第19話・パーティタイム

「今日はなんだかすごいねー! 何かあるの?」


 フレアが居間から飛び出てくるなり問い掛けてくる。

 台所のテーブルの上に置かれた肉と魚と野菜の山を見てそう思ったようだ。


「今日は鍋パーティだよ」

「なべパーティ? みんなでおなべかぶってたたかうの?」


 古代ローマでありそうである。


(知らないとそんな発想になるのか。子供の発想力はすげーな)


「違う違う。料理の名前でな。みんなで鍋を囲んで一緒に食べるんだ」

「へー、よくわかんないけどおもしろそう!」

「おぅ。楽しみにしとけ! きっと気に入るぞ!」

「うん!」


 元気良く答えると、飛び跳ねながら再び居間へと戻っていった。


 フレアの素直な面は接していてとても刺激になる。


 美味しいものは美味しいと、つまらなければつまらないとはっきり言ってくれるのは、非常に助かっている。

 無論、マイナス方面に働く時もあるのだが、それもまた生活にハリがあるというものだ。


「お、来たか」


 一通り仕込みが終わったところで、インターフォンが鳴った。


「誰か出迎え頼む」

「はーい!」「ん」


 フレアとゼファーが反応してくれたようで、2つの足音が玄関へと向かっていった。そして大した時間も経たずに来客を連れてきた。


「おっすおっす」

「こんばんわー、林道くん」


 ドラゴン達が引き連れてきたのは橋爪と玉城。

 普段子供達の世話や気を遣ってくれるお礼として龍雅が招いたのだ。


「誘ってくれてありがとう。あ、これソフトドリンク買ってきたよ」

「サンキュー。もうすぐ準備出来るから居間で待っててくれるか?」

「私も手伝うよ。何か手伝えることある?」

「じゃあ居間のテーブルにお椀を並べて貰えるか? そこの棚に一通り入ってるから」

「うん!」


 食器棚を指し示すと玉城は楽しそうに行動を開始した。


「あらまー嬉しそうに。まるで夫婦みたいだな」

「ふ、夫婦!?」


 今と台所の境界から子供達と肩を並べた橋爪が茶化してくる。


「あんまり馬鹿なこと言うなよ。俺みたいな人間は玉城に分不相応ぶんふそうおうだ。玉城に失礼だぞ」


 何も考えずに放った瞬間、何故か玉城の体が一瞬固まった。


「そういう言葉が一番人を傷付けることを知っておいた方が良いぞお前は」

「ちっとも理解出来ないんだが?」

「まだまだ子供だねーお前も」


 橋爪の言葉は分からなかったが、馬鹿にされていることは伝わってきた。


「おいフレア。橋爪が今度玩具おもちゃ買ってくれるってよ」

「えー、本当!?」


 言うなり間髪入れずに長女が友に抱き付いた。


「はぁっ!? 林道お前それは反則だぞ」

「アタシブランコが欲しい!」

「フレアだけズルいのです。私も源氏物語全巻セットが欲しいのです!」

「ボクはヘラクレスオオカブトで」


 次から次へと橋爪の元へと集まるドラゴン達。

 かつてない人気に龍雅も玉城も自然と頬が緩んでいた。ただ、龍雅の笑みには邪悪さが込もっていたが。


「助けてくれ林道、玉城!」

「急に変なこと言うからよ。ま、素直に買ってあげたら」

「俺のバイト代が消滅しても良いってのかよ!?」

「いっこうに構わんが」

「薄情者ー!」


 親友の断末魔を聴きながら調理へと戻る。

 とは言っても、あとは出汁が入った鍋に食材を入れていくだけで大した手間はない。


「あ、IH調理器出しとかないと」

「私がやるよ。何処に入ってるの?」

「棚の上。届く?」

「んー、ちょっとギリかも」


 玉城が精一杯背伸びをしながら手を伸ばすも届かない。

 ぴょんぴょん跳ねても棚から飛び出た箱に指がかする程度だった。


「あ!?」


 思いがけずクリーンヒットしてしまった箱がずり落ちる。


 下方向には玉城がいる。


 彼女がこれから起きる悲劇を予測して、思わず目を瞑ろうとしたのも当然だった。

 が、そんな事故は起こさせるはずも無く――、


「大丈夫か?」

