第7話・職務質問

「君、ちょっと良いかな?」


 呼び掛けに応じ振り向くと、龍雅の目の前には男性警察官が立っていた。

 見た目は20代後半から30代前半のように見える。


「俺ですか?」

「うんうん。あー別に疑っているわけじゃないんだけど、近頃公園や周囲の路上で変質者が現れててね。まだ捕まってないもんだから一応ね」

「あ、はい」


(これはもしかして職質という奴か?)


 職務質問。

 警察官が不審な挙動を取る人物に対して、呼び止め質問を行う行為。

 つまりどれだけフォローを入れていようが、警察官の目には龍雅は不審者に見えたようだ。


「うん。君随分若そうだけど大学生?」

「いえ、高校三年生です。今は自由登校で」

「そっか。じゃあその子は君の妹かな?」


 フレアを見ながら質問してくる。


「違います。彼女はその――」


 続きを紡ごうとしたところで思わず言い淀んでしまう。

 ここで『親戚の子』だという嘘をぱっと捻り出せれば良かった。が、変な真面目さが龍雅の足を引っ張ってしまった。

 そして、彼が作り出してしまった小さな間を警察官は見逃さなかった。


「どうしたの?」

「あ、いや。彼女は親戚の子ですよ」

「そう」


 男性警察官が今度は腰を下ろし、フレアと目線を合わせ始めた。


「お嬢ちゃん名前は?」

「フレアだよ」

「そうフレアちゃんって言うんだ。上の名前は分かる?」

「上のなまえって何?」

「名字のことだよ。聞いたこと無い?」

「分かんない!」


 明るく無知を披露する幼女に警察官が唸る。

 しかしながら、簡単には諦めない男は別方向からの質問を放った。


「じゃあ、このお兄さんとはどういう関係?」

「んー」


 フレアが腕を組み考える。

 彼女にとって難しい問いなのか、何度も首を捻っていた。


(頼むから変なこと言うなよ)


「あそび相手」


(いや間違ってないけどさ!)


「もうちょっと他の、分かりやすい言い方無いかな?」


(ほらみろ。この人も困ってるぞ)


 再度フレアが考え始める。

 しかし、今度はすぐに答えを思い付いたようで瞬く間に口を開いた。


「ごはん作ってくれる人」


(家政婦さんかな!?)


 聞けば聞くほど龍雅の立ち位置が分からなくなってくる。

 まだ、出会ってあまり時間は経っていないので当然ではあるものの、便利屋扱い止まりなのも考え物だ。


「おじさんさっきから何が言いたいの? アタシそろそろあそびたいんだけど!」

「ごめんねー。じゃあこれで最後!」


 焦った警官が声を荒げる。

 中々思い通りの回答を出さないフレアに苛立っているようでもあった。


「この人は君の家族? それとも他人?」


 えらくストレートな質問。

 そこまで突っ込まなければならないことなのか、と龍雅は強い憤りを感じた。


「んー」

「どうかな?」


 男性警察官が浮かべる笑顔が妙に邪悪なようなものに思える。

 まるで無知な子供をたぶらかそうとする悪魔のようであり、とてもではないが正義の味方には見えなかった。


「かぞくじゃないよ」


 彼女が答えた瞬間、歪んだ笑みをこちらに向けてきた。


 そして吐き気を催しそうなほどの邪悪に負け、セレスに助けを求めようとした時だった。

 フレアから更なる思いが放たれた。


「まだ」


 たったそれだけの単語に心が軽くなったような気がした。

 何故ならフレアが家族になろうと考えていることに他ならないのだから。


「もういいですかね?」


 溜まったストレスを発散するように嫌みったらしく言う。

 これで更に展開がこじれる可能性もあったが、ある程度仕返ししないと気が済まなかった。


「すみません、お手数をお掛けしました。ご協力に感謝します。お嬢ちゃんもありがとうね」


 意外や意外。

 丁寧な言葉と自然な笑みを残し、立ち去っていく警官。


(あれ……)


 もしかして勝手にマイナス方向にとらえていたいただけで、彼の対応は至って普通なのかもしれない。


(うわぁ)


 龍雅はふと辛い事実に気付くと、現実から逃避するように空を仰ぎ見た。

 曇りだと思っていた空は、何処までも澄みきった青空だった。


「へんなおじさんだったね」

「うんん。立派な人だよ」

「そうなの?」

「そうだよ」


 彼は自分の仕事をしただけ。

 こんなきらびやかな髪色をした少女の横に、黒髪の若者がいれば職質したくなるのも当然だ。


「ふーん。それより早くあれ乗ろう!」


 警察とのやり取りなど気にしてないように、フレアが明るく龍雅の手を握る。

 彼女の手はとても温かく、心に熱が伝わってきた。


「そうだな。折角だし」

「?」


 遊具を見つめていたフレアが振り向く。


「俺もやろっかな」

「うん!」


 大きく頷いた長女の手を掴みながらターザンロープへと走っていく。

 そして、高校生という立場も忘れて全力で公園遊びを楽しんだ。


 今日もまた辛い1日になると思っていたが、彼女のおかげで久々に楽しみの方が上回った日となった。


 次の日。

 凄まじい筋肉痛が龍雅を襲ったのは言うまでもない。

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