第39話・ドラゴン

 口から放たれた灼熱の炎をすんでのところで横に跳ね回避する。


 その後、退路を塞ぐように降ってきた氷の雨には、こちらもまた手から炎を出すことで相殺した。


 次に来たのは重力と吹き飛ばしのコンボ。

 目を開け続けるのも難しいほどの風圧と、先日とは比べ物にならない重圧の前には踏ん張るだけで精一杯だった。


「ぐぅ!?」


 どうにか堪えて足を前に出す。

 だが、そうはさせないとばかりにニーグは火球を吐き出した。


「うあぅ!?」


 炎の塊がまともにクリーンヒットし、後方に吹き飛ばされる龍雅。

 ギリギリのところでガードこそ出来たものの、彼の両腕は真っ赤に染まっていた。


 戦いは明らかに劣勢だった。

 最初こそ上手いことパンチを当てられたものの、それからはニーグの独壇場だ。


 どうにか回避を続けていても、今のようにかわせないタイミングが発生する。

 周囲の地面の荒れようもさることながら、龍雅に出来た傷も中々のものだった。


「ちょこまかと。貴様の言うぶん殴るとは逃げることなのか」


 下等生物など敵ではないと言わんばかりに、黒竜が正面に立つ。


「う、うるせぇ。少し調子が出ないだけだ」

「愚かな。戦力の差も把握出来ぬとは」

「まだわかんねーだろ」


 反論したものの、追い詰められているのは事実だ。

 息を切らしているのは龍雅だけで、ニーグには傷らしい傷もない。


 誰がどう見ても龍雅の敗北は濃厚だった。


(くっそつええ、こいつ)


 勢いだけではどうにもならない。


 ニーグの威圧感はそんな現実を強く示しているように思えた。


「こい、つッ!」


 たまらず手から火を出し放り投げる。

 だが、龍雅の出した火はニーグの鼻息1つであっさりとかき消された。


「っ!?」

「話にならん」


 刹那、竜の太い尾が龍雅の横腹をえぐる。


「がはっ!?」


 激痛。

 痛みは痛みを呼ぶようで、荒れた地面への数度の接触によって肩や背中に鈍い痛みが走る。


「ぐふっ」


 そして地に3度バウンドしたところで、龍雅は動かなくなった。


「こんなものか。弱い、弱すぎる」


 ひれ伏す龍雅に向かってニーグは淡々と近付いていく。

 まるでこうなることが当然とばかりに彼は無警戒に歩を進めた。


「威勢が良いのは最初だけだったな。実にくだらん戦いだった」


 言って黒龍が右足を大きく宙に浮かせる。

 その後、躊躇ためらいなど一切無しにその足は振り下ろされ――、


「――――!!」


 龍雅は踏み潰された。

 余りにも呆気なく物理の力に屈した。


 終わった。

 過去に幾度も人間や同族との戦闘を繰り返したニーグはそう判断した。


 いくら竜の力を得ても人間は人間。

 軽くトンを超える体重に踏み潰されてはひとたまりもない。


 当然すぎる論理。


 だが、現実はほんの少し違った。


「こんっ! こんのっ!! こんのらああああああっっっっ!!!!」

「――!?」


 振り下ろしたはずのニーグの足が徐々に浮いていく。

 そして、潰れたはずの龍雅の姿が徐々に姿を現した。


 余りにも辛そうな顔をしながらも、奥歯、両腕、両足をフル稼働させてニーグを持ち上げていた。


「貴様っ!!」

「人間をバカにするなああああああああっっっっっっ!!」

「ぬううっっ!!」


 人間の腕力を無視した力でニーグの体勢を崩す。


 万全の状態であればここから追撃。

 最初にぶちかましたように、相手の顔面目掛けてぶん殴るのが正着だっただろう。


 しかし出来なかった。

 死を回避するだけで精一杯だったのだ。

 その証拠とばかりに龍雅は苦痛に顔を歪ませながら肩で息をしていた。


(クッソいってぇ。意識飛んでたら死んでたぞあれ!)


「人間風情がしぶとい。だが、もう茶番は終わりだ」

「んん――!?」


 黒龍が今までになく口を開放する。


 龍雅の視界に映ったのは深淵の奥底。

 喉元に集まる光の玉だった。


 不味い不味い不味い不味い。


 明らかに不気味な雰囲気に脳内は避難を求め続ける。

 しかしながら今までに負ったダメージと、死なないために全力を出したせいで足が動かない。

 敵の攻撃が直撃すれば終焉しゅうえんが待っていることは理解出来るのに、体が脳の指示を受け付けてくれなかった。


「死にゆけ」


 冷えきった言葉と同時に、集まった光が爆発した。

 辺り一帯を照らした光の本体は、奔流となって一直線に龍雅へと向かった。


 一言で表すならばレーザー。

 戦いによって僅かに地面に残っていた草を焼き払いながら、この場にいる唯一の人間の元へと進んでいく。


(あ、死んだ)


 真っ先に抱いた感想はそれだった。


 防御したところで腕ごと持っていかれる。

 傷付いた足では上にも左右にも避けられない。

 対抗しようにも唯一まともに使える炎では力不足だろう。


 詰んだ。

 今の竜雅ではどうしようも無い現実がそこにはあった。


「ごめん、みんな。何も出来なかった」


 言えたのは懺悔ざんげの声。


 そうしてひねり出したものが光に呑み込まれようとした時だ。

 世界はまだ竜雅を見捨てていなかった。


「諦めるのは早い」


 正面。

 柔らかな風が竜雅の前に立った。


 そこには見慣れた緑髪の少女がいた。


「ゼファー、何で!?」

「ごめん。喋ってる余裕無い……っ!」


 両手を光に向けて突き出し、風の力を使って防ぐゼファー。

 しかしパワーが桁違いなのか、防いでいるものの苦悶くもんの表情を浮かべていた。


「リョウガは、ボクがまも、るからぁ! ん、くうっ!?」


 想いはある。

 現実に立ち向かうだけの力もある。


 しかし、それ以上に相手の暴力の方が強かったら?


「く、うぅ。もう、持たない」


 じりじりと風が弱まり、ゼファーな腕が下がっていく。


「ゼファー! 俺のことはいいから逃げろ!」

「いっや。出来ない!」

「ゼファー!」


 彼女は動かない。


 明らかに無理しているのに、

 泣き出したいほど手が痛いはずなのに、


 助けてあげられない歯がゆさだけが込み上げてくる。


 自分の痛みよりも遥かに辛い。

 心は熱いのに酷く苦しい。


(誰か。誰かお願いだよ。ゼファーを助けてくれ……)


「ぬぐううううううっっ、ごめんリョウガっ! もう、無理ぃ!」


 彼女が負け台詞を発した時だった。


「ゼファーを、いじめるなああああああああああっっっっっっっっ!!!!」

「ぐぅ!?」


 突如生じる轟音ごうおん

 すると唐突に光が弾け、粒子は虚空へと消えていった。

 しかもニーグが横に倒れていると来ている。


 世界は何処までも、彼らを見捨ててはいなかった。


 何が起こったか理解出来ない男と少女はただ戸惑うばかり。

 しかし、すぐに彼らが求めた回答が降ってきた。


「りょうが! ゼファー! たすけに来たよ!!」


 空中から全裸の少女が力強く腕を伸ばす。

 その女の子は、宝石ルビーのように赤い髪をたなびかせていた。

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