第37話・ゼファー

 ボクは人間。


 出来る限りそう思って生きてきた。

 それは2人の姉達も同じ。

 全員が全員特に疑問を持たず生きてきたことだろう。


 人間として生きることはママの方針である。


 彼女の教育は理にかなっている。

 ドラゴンは巨体なため行動の制限が大きい。

 そのままの姿では人間社会に多大な影響を与えてしまう。

 人間の存在が大した影響を生まなかった昔ならともかく、現在はドラゴンが人間に合わせるしかないのだ。


 だからこいつは間違っている。


 隣で寝そべるニーグを見ながらゼファーは思う。

 好き勝手に飛び回り、好きに食べ、好きな時に寝る。

 いくら気配避けの力を使っていたとしても、何時かは存在がバレてしまうことだろう。


 大体子に生肉を与えるのはどうなのか。


 自分はかすみから栄養を摂取出来るそうだが、ゼファーはそうはいかない。

 物を食べなければ生きていけないのだ。


 生臭い。不味い。


 鹿肉の破片を口に入れ塊を傍に置く。

 お腹は減っていてもこれ以上食べる気にはなれなかった。


 ニーグが物を食べる必要性を理解してくれたのは僥倖ぎょうこうだったが、肝心のご飯に関する知識が紀元前で止まっている。


 ママは焼いたり、煮たりしてくれたのに。


 今は無き母の料理を思い出す。

 素材の持ち味を活かしていた。と言えば聞こえはいいが、基本的には大した味付けもしていない料理とは言えないものである。

 だが、それでも素材そのものよりは遥かにマシだった。


 リョウガのご飯が食べたい。

 ビーフストロガノフって美味しいのかな?


 体育座りで空を見ていると自然とそんな思いが過ぎった。


 みんなどうしてるかな。元気でいると良いけど。


 強さを求めたニーグのスパルタ指導は耐えられる。

 元々山の中に住んでいただけあって、屋外の暮らしも苦ではない。

 ご飯の不味さもギリギリ何とか。


 だが、寂しさだけはどうにもならない。


 きっとこのまま父親を語る竜と共に過ごしていれば、肉体よりも先に心が悲鳴を上げることだろう。

 それだけゼファーの精神は擦り切ってしまっていた。


 まだみんなと別れてからたった2日。

 大した時間じゃない。


 寂しい。

 寂しい寂しい。

 寂しい寂しい寂しい。


 自分が選んだ道を後悔してはいない。

 むしろ姉達の代わりとなったことは誇りに思っている。


 けど、これは辛いなぁ。


 身体を縮こめ顔を尻尾に沈める。


 ここにはフレアの騒がしい声は無く静か。

 ストゥーリアのわずらわしい小言も無い。

 リョウガの文句だって飛んでこない。


 不愉快だったこともあるのに、

 面倒だって思うことはしょっちゅうなのに、


 失ってみれば、こんなにも愛おしい。


 ……。


 …………。


 いや。

 ずっとこんな生活なんていやだ。


 戻りたい。

 みんなと一緒に過ごした日常に。


 フレアとストゥー。

 そしてリョウガがいる家で暮らしたい。


 誰か……誰だっていい。


「誰か助けて」


 他愛の無いぼやきだった。

 心から漏れてしまったただの気持ち。


 だから、こんな思いを誰かに反応して貰えるなんて思わなかった。


「おう。今助けてやる」


 ゼファーの望みは瞬く間に叶い、それは現れた。

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