第17話・家出
「遊んだら片付けろって何度も言ってるだろ! 早く片付けなさい!」
「今やろうと思ってたもん!」
塗り絵やオセロといった遊び道具が散乱した居間。
エプロン姿の龍雅の叱り声と、フレアの高音が響き渡っていた。
「まったく。フレアは片付けも出来ないですか。妹として恥ずかしいのです」
「お前もだからなストゥーリア。本は読んだら仕舞いなさい」
やれやれといった具合で乱入してきた青髪の周りには、図書館から借りてきた本が無造作に散らばっていた。
「これはまだ読んでるのです!」
「5冊全部同時にか? 読まない本は袋に入れておく約束だっただろう」
「こ、こんな物が少ない家なら、ちょっとぐらい散らかってても問題ないのです」
「それがお前だけだったらな」
罰の悪い表情をするストゥーから視線を外し三女の方を見る。
彼女は自分には関係無いように虫籠の中を見ていた。
「ゼファー」
「なに? ボクはルール違反してない」
「虫籠は居間に持ってこないようにするって決めたばっかじゃないか」
「んー?」
心当たりが無いのか首を捻る幼女。
「そんなこと決めた?」
「昨日のことなんだが!? アリが大量に入った籠をお前がぶちまけた時だよ!」
「あー」
「逆に何で忘れてんだよ!」
「さあ」
「少しは考えてから言ってくれ!」
悪いと思っていない三女との会話を一旦打ち切り、「もう本当さぁ!」と、子供達全員を視界に入れる。
「最低限ルールが守れないならしばらくご飯は肉抜きにするぞ」
「「「!?」」」
最強のカードを切った龍雅に3人が3人とも顔をひきつらせる。
「横暴なのです! 人間のやることじゃないのです!」
「これが人間のやり方だよストゥーリア。ご飯を作ってるのは俺なんだから決定権は俺にある」
「違う。そもそもお金はボクとママが稼いだもの。キミにこそ権利は無い」
「セレスから保護者を一任されている以上、俺も金の使い方を決められると思うが?」
「む」
言葉に詰まったゼファーが引き下がる。
「大体こんな簡単な決まりごと。素直に守りなさいな」
「だから今やるって言ったもん」
「そう言ってやってないじゃないか」
「それはりょうががずっとおこってるから」
「理由にならんだろそれは。他の2人に構ってる間行動出来たはずだ」
「うー」
プルプル震えるフレアの前で仁王立ちする。
理は龍雅にある。
彼女達の未来のためにも甘やかしてばかりではいられないのだ。
「りょうがのバカー!!」
「なっ!?」
長女の怒声に気圧され一歩引いてしまう。
「おこってばっかりのりょうがなんてもうきらい! バカ! アホ! オタンコナス!」
フレアが逃げるように居間から出ていく。
「フレアの言う通りなのです! 反省するのです人間!」
「同感」
続いて次女と三女もまた長女の跡を追うように消えていった。
「ったく」
1人残された龍雅は短く溜め息を吐き、散らかった室内を片付け始めた。
自分は間違っていない。
彼女達の未来を真剣に考えている。
だが──、
本当にそうだろうか。
人間としての考え方を教えることが子供達のためになるのか。
負の感情が頭をもたげたところに龍雅は頭をブンブン振った。
(間違ってない、間違ってない。弱気になるな、俺)
そう言い聞かせ、部屋の掃除が一段落したところで彼は料理を作り始めた。
(そのうち反省して帰ってくるだろ)
テーブルに出した食材にはしっかりと肉が含まれていた。
★
「お腹減った」
フレア達が勢いで林道家を飛び出してから1時間。後ろを着いてきていたゼファーが唐突に呟いた。
「暗いしつまらない。帰ろう?」
どうやら三女は既に折れているらしい。
もともとあまり熱量を溜め込まないタイプである。
まあこうなるだろう、と彼女の姉であるストゥーリアは予測していた。
ストゥーリアもまた怒りよりも、気軽に本が読めない不自由さの方が勝っていた。
曇り天気の山奥では持ってきた本もまともに読めないのだ。
「いや。あっちがあやまるまでぜったいにかえらないもん」
姉は断固反対のようだった。
「私も帰って本が読みたいのです。みんなで謝れば人間も許してくれるのです」
「いーやー!!」
フレアがわめきながらそっぽを向く。
不意にゼファーの方を向くと、彼女も困ったようにこちらに顔を向けてきた。
「どうするのです? こうなったら簡単には
「放っておいて2人で帰る?」
「能力を落とされてるフレア一人にはしておけないのです。下手に迷子にでもなったらそれこそ面倒なのです」
「それもそうか。なら片方残って、もう片方は帰ってリョウガを連れてこよう」
帰り道も今の場所も匂いで辿ることが出来る。
ストゥーリアは妹の意見に反対する理由は特になかった。
その時である。
「ぁ」
ポツンと水滴が頬に当たった。
「!? 不味いのです。雨なんて降られたら匂いが分からなくなるのです!」
ドラゴンになれば空を飛んで帰宅するのは容易だ。
だが、戻ってくるのが難しくなる。
「こうなったら仕方ないのです」
「帰ろうフレア。一緒に人間に謝るのです。本が濡れるのは御免なのです!」
「いや! ぜったいにいや!」
だが、力づくで掴んだ手を離されてしまった。
「もう! この馬鹿フレア!」
「ふんっ、バカって言った方がバカだもん! そんなにかえりたければ一人でかえれば!」
「言われなくてもそうするのです!」
分からず屋の姉に対し叫んだ後、ちらりと妹の方を見る。
彼女は小さく溜息を吐くと、小さく頷いていた。
「そこで子犬のように濡れて反省するですよ。大馬鹿フレア!」
捨て台詞を残し、ストゥーリアは瞬時に竜へと変われる開けた場所を目指し場を離れた。
頑固な姉から距離を取れたにも関わらず、心には妙にしこりが残っていた。
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