第22話・夜の向こう側へ
セレスが亡くなった夜、龍雅は初めて夜の山中で一夜を過ごした。
泣き疲れて寝てしまった少女達3人を抱えてとなると、下山するのは難しかったのだ。
幸いにも野生動物に襲われることもなく、蚊やアブといった小さな虫にも刺されなかった。
恐らくドラゴン達の傍に居たおかげだろう。
いくら人間の姿をしていても、動物の前では竜の存在は消せないようだ。
(簡単なことしか言えなかったな)
段々と明るさが増してきた空を見ながら、昨日の自分の不甲斐なさを省みる。
彼女達よりも先に泣き止んだはずなのに、ロクな言葉を掛けられなかった。
出来たのはせいぜい他愛のない台詞を掛けながら彼女達を抱き締めてあげるくらい。
あまりにもワンパターンな自身の行動に嫌気がさしていた。
(でも、託されたんだよな)
右手を宙に掲げる。
何も変わっていないはずの右手だが、確実に昨日より重くなったような気がした。
思いにふけっているうちに太陽が昇ったことに気付く。朝日に照らされた世界は、満天の夜空とはまた違った美しさがあった。
「……あさ?」
太陽の光を感じたフレアが目覚めたようだ。
この分だと他の2人が起きるのも時間の問題だろう。
「りょうが……」
「おはようフレア」
「おはよう。それでりょうが」
「何だ?」
まだ悲しいのだろうか。
目元を擦りながらフレアがすり寄ってきた。
「おしっこしたい」
全然違った。
「山降りるまで我慢出来るか?」
「むりー」
「しゃーない。ティッシュ渡すからその辺でしておいで」
「んー」
ポケットテイッシュを長女に渡すと、彼女は茂みの方へと向かっていった。
ふらつきながら歩いているところをみると、どうやらまだ寝ぼけているようだ。
「おはよう、なのです」
「ん、ああ。おはよう」
長女とのやり取りで目を醒ましたのか、今度は次女が挨拶をしてきた。
「お腹減ったのです」
長女といい次女といい子供は素直だ。
だが、子供はそれでいい。
「日も昇ったし山を降りてご飯にしよう。ゼファーは──まだぐっすりだな」
「この子はお母さん子だったのです。きっと一番泣いて疲れたのです」
「そっか」
一番の自由人は一番の甘えん坊だったようだ。
これだけ一緒に過ごしていてもまだまだ知らないことだらけである。
「ストゥーもおきたんだー。おねがいお水出してー」
スヤスヤと眠る三女の寝顔を見ていると、用を済ませたフレアが駆け寄ってきた。
「何かあったのです?」
「おしっこしたから手あらいたい」
「私は洗面所じゃないのです」
文句を言いながらも手から水を出してあげるストゥーリア。
家族思いな行動に思わず頬が緩んだ。
「何笑ってるのです?」
「いや別に」
「その顔むかつくのです」
(おっと)
これ以上ストゥーリアのご機嫌を損なわないように前を見る。
朝日に照らされた山々は言葉では言い表せないほど美しかった。
「落ち着いたら、ここにお墓作ろうか」
ぼそっと呟く。
自然と胸の内から出た言葉で、自分でも何故言ったのかが分からなかった。
「おはかって何? 食べもの?」
「何でもかんでも食べ物から入るなです。死んだ人間に対して生きている人間が作る自己満足の証なのです」
「ふぅん。つまんなそうだね」
「自己満足て。まあ、そういう面もあるだろうけどさ」
「ドラゴンは強者なのです。強者にはそんな概念不要なのです」
(そういうところはちゃんと教育が行き届いてるんだな)
「人間には必要なんだよ。死者の思い出や存在を忘れないためにな」
「そうなんだ。どんなものなの?」
「外国と日本で形は違うけど、基本は四角の石だよ。みんなで作ったものならきっと何でもいいと思う」
「そんなもの適当で良いのですよ。そんな石を作ったところでママは戻らないのです」
やれやれと言わんばかりに次女が息を吐く。
大して面白い話ではないせいか、フレアの方も興味が無さそうな表情をしていた。
「ダメ。ちゃんと作る」
しかし、そこに第三者の横やりが入る。
「ゼファー。起きたのか」
「顔に水が掛かったら誰でも起きる」
「それは災難だったな」
きっとフレアが水気を払おうと両手をバタつかせたせいだろう。
「これから先ママのことを思い出すためにもお墓は必要」
「そんなものなくとも思い出せるのです」
「本当? 本に夢中で忘れたりしないと言える?」
「それは……頑張るのです」
「駄目そうだね」
言葉に詰まった次女の隙を見逃さず追撃を仕掛けるゼファー。
昨日あれだけ泣いていた少女とは思えなかった。
(精神力も人間と違うってことか)
「まあ、業者に依頼しなきゃいけないようなレベルじゃなくて、簡単なもので良いんじゃないか。それこそ3人で作ったものならセレスも喜ぶと思うぞ」
「違う」
「まだ何かあるの?」
三女の否定にフレアが聞き返す。
「4人で作る」
言葉が出なかった。
だってこれは彼女に龍雅もまた家族だと宣言されたようなものなのだから。
瞳が潤んでくるのを感じ慌てて目を擦る。
「うんうん。みんなで作ろう、そうしよう!」
「ゼファーがそこまで言うなら、私も協力しないこともないのです」
「うん。龍雅は?」
ゼファーが流れるように淡々と聞いてきた。
答えなんて1つしかない。
龍雅は透明な瞳でじっと見てきた彼女に応えるため、そっと髪を撫でた。
「もちろん俺もやらせて貰うよ。みんなで作ろう」
「……うん」
「ま、その前に飯にしよう。お腹が減っては戦は出来んからな!」
「それどういういみ?」
「フレアはもう少し勉強するのですよ」
「ボクも分からない」
「こりゃあ明日から勉強時間増やさないとだな」
途端湧き上がる文句の数々。
それは下山のBGMとしては少々賑やかで、悲しみとは無縁のものだった。
それから午前から午後に移動し、再び満月が象徴的な夜を迎えた時。
セレスが消えた場所には、不格好ながらしっかりと整えられた石碑が立っていた。
それも林道家が視認出来るような、見晴らしの良い場所に。
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