プロローグ②・ボーイミーツドラゴン
「ドラゴンです」
自分よりも遥かに大きい物体が落ち着いた口調で言う。
対して、龍雅は
それはそうだろう。
何せ
人間など一飲みに出来そうなほど巨大な口と太い首。
鳥の羽など比べ物にならないスケールの両翼。
鋭い爪も丸太のような足も、物を壊すには充分過ぎるほどだ。
「凄いな死後の世界。こんなのまでいるのか。しかも言葉が分かる」
ようやく現実に戻ってきた龍雅が呟く。
「だから死んでませんよ」
「は?」
(何を言ってるんだこいつ? だって俺は確かに)
「貴方が死ぬ直前で私がここに転移させましたからね」
「え、じゃあここは?」
「紛れもなく現実の世界です」
巨大な竜がきっぱりと言う。
だが、このような非現実的な生き物に言われたところで、簡単に信用出来るはずなどない。
龍雅は気後れしないように竜の瞳を睨みつけた。
「信じられない、といった風ですね」
「当然だ。ドラゴンなんて存在が現世にいてたまるか」
「強情ですねぇ。ま、信じられないのも分かりますが」
竜が苦笑を漏らす。
「ですが私は知っています。貴方が自殺を図ったことを」
「っ!? 何でそれを!?」
自殺に関することは誰にも言っていない。
「だから言ったでしょう。貴方をここに転移させたのは私だと」
慌てふためく龍雅とは反対に、ドラゴンが冷静に告げる。
人外のあまりにもクールな態度に引きずられ、龍雅は頭にこもる熱が引いていくのを感じた。
(落ち着いて考えてみれば、ここが現実であろうが天国だろうがどうでもいい。だって俺は――)
生きることを諦めたのだから。
このドラゴンが本当に存在しているのかどうかや、龍雅を呼び出した方法なんてことは
重要なのは、どういう意図があって自分を呼び寄せたのかの一点である。
「お前の話を信じるとして、俺に何か用でもあるのか?」
「ええ、もちろん」
竜が一呼吸置く。
「貴方が捨てようとした命を貸して欲しいのです」
「あ?」
思わず間抜けな声を出してしまう龍雅。
呆気に取られる彼の前で、ドラゴンは構わず話を続けた。
「私の命はもう長くありません。ですがまだ死ぬわけにはいかないのです」
「何故だ?」
龍雅の質問を受け、ドラゴンはそっと横に移動する。
その行動に首を傾げる龍雅であったが、竜の背後にあった存在に気付きはっとした。
「にん……げん?」
3人の人間の子供が
それぞれ髪の色が違い、可愛らしいパジャマを着ていた。
「私の子供です。見た目こそ人ですが、中身はドラゴンですよ」
「何で人間の振りを?」
「ドラゴンとして生きるには辛い世の中になってしまいましたからね」
言われてみればそうだ。
こんな巨体の化け物とくれば、人の目に入るだけで大騒ぎだろう。
むしろ今まで隠し通せていたことの方が驚きである。
「もう1人の親は?」
「父親はいません。出会い頭に私を力付くで犯すなり、何処かへ行ってしまいましたから。きっと子供が生まれたことにすら気付いていないでしょう」
「最低な父親だな」
「ええ。本当に」
ドラゴンの口調から一瞬余裕が失せる。
彼女にとっては消し去りたい過去なのだろう。
「話は大体分かった。俺の命でもなんでも好きにしてくれ」
「宜しいのですか! それに命をどう利用するのかもまだ言ってませんのに!」
「どうせ一度は捨てた命だ。俺からすれば無意味に無くなるのか、誰かの役に立つのかの違いでしかない。どう使うかなんてもっと興味が無い」
「ああ。本当にありがとうございます! 良かった。やはり神は私を見捨ててはいなかった!」
「竜でも神を信じるんだな」
(まあいい。
「では失礼して」
「そういえば、まだお名前を聞いてませんでしたね」
「林道龍雅だ」
「ありがとうございますリョウガ。この恩は決して忘れません」
爪先に光が徐々に集まってくる。
そして、光が強くなるにつれ段々と思考がぼんやりとしてきた。
恐らく命を吸い取られているのだろう。
(ああ、ようやくこんな世界ともお別れ出来る)
そうして光が一際輝いた時、龍雅の意識は消えて――、
無くならなかった。
(「これにて完了です」)
「え? あ? んあ?」
今まで正面からしていた声が頭の中から聞こえたことで、つい
(「慌てることはありません。私は貴方の中に居ます」)
「はぁ? え、何でそんな?」
(「言ったでは無いですか? 貴方の命を貸して欲しいと」)
「えぇ!? それは俺の命を奪って自分のものにするんじゃ」
(「そんなことしませんよ。命を取るまでは言ってません」)
「ふざけるなぁ! そんなのは認めない! 今すぐ元の状態に戻れ!」
(「それは無理ですよ。だって私の体はもう消滅してしまいましたから」)
「はぁ!?」
急いで正面に意識を移す。
彼女の言う通り、先程まであったドラゴンの姿は何処にもなかった。
(「さて、リョウガ」)
「今度は何だ!?」
(「貴方には私の子供を引き取って貰います」)
今日一番の「はぁ!?」という声が出た。
「ふざけるなぁ! 俺は死にたかったんだぞ!」
(「でも貴女は了承したではないですか」)
「それは勘違いで!」
(「そんなの知りませんよ。話を最後まで聞かないのが悪いのです」)
「ぐっ!?」
正論だ。
正論過ぎて余計に自分に腹が立つ。
(「まだ名乗ってませんでしたね。私の名前はセレス。仲良くしましょうね。あ、言っておきますけど自殺なんて私が許しませんからね。私も死んじゃいますし」)
「はああああああっっっっ!!」
こうして半ば無理やり、龍雅に家族が出来ることとなった。
彼はまだ夢の世界にいる子供達の前で頭を抱え絶望した。
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