第9話・ゼファーの観察眼
結論から言えば、馬券の買い方は酷く簡単だった。
スマホで買いたい馬券を選んでQRコードを発行。その後、券売機で金を払うだけ。
手続きのためとはいえ、体の制御をセレスに明け渡す必要性があったのかすら分からないほどだった。
作業速度がえらく手慣れているのが気になる点ではあったが。
勝負に関することは全てセレスとゼファーが決めたため、龍雅は本当に蚊帳の外だ。
林道家の食糧事情は彼女達の手にあると言っても過言ではない。
馬券の購入が終わり、ぶらぶらしているうちにあっという間にメインレースの時間となった。
勝敗を見届けるため全員で屋外へと出る。
すると圧倒的な熱気が頬をかすめた。
「何だかすごいね! アタシもほのお出して良い?」
「うん、出したら今晩のおかずは肉抜きにするからな」
「ぶー!」
分かりやすく頬を膨らませるフレアを放っておき、子供達の背でもレースが見える位置へと移動する。
出走時間が近付き段々とボルテージ上がっていく場内の歓声を聞きながら、龍雅は三女に質問を投げた。
「何番を応援すればいい?」
「2と3と11。着順は問わない」
「了解」
競馬のルールに
食費のために全力で応援しよう。
レース開始前のファンファーレを聴きながら、龍雅はそう決意した。
「はじまったよ!」
スタートゲートが開く音からワンテンポ遅れてフレアが叫ぶ。
瞬く間に直線からコーナーに駆けていく馬達は凄まじい迫力だった。
「2と11は前の方だけど3はかなり後方だぞ!」
正面のスクリーンに映るリアルタイム映像ではゼファーの予想は絶望的だ。
残り600メートル地点で最後尾の3番がここから這い上がれるとはまったく思えなかった。
「あの子なら大丈夫。だってあの子は」
馬達が最終コーナーを駆け抜けてくる。
馬群がこちらに向かってくるにつれ歓声が大きくなり、ゼファーが紡ぐ言葉はノイズにかき消された。
「え、何言って!?」
続きが気になり、緑髪の少女に耳を近付けようとする。
しかしながら、そんな龍雅の行動を
「ま、マジか!?」
コーナーを曲がった時にはまだ最後尾だった3番が目を見張る速度で上がってきた。
それはまるで音の化身のようなスピード。
3番のクリーム色の馬は自分が一番だと言わんばかりの速さで駆け抜けると、
見事に1番を
思わず息を呑んでしまうほどのドラマを見せられ、場内に一瞬静寂が訪れる。
そして、静けさを壊したのは緑髪の少女の一言だった。
「当たり」
途端、場内が耳をつんざくような歓声によって揺れる。
圧倒されてしまう空気にさしものドラゴン達も耳を塞いでいた。
「どうしてあの3頭が勝つって分かったんだ」
競馬場内の空気が沈静化してきた頃合いで問いを投げる。
質問を受け取った彼女は特に身構えるでもなく淡々と答えた。
「ただの消去法」
「と、言うと」
「1、5、12番の子は足の調子が悪い。6と10番は今日の体調が良くないみたいで顔色が優れなかった」
「ふむふむ」
「4番は緊張してるし、7番は逆に荒ぶりすぎてる。9番は人間が嫌いみたい。他は論外。そもそも体が出来てない」
「なるほどな」
よくもまあ、あの短い時間でそこまで観察出来たものである。
龍雅は感心しながらゼファーの顔に注目した。
無表情だが何処となく嬉しそうでもある。
「ところでこれ、いくら当たったんだ?」
「さあ。お金のやり取りはママがやってたから知らない」
(「配当は約89倍で10万円掛けていましたので、890万ですね」)
「はっぴゃくきゅうじゅう!?」
思いもよらなかった数字に目を見開く龍雅。
ただの1レースでここまでのお金を稼いでしまえるのなら、ドラゴンという身であっても働くという選択肢が無いのも当然だった。
(「凄いとしか言えんな」)
(「今のレースはかなり分かりやすい部類なので当然です。ギャンブラーの私としてはイマイチ気が乗らない賭けでした」)
(知らんがな)
しかしながら、家計に大助かりとはいえこうも簡単にお金を稼げるのは問題だ。
このお金は子育てにしか使わない方が良いだろう。
龍雅はひっそりと決意する。
それにしてもセレスもそうだが。
「ゼファーの観察力は凄いな」
「別に。大したことない」
何時も通り素っ気ない態度を取る三女。
しかしながら、うっすらと耳が赤くなっているのを龍雅は見逃さなかった。
褒められて嬉しいのはどんな生き物でも同じということだ。
「どうしてにやついてる?」
「別に?」
「むかつく」
ぷいっと顔を背けた緑髪の少女の姿はやたらと可愛く見えた。
それから、続く3レースを的中させ、すっかりと財布が温まった最終レース。
最後に彼女が予想した3頭の馬は、運命に誘われるように最終コーナーを駆け抜けていた。
それはあまりに圧倒的で、他の追随を許さない。
そして誰もが勝つのはその3頭だと確信した時、
予想外の事件が起きた。
「あっ!」
落馬。
一番先頭の馬に乗っていた騎手が落下したのだ。
世界が壊れそうなほどの絶叫が響く。
場内の興奮が尽きぬままレースは終わり、勝つはずだった馬は失格となった。
勿論順位は繰り上がりが発生。ゼファーがもたらすはずだった金券は文字通り紙屑へと消え去った。
「ま、こんなこともあるよな」
いまだに呆気に取られている少女に励ましの言葉を送る。
「理不尽」
「ああ、世の中なんて理不尽なことだらけだよ」
これは真理だ。
むしろ理不尽じゃないことの方が少ないだろう。
「でもゼファーのおかげで家計が助かったのも事実だよ」
「……次は負けない」
言って、ゼファーは悔しさを噛み殺すように空を見上げた。
龍雅もまた続くと、上を向くと爽やかな風が頬を叩いた。
(「また1つ成長したみたいで何よりです」)
(「まあな。ゼファーには良い教訓にもなったかもな」)
(「理不尽を受け入れてこそギャンブルですかね。ま、私は当てましたが!」)
「その台詞で色々台無しだよ!」
龍雅が声を大に出して叫ぶと、幼女のジト目が胸を貫いた。
「むかつく」
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