第38話・親

 初めて使用したドラゴンの力。

 馴染むのは意外と早かった。


 真っ向から否定せず、ほんの少し寄り添ってやれば驚くほど懐いてくれた。


 そして恩恵はとても大きい。

 脳がどうこう思考を巡らす前にやりたいことが分かる。

 飛び方も末っ子の探し方も、別の空間への移動の仕方でさえも全てが容易だった。


 ただ想定外だったのはゼファーが居る場所が思いの外遠かったこと。

 どれだけ全力を出してもこればかりどうにもならず、彼女の元に辿たどり着く頃にはすっかり日が暮れてしまっていた。


 そもそも今自分が居る場所は地球なのかそれすらも分からない。

 だが、目的の場所に至ることが出来ただけでも及第点だ。


「誰か助けて」


 辿り着くなり、緑髪の少女が小さく漏らした。

 彼女のこんな切ない言葉を聞いただけで無性に怒りが沸き、再会時に備えて考えていた台詞もどこかに吹き飛んでしまっていた。


「おう。今助けてやる」


 だからこんな普通の言葉を言うことになった。

 言われた本人は気にしている様子はなかったが。


「リョウガ!? 何でここにっ!?」

「お前を連れ戻しに来たんだ」

「バカっ。さっさと帰って」

「強がり言う余裕はあるんだな。さっきまで滅茶苦茶泣きそうな顔してたのに」

「なっ!? 見てたの!」

「そりゃもうバッチリ」


 ゼファー達を見つけた後、ドラゴンの姿で会うのは嫌だったため一度元に戻ったのである。

 その時に人間に戻りながら様子を見ていたのだ。


 唯一の計算外はドラゴンに変身した際に服が吹き飛んでしまったせいで、見た目を誤魔化す力も使わないといけなくなったことだ。


 今の龍雅は見た目は服を着ているように見えても中身は全裸である。


「お前も帰って人間に戻りな」


 彼女はドラゴンの姿をしていた。

 恐らくニーグが強要しているのだろう。


「でも……」


 渋るゼファーが横目に諸悪しょあくの根源を見る。


 寝息を立てているものの、彼の暴力が恐ろしいようだ。


「大丈夫。俺が何とかするよ」

「無理。人間が勝てっこない」

「問題ないよ。今の俺はドラゴンだから」


 途端、少女の目が見開く。

 ゼファーは急いで龍雅の手に触れると、全てを察したように口を開いた。


「ママの力を取り込んだんだ」

「それしか方法が見つからなくてな」

「バカ。何でそんなこと」


 ゼファーが沈んだ顔を見せる。

 龍雅はそっと頭を撫でると思いの丈を伝えた。


「子供を助けるのは親の役目だからな。それに──」

「それに?」

ってあんな顔で言われたら、助けないわけにはいかないだろ?」

「む……大バカ」

「はいはい。さあ、先に戻ってな」


 ゼファーに帰るよううながす。

 龍雅の意図を理解したゼファーは名残惜しそうに空へと飛び立っていた。


 彼女の背中が小さくなり見えなくなるのを確認し、龍雅は敵へと目を向けた。


「わざわざ待っててくれたのか。意外と優しいんだな」

「貴様の血でゼファーを汚したくなかっただけだ」


 たぬき寝入りをしていたニーグの目が開く。


 以前と変わらず鋭い目をしているが先日ほど恐怖は感じない。

 きっとセレスの力を宿したおかげだろう。


「行っちまったけどいいのか」

「ふんっ、また連れ戻せばいいことよ。それより貴様」

「何だ?」


 黒龍は鼻を鳴らした後、おもむろに言葉を紡いだ。


「どうやったかは知らんが、あやつの力を取り入れてはもう普通の人間には戻れん」

「何が言いたいんだ?」

「そこまでする価値があの餓鬼共がきどもにあるのかと聞いている」


 ニーグの疑問を聞いて、龍雅はふっと笑った。

 あまりにも簡単な質問過ぎて、目の前の相手が滑稽こっけいに思えたのだ。


「あるに決まってるだろ! あいつらは俺の家族だ!! 家族を守るのに理由や価値なんていらない!!」


 つい最近改めて理解させらたことを全力でぶつける。

 だが、ニーグはまるで意味が分からなそうに首を傾げた。


「理解出来んな」

「そりゃそうだろう。お前は血のつながりはあっても

「ふんっ、くだらん」


 最早言葉は不要とばかりにニーグが臨戦態勢に移る。

 龍雅もまたそれを受けてファイティングポーズを取った。


「行くぞっ!」


 瞬間、先日煮え湯を飲まされた上からの圧が龍雅を襲った。


 だが。


「ワンパターンなんだよ!!」


 そんなのお構い無しとばかりに大地を踏み込み、黒竜の眼前へと飛翔。

 そして全身全霊の力を込めて、油断している竜の横っつらをぶん殴った。


 龍雅は今まで誰も殴ったことがない。

 その初めての相手がドラゴンに決定した事実に、龍雅はふっと笑った。


 体勢を崩すニーグの前に着地。

 そして間髪入れずに告げた。


「来いよ、クソ野郎。もう二度と近寄らないと約束するまでぶん殴ってやる」

「調子に乗るなよ、下等生物風情が」


 2人の文句を皮切りに、死闘のゴングが鳴った。

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