第8話・お金の稼ぎ方

 ドラゴン達との生活にも慣れてきた頃、林道家は致命的な問題と直面していた。


 銀行の残高が物凄い勢いで減っている。


 龍雅はスマホに映し出されたインターネットバンクの口座残高を見て固まっていた。


 親の遺産によりぐに生活に困窮する額ではない。

 しかし安定した収入が無い今、ただただ金が減っていく状況は精神的に来るものがあった。


 原因は分かっている。

 子供達の食費だ。


 人間の見た目をしているが食べる量は人並外れている。

 それこそ毎日の料理を味よりも量を重視するくらいには凄まじい。


 龍雅はあまり食べる方では無いが、それでも男というだけあってそこそこ食べる。

 ところが子供達はがしょうもなく思えるくらいよく食べるのだ。


 そういう事情もあり、お金を稼ぐ必要があるのだが。


「何で競馬場?」

(「お金を稼ぐといったらギャンブルでしょう!」)


 やたらテンションの高いセレスに力説される。


(「普通は働くところだろう?」)

(「人間の常識はドラゴンには通用しませんよ」)


 言われてみればそうである。

 人間の姿になれても人間と同じように働くことは難しいだろう。

 何せ戸籍や住所どころか連絡先すら怪しいのだから。


「しかしまあ」


 思っていたよりも遥かに綺麗なところである。


 それが龍雅が競馬場に来ていだいた感想だ。

 施設自体が想像よりも遥かに大きく、掃除も行き届いている。

 馬券を買う施設やレースを見る場所があるだけだと思っていたが、フードコートや公園もある。


 大人も多いが子供もちらほら見られるのは、完全に予想外だった。

 おかげでフレア達を連れてきても、これといって違和感がなかった。


「ねぇりょうが。あの丸っこいの食べたい!」

「さっき昼飯食ったばっかだろ。少し我慢しなさい」

「人間、馬とポニーは何が違うのです?」

「大きさだけだな。ポニーは小さい馬の総称だ」


 フレアとストゥーリアが放つ問題をさばいていると、ふと姉妹の1人が静かなことに気付いた。

 いや、少し表現が間違っている。

 彼女は何時も口数が少ないが行動面で落ち着いているということだ。


「どうしたんだゼファー。今日はやけに大人しいな」


 右手の先にいる緑に声を掛ける。

 人が大勢集まる場所では勝手に何処かに行かないよう手を繋ぐようにしていた。


「あっち見たい」


 彼女が指をさした方向はバドックと呼ばれる場所だ。

 これからレースを行う馬を紹介する場である。


「ああ、行ってみようか。フレア、ストゥーリア。行くぞ」


 食べ物と名馬の写真に気を取られていた姉妹を呼び、全員でバドックへと歩く。


 どうやら本日のメインレースに出頭する馬達が出ているようで、バドックの周囲は人で溢れていた。


「全然見えない。キミ、抱き上げて」

「あー、ゼファーずるい! アタシもアタシも!」

「はいはい順番な」


 人混みのなるべく壁が低い場所で三女の腰を掴み持ち上げる。

 少し力を入れれば壊れそうなほど柔らかいのに重い。下手な筋トレよりも遥かにキツかった。


「あの子は体は出来てるのにやる気がない。あれは体調悪いのかな。あの子はとことこ歩いてるのは右足を気にしてるの?」


 ゼファーが出走馬を見ながらぶつぶつと呟いている。

 その間下方では、長女による「変わって」コールが放たれ続けていた。


「大体分かった。もう下ろしていいよ」


 龍雅のプルプル震えた腕など気にもくれずに緑が要求する。


「次アタシだからね」

「分かってるって」


(「しんどいなぁ、これ!」)

(「ふふふ、保護者が板についてきましたね」)

(「誰のせいだよ、まったく」)


 しんどさを我慢しながら赤髪の少女を上にやる。

 休憩時間が無かったせいできつかったが、分かりやすく喜ぶフレアの反応によって少しばかり辛さがまぎれた。


 満足した様子のフレアを下ろして自分も馬に視線をやる。

 軽快に歩いていたり妙に暴れている馬の違いは分かったが、素人目にはどれが勝つかなんて全くもって分からない。


(「全然分からん。てかそもそも俺の年齢で馬券は買えるのか?」)

(「この国での馬券購入に必要な年齢は20歳以上なのでは買えませんね」)

(「……何で俺の名前を強調した?」)

(「私は20歳をゆうに超えていますので」)


 どうやら抜け道があるらしい。

 身分証明書を持たない彼女がどうやって購入するのかは気になるところではある。


 が、特に突っ込まないことにした。

 きっとドラゴンの力がどうにかしてくれるのだろう。


(「ああ、うん。まあそれはいいや。しかし、どうやって勝つ気だ? 野生の勘か?」)

(「そんな確実性の無い方法には頼りません。もっと確実な方法がありますから」)


 自信たっぷりにセレスが言う。


(「方法って?」)

(「賭けてない馬を威圧して怯ませるだけです」)

「思いっきりズルじゃねーか!」


 セレスの放った方法があまりにも卑怯過ぎて思わず大きな声を出してしまう。

 瞬間、周囲にいた数人とフレアが突如龍雅の方を見てきた。


「あ、すみません。何でもないです」


 慌てて謝り、重い空気から逃れる。

 いまだに怪訝けげんな表情をしているのはフレアのみだった。


(「急に大声を出すのはルール違反ですよ。もっと前の方なら馬にも悪影響でした」)

(「すまん。でも、セレスのやり方も相当だぞ」)

(「生きていくにはお金が要ります。綺麗ごとではお金は稼げませんよ」)


 彼女が諭すように言う。


 理屈は理解出来なくはない。

 だが、一度ズルいやり方を覚えてしまえば卑怯なことに対する許容値が下がっていく。

 段々と自分に甘くなっていく可能性があるやり方は、正直納得出来なかった。


「ねぇ」


 セレスの方法に頭を悩ませると、ゼファーが呼び掛けてきた。


「馬券買いに行こう」

「え? いきなりどうしたんだ?」

「どうしたもこうしたも無い」


「お前は何を言っているんだ?」と、言わんばかりにゼファーが放つ。


「勝てる子が分かったんだから、悩む必要なんてない」

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