第18話・心配
龍雅は居間で一人そわそわしていた。
彼が子供達を叱ってから1時間。
夜ご飯もとっくに作り終えている。
部屋の片付けもした。
気分を紛らわすためにテレビも付けてみたが、不安で内容がまるで頭に入らなかった。
ちらりと窓越しに外を覗く。
あまり雲行きは良くないようだった。
「遅い……」
出ていったのが1人だけならば、寂しさであっという間に帰ってきたに違いない。
だが、3人全員となると話が違ってくる。
探しに行くか?
と、幾度となく考えてもみた。
が、結局行動には移さなかった。
彼女達と入れ違いになる可能性があるからだ。
今度は自分を探しに外に出られでもすれば余計に厄介である。
いてもたってもいられず、テーブルの周りをくるくる回り出した。
そんな時である。
「降ってきたか」
ポツポツと雨音が鳴り始めた。
まばらな雨は段々と強くなり、大した時間も経たずに雨足が強くなった。
「まずいな」
子供達は外へと出ていった。
それは靴がないことから自明の理である。
しかしながら、恐らく傘までは持っていかなかったことだろう。
「探しに行かなきゃ!」
慌てて携帯をポケットに仕舞い、玄関へと向かう。
刹那──、
岩でも落ちたような大きな音に加えて地面が揺れた。
「何だ何だ!?」
急ぎ玄関のドアを開け外界に出る。
そこで龍雅の視界に映ったのは、青い竜だった。
初めて見た
竜と言うよりは怪鳥に近い、というのが龍雅が抱いた感想だった。
「人間、服と本を待避するのです」
「その口調。お前もしかしてストゥーリアか?」
「そうなのです。早くするのです!」
言われるがままに彼女の手から子供服と文庫本を受け取り、玄関内の棚の上に置いた。
「さっきは悪かったのです人間。謝るから手伝って欲しいのです」
まさか素直に謝られるとは思ってもみなかった龍雅がはっとする。
「それに関しては俺も悪かったよ。強く言い過ぎた」
「ふふふーん。反省するのです」
「お前、本当に反省してんのか?」
「もちろんです。ゼファーが庭に掘った穴くらい深く反省しているのですよ」
「数10センチレベルじゃねーか! さては全然反省してないな」
「小言なら後で他の姉妹が聞くのです。今は早く乗るのです」
お前も聞けや。
「何なんだよ一体」
ぶつくさ呟きながら小さな竜に登る。
龍雅のことを考えてくれているのか、彼女は背に乗りやすいようにお腹を地面に近付け伏せってくれていた。
「人を乗せたのは初めてなのです」
「そりゃそうだろうな」
言って彼女の背中に股がる。
初めて触れる竜としての彼女は思いの外固かった。
「行くのです!」
ストゥーがそう言うなり、急な浮遊感が体にまとわりついた。
地面を力強く蹴り宙へと飛び出したのだ。
「うおぉ!?」
急上昇。
急旋回。
そして流れるようにトップスピードへ。
風圧で吹き飛ばされてしまいそう。
だが、不思議と恐怖はない。
仮に落ちても平気だという考えが何故かあった。
「自分で空を飛べるのはやっぱり気持ち良いのか?」
「晴れてれば!」
(それもそうか)
「姉妹の中だと誰が一番飛ぶのが上手いんだ?」
「ぶっちぎりでゼファーなのです。風に乗るのが上手いのです。反則なのです!」
「あー、風使いだもんな。逆に一番下手なのは?」
「さぁ」
こういう時、自信があるなら名前を即答するものだ。
それを誤魔化すということは答えは決まっている。
「つまりお前か」
「なっ!? そんなわけないのです! 失礼なのです!」
大声で否定する次女。
ドラゴンの姿になっても全く変わっていない中身に自然と笑みが零れた。
「で、俺に何をして欲しいだ――って言っても大体分かるが」
「想像の通りなのです。強情になってるフレアを連れ戻して欲しいのです」
「やっぱりそうか」
姉妹全員頑固な一面があるが、長女は特に子供らしい
そんな彼女のことを考えれば容易に事態を推測出来た。
「あそこなのです」
「ん?」
ストゥーリアの視線の先を見ると、妙な風が吹き出した場所があった。
それも木々が少なく他に比べて開けた空間だ。
そこ目掛けてストゥーリアが一直線に急降下していく。
「ナイス着地」
降りた先にはずぶ濡れになった三女がいた。
見るからにダルそうな顔をしていた。
「ゼファー。フレアは?」
「向こうの木の下で座ってる。早く説得してきて」
「りょーかい」
「あ、キミ」
竜の背から降り、長女の元へと向かおうとしたところを呼び止められる。
「お、何だ?」
「約束破ってごめんなさい」
「良いよ。次から気を付けよう」
「ん」
簡素な返事を聞き、再びフレアの元に急ぐ。
少し歩くと、一際大きい杉の木の下に寄り掛かる赤髪の少女が確認出来た。
心細さが表情に現れているあたり素直な子だ。
「フレア」
「っ!?」
少女が龍雅の顔を見るなりそっぽを向いた。
「かえらないもん。アタシまちがってないもん!」
「そうだな」
「ぇ?」
龍雅は小さく笑みを作ると、長女と視線を合わせようと膝を折った。
「フレアはちゃんと片付けしようと思ってたもんな。ごめん、俺がガミガミ言い過ぎたよ」
「……」
「フレアは出来る子だもんな。いつも積極的に手伝ってくれるし」
「…………」
「さあ帰ろう。風呂入って肉食おう肉」
龍雅がそう言い頭を撫でた瞬間、フレアの瞳から大粒の涙が流れた。
「わああああっっ、ごめんなさいぃ! 本当はっ、本当はかたづける気なんてなかったの! ごめんなさい! ごめんなさい!」
むせび泣きながら抱き付いてくるフレア。
龍雅は優しく受け止めると、彼女が泣き止むまで静かに待った。
ドラゴンといえどまだまだ彼女達は子供なのだ。
知能や身体能力が高く特殊な力まで持ち合わせている分、その事実を忘れそうになる。
だが、龍雅だけは認識しておかないといけない。
何故なら彼は彼女達の親代わりなのだから。
「まだなのです? いい加減お腹減ったのです」
「まだー」
「お前らはもう少し反省した方が良いかもな!」
龍雅の叫び声は妹達に軽く流され、彼女達が反応することはなかった。
それを見た長女の顔は、随分とスッキリしていた。
その日の夜。
龍雅達は同じ部屋、それも川の字で寝た。
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