 途端、うつむく玉城。

 これ以上何も言っても無駄だと諦めたようだった。


「ごめんな2人とも。いきなりこんな。でもどうしても伝えときたくて」

「いんや。話してくれて嬉しかったよ俺は」

「私は……まだ踏ん切りがつかないよ」

「絶対帰ってくるって言ってるんだから、ここは信じようぜ。こいつは嘘はあんま吐かない男だし」

「悪いな。ついでになんだが」

「おっ、何だ?」


 橋爪から視線を外し、ちらりと姉妹達を見る。


「俺が戻るまでフレアとストゥーリアの面倒を見ててくれないか」

「ええっ!?」「はあっ!?」


 言うや否や、子供達から非難の声が上がった。


「アタシたちも行くよ! おいてくなんてひどい!」

「そうなのです! 私とフレアだって戦えるのです!」

「いやいやいや、お前らに怪我はさせられない。して欲しくない」

「付け焼刃の力を得た人間一人で何が出来るのです!」

「そうだよ! りょうがよりよっぽど上手くたたかえるよ!」


 ぎゃあぎゃあと次から次へと文句が飛んでくる。

 当然だとは思うものの、龍雅の意志も負けてはいなかった。


「黙りなさいっ!!!!」

「「うっ!?」」


 覇気が籠った強い息をぶつける。

 それは空気中を激しく振動し、確実に子供達を委縮いしゅくさせた。

 加えて周りにいた親友達も。


「お前達は家に居なさい。これは命令です」

「ず、ずるいよそんなの」

「そうです。卑怯なのです」


 ママには逆らえない。


 それは彼女達に染み付いたさがだ。


「橋爪、玉城お願いな」

「あ、あぁ」


 まだ驚嘆している仲間に微笑み、龍雅は席を立った。そして庭への戸を開けると、首を回して後ろを見る。


 心配、悲しみ、怒り、寂しさ。


 十人十色の反応を示していた。


「じゃあ行ってくるよ」


 龍雅はそう言い残すと、全力で庭へと駆け下り家から距離を取った。


 そこから頭の中に浮かんだ最初の選択肢を捻り出す。

 次の瞬間、竜へと変貌へんぼうした龍雅は天高く空へと昇った。


 地上から女の子の叫び声が聞こえたが無視した。

 竜となった彼の目からは水が散った。

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