「あ、うん。ごめんね。ありがとう」


 彼女の行動を見ていた龍雅の手によって防がれた。

 それも彼女を包み込むような形で。


「ごめん、俺が取るべきだった」

「う……うんん、私こそ椅子を使えばよかったよ」


 玉城は「あははは」と何かを誤魔化すように笑うと、龍雅の囲いを抜け飛んでいくように居間へと駆けていった。それも頬を赤く染めながら。


「あれ? おーい。IH持ってってないぞ」


 彼女からの返答は無い。


(何かしてしまっただろうか? ま、いっか)


 龍雅は調理器を持って居間へと向かい、もみくちゃにされている友を横目にセッティングを始めた。

 ちなみに、居間には玉城の姿はなかった。


 ★


『いただきまーす!!』


 1つの鍋の周囲からご飯の開始を知らせる言葉が放たれる。


「りょうが早く早く。おなか空いたっ!」

「人間さっさとよそうのです!」

「お腹ぺこぺこ」

「ちょっと待て、順番順番! てか2回目からは自分でやれよな」


 今か今かと待ちわびている子供達の前に具材をよそったお椀を並べる。

 彼女達は自分の椀が正面に置かれるなり、すぐさま中身を口に運んでいた。


「おいしいね! これ!」

「ふむ、中々なのです」

「美味」


 どうやら寄せ鍋は彼女達に受け入れられたようだ。

 竜達の顔には笑顔の花が咲いていた。


「本当に美味いな。林道が料理技術高いのは知ってたけど、今回は特にレベル高いな」

「うん、とっても美味しいよ。何か特別な作り方でもしてるの?」


 友人達にも好評なようで、龍雅は小さく安堵の息を吐いた。


「いや、特には。いたって普通だよ。こういうのってたくさん作る方が美味しかったりするから、そのせいかもな」

「あー、カレーも沢山作った方が美味しいもんね」

「これもこいつらのおかげってわけだな」


 橋爪がにやけながら子供達を見る。

 しかしながら、ご飯に夢中の彼女達は親友の視線には気付かなかった。


「それにしてもこんなに作らないといけないんだな」


 大家族用の鍋を前にして橋爪が言う。


「これでも足りないぐらいだよ。実はもう1杯分控えてる」

「マジか。とてもじゃないが外食なんて出来ないな」

「ま、主食系は厳しいかなー」

「でも良いんじゃないかな? 林道くんのご飯美味しいから、無理して外で食べる必要ないよ」

「いやー、しかし成長したらもっと食べるだろうしなー。体験させるなら今のうちって気もするんだよな」

「確かにそうか。でもそれで外食に目覚められても困るんじゃないか」

「そうなんだよなー」


 今も大人3人が話している中で、子供達は黙々と食べているのだ。

 既に白米も鍋の具も姉妹揃ってお代わりをしていた。


「大食い選手権に出れたら優勝出来んじゃね?」

「子供の部なら相手にならないと思うが、大人だとどうかな。ちょい厳しい気がする」

「それでもちょっとなんだね」


 子供達の夕飯を食べる勢いは止まることが無い。

 最初に用意していた鍋は30分も経たずに消え失せた。


「毎日朝昼夕こんなに用意してたんじゃ休まる時なんてあんのか?」

「朝昼は意外と食わないからなんとかなってるよ。竜は夜に溜め込む習性っぽいから」

「それでも大変だよ。林道くんは凄いね」

「凄い……かな?」


 考えたこともなかった。


 毎日生きることに精一杯で考える余裕すらなかった。


 フレア。

 ストゥーリア。

 ゼファー。


 まるで性格も考え方も異なる竜達に接するだけで必死で──、


 そして楽しかった。


 死にたいと常に考えていた自分が。

 天国に行きたいと思っていた自分が滑稽こっけいに思えるほど。


 今が充実していた。

 こんな日常がずっと続けば良い。


 あとはそう。


(セレスさえいれば)


 龍雅が胸を押さえてみたものの、何の返答もなかった。

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