第21話・死に行く夜

 そして夜になった。


 場所は朝居たところと同じ山の中。

 星と月明かりのおかげでそこまで暗さを感じない。

 むしろささやかな明かりはセレスの存在を祝福しているようでもあった。


 しかしながら、雰囲気は酷く重たい。

 子供達は誰も彼もが苦しそうな表情を浮かべていた。


 まだ内容を告げていないのにも関わらずだ。

 きっと竜として何かを察したのだろう。


 こんな空気の中、幻影のセレスが口を開く。


「私の命はもう間もなく消えます。別れの時がきました」

「ぃや」


 彼女の宣告に最初に呼応したのはゼファーだった。


「ママが消えちゃうなんて嫌だ!」

「ゼファー。寿命には逆らえません。それに私は充分生きました」

「ボクの命を分けたっていい! もっと……もっと生きて!」


 何時も冷静で何を考えているのか分かりづらい三女。そんな少女が声を荒げ、感情を爆発させていた。


「アタシもいやっ! もっともっともっと! ママのそばにいたい! いっしょにあそんでほしい!」


 長女の瞳からは大粒の涙が溢れていた。

 感情に任せて母の幻影に飛び付く彼女は、見ていて心が苦しくなった。


「フレア。貴女には遊び相手が沢山出来たでしょう。私がいなくたってきっと楽しいですよ」

「いやっ! ママがいい! ママがいいの!!」


 甲高い叫び声が静寂を貫く。

 彼女達の一言一言が、今を選択した龍雅の胸をえぐった。


「私も嫌なのです。ママにもっと読み聞かせをして欲しいのです。ママの話を聞きたいのです! ママのことまだまだ知りたいのです!」


 最後はストゥーリア。

 次から次へと零れる涙を何度も拭いながら感情を吐露とろしていた。


「ストゥーリア、貴女は賢い子です。私が居なくても一人で物語をつむいでいけるでしょう」

「そんなの出来ないのです! まだまだママが必要なのです!」


 彼女もまた幻影に飛び付いていく。

 気が付けば3人が3人とも同じように泣きじゃくりながら母の元へと集っていた。


(俺は間違ってたんじゃないか?)


 そんな疑問が脳をかすめる。


 こんなにも過酷な試練を子供達に課すことが正しいことだったのか?

 直視するのも辛い状況を年端としはもいかない子に与えるのが良いことだったのか?


 分からない。


 分からない分からない分からない。


「リョウガ」

「っ!?」


 重圧に押し潰されそうなところをセレスに呼び掛けられた。


「貴方は間違っていませんよ」


 救いの言葉。

 だが、素直に受け止められるほどまだまだ人間が出来ていなかった。


「でも俺のせいでこんな」

「成長する機会をくれたのです。貴方が提案してくれたことは正しかった」


 柔らかな声色で龍雅の意識を繋ぎ止める。

 その後、彼女は子供達の方を見た。


「フレア。貴女は真っ直ぐな子です。炎の熱を秘め、自分を信じて進みなさい」

「ママぁ……」


 今度はストゥーリアへと視線を移す。


「ストゥーリア。貴女は聡明な子です。氷のような澄み切った心を持って、これからも姉妹を支えてあげて」

「ぅ、うん。うん」


 次は一番荒れている三女の方へ。


「ゼファー。貴女は自由な子です。貴女に涙は似合いません。風の赴くまま、好きなことに全力を出しなさい」

「ママ。ママァ!!」


 そして最期に彼女は、


 セレスは龍雅を見た。

 それも慈愛に満ちた表情で。


「リョウガ。申し訳ありませんが」

「ああ。あとは任せろ」

「ありがとうございます。私の見る目は確かでしたね」


 言って、満足そうに笑みを浮かべた。


「それからリョウガ。寝室の押し入れに手紙があるので、本当に困った時は読んで下さい」

「分かった」


 これで思い残すことは無くなったとばかりにセレスは空を見上げた。


 漆黒の海に散らばる星星の煌めきは何処までも美しく。

 旅立つドラゴンの行く末に花を添えてくれているような感じがした。


「色々ありましたが」


 ポツリと竜が呟く。


「幸せな一生でした。我が子の成長を見届けられないは心残りではありますが……」


 そして再びこちらの方に顔を向けるセレス。

 聖母のように柔らかく、そして温かな笑みをしていた。


「元気に過ごすのですよ。私は何時も貴女達を見守っていますからね」


 その言葉を最期に、セレスの幻影は世界に溶けた。

 同時に、龍雅の胸の熱が下がったような気がした。


「ママ……。ママ!」

「あぁ。あぁぁぁぁ!?」

「うあっ! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 深夜の山に、のこされたドラゴン達の叫び声が木霊する。


 聴いているだけで心が痛む声に、龍雅はそっと反転して胸を抑えた。


 龍雅の目から一筋の液体が溢れ、顎を伝って地に落ちる。

 一度勢いづけばもう止まらない。

 気が付けば、龍雅も子供達と同じくらい咽び泣いていた。


 雲一つない夜空に浮かぶ星々の下で、人とドラゴン達は泣き続けた。

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