第1話・三つ子ドラゴン
「ママ……?」
絶望に打ちのめされる中、不意に前方から女の子の声がした。
龍雅が頭を上げると、そこにはまだ眠たそうに眼を擦る赤髪の少女がいた。
幼い顔立ちだが全体的に見ても整っていると思わせる容姿。普通の人間であればすぐにでも子役として芸能界にデビューさせられそうな愛らしさをしていた。
(「長女のフレアです。3人の中では一番活発な女の子ですよ)」
頭の中でセレスの説明を聞いていると、フレアが腰に抱きついてきた。
どうやら寝ぼけているらしい。
(「ちょ、どうすれば良い!?」)
(「抱き上げて寝床に帰してあげてください」)
(「んなこと言われたって」)
龍雅は子供を持ち上げたことも、ましてや遊んだことすらないのだ。
こんなにも小さく儚げな少女を相手にするにはかなりの抵抗があった。
(「戸惑うことはありません。何事もまずやってみることです」)
(「気軽に言ってくれるなぁ!」)
悪態を吐きながら恐る恐る彼女の手首を掴み、ゆっくりと腰へのホールドを外す。
フレアの意識は夢の世界にいるのか、特に抵抗されることはなかった。
「よいしょっと」
(「お上手です」)
セレスのお世辞を受けながら、今度は右手を少女の腰に手を回し左手を膝へとやる。
そしてそのままフレアを持ち上げた。
思っていたよりも少々重い。
こんな小さな成りをしているのに、成人女性くらいはありそうだった。
(「意外と重いな」)
(「中身はドラゴンですから。私の力のフォローがなければ、人間の腕力ではとてもとても」)
どうやら彼女がアシストしてくれていたらしい。
龍雅を転移した件といい意識を移された件といい、彼女には特殊な力が数多くあるようだ。
「っと」
すっかりと夢に戻ってしまった少女を
一仕事を終え、ふとフレアの左隣に寝ている青髪の子に視線が移動した。
その時である。
「誰です!」
「うわぁ!?」
突然目を見開いた青髪の女の子が上半身を起こすや否や、顔面に息を吹き掛けてきた。
(つめたっ!?)
吹き付けられた吐息は恐ろしく冷たい。
それも反射的に手で口元を覆わなければ呼吸が出来なくなるほどに。
(「彼女はストゥーリア。次女ですね。水や氷、雪の扱いに長けています」)
(「説明する前に助けてくれ!」)
マイペースなセレスに思い切り突っ込む。
「人間ごときがドラゴンの寝込みを襲うなんて良い度胸です。氷漬けにした上で喰らってやります!」
(「何か物騒なこと言ってるんだけど」)
(「ストゥーリアはしっかり者ですからねー」)
(「しっかり者とかそういうレベルじゃないだろこれ!」)
パニックになり、つい足がもつれる。
そんな隙を見逃さないとばかりにストゥーリアが距離を詰めてきた。
「さて人間。最後に言い残すことはありますか?」
「命だけは助けて──」
「助けてくれ」と言い掛けたところで気付く。
(あれ? いや、別に良いのか)
そもそも死ぬ予定だったのだから、これはこれで構わない。
むしろ一思いに殺して欲しいまである。
「なるべく痛みが少ない方法で殺してくれ」
落ち着きを取り戻した龍雅がきっぱりと言う。
急に態度が変わった彼の姿を見て、追い詰めているはずのストゥーリアの顔が小さく
「気持ちの悪い人間ですね。何か企んでますか?」
「いや全然。俺は至って真面目だ」
「えぇ……。そんな真っ直ぐな目で死を
龍雅のマイナス思考の圧に押された青髪少女が一歩後ずさった。
「ま、まあ、下等生物の願いを叶えてあげるのもドラゴンの役目。
「随分と難しい言葉を知ってるんだな」
「本を読むのが好きなのです。人類は下等ですが、本を発明したことだけは認めざるを得ません」
「えっへん」と胸を張るストゥーリア。
何というか
空回りしそうな性格とも言えるが。
「じゃあ死ぬのです、人間」
「おう、思い切りやってくれ」
大きく息を吸い込み、胸を膨らませるストゥーリア。
(「まったく、黙って聞いていれば。自殺は認めないと言ったでしょうに」)
頭の中でセレスの声が響く。
同時に、自分の意志とは関係なく勝手に喉と口が動き始めた。
「お止めなさい、ストゥー!」
「ひゃっ!? ママ!?」
龍雅から放たれた声色は紛れも無くセレスのものだった。
急に見知らぬ男から発せられた母親の声に、青髪の少女は酷く困惑していた。
「私は今この人間の体に存在しています。傷付けることは許しません」
「な、何でそんなところにママが?」
「色々事情があるのです」
「色々」の一言で一蹴するセレスに龍雅の心はちくりと痛んだ。
寿命について子供に話さない母ドラゴンの行動には心当たりがあったから。
しかしながら、ストゥーリアも完全には納得していないようだった。
龍雅の顔を見ながらやりきれなさそうな表情をしている。
「良く分からないですが、分かりました。ママの言うことですから。でも、これからどうするのです?」
(「ふむ、どうしましょうリョウガ?」)
(「そこは俺に聞くのかよ!」)
急な無茶振りに腕を組んで考える。
ドラゴン達がどういう暮らしをしてきたのかは不明だが、人間として生きていくならば野生のまま暮らしていくわけにはいかないだろう。
(と、なるとだ)
「取り敢えず俺んちに来るか?」
(「名案です!」)
褒めたたえるセレスとは裏腹に、ストゥーリアは苦虫を噛み潰したような顔をする。
とはいえどれだけ嫌がったところで母親の意向には勝てない訳で、最終的には彼女も渋々従うこととなった。
すやすやと眠る少女2人を龍雅は全力で抱きかかえると、セレスの力でいとも簡単に帰宅した。
その間、唯一まだ交流の無い緑髪の少女が起きることはなかった。
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