第10話・意固地

「これ全部無料で読めるのですか、人間!」


 目をキラキラさせながらストゥーリアが思いの丈を口にする。

 圧倒的な本の山を前にして、彼女は完全にたかぶっていた。


「ああそうだよ。それと図書館では静かにな」

「素晴らしいのです。こればかりは人類に対して尊敬の念を持たざるを得ないのです」


 声のトーンを落としたストゥーリアが言う。

 だが、見事に服の隙間から青い尻尾が飛び出ていた。


 日頃から何かと頼りにしている次女。

 今日は彼女に喜んで貰う為、市営の図書館へとやって来ていた。


 広さはそこそこだが本のバリエーションが多く、また児童書の読み聞かせサービス等もあり市民に人気の施設だ。

 本が大好きなストゥーリアは勿論、字を読むのが苦手なフレアでも退屈しないだろう。


(ゼファーには生き物図鑑でも渡しておけば良いか)


 ご機嫌な次女が本の海にダイブしていく。

 何処を見ても彼女にとってはお宝に見えるようで、棚の前で少し立ち止まっては移動を繰り返していた。


(あの感じなら1人でも大丈夫だろう)


 次女の姿から一旦視線を外し、両手の先にいるフレアとゼファーと共に子供コーナーへと足を運ぶ。

 しっかりと時間調整してきたおかげで、ちょうど読み聞かせが始まるところだった。


「ここ大丈夫ですか?」

「はい、どうぞ」


 同じく子連れのマダムに許可を取り、子供達と一緒に座る。


 髪色がカラフルな少女を連れていることもあり、いぶかしげな目を向けられたが気にしない。

 ドラゴン達と暮らしている以上、避けては通れない現象なのだから。


「それでは午前の部の絵本タイムを始めさせていただきます」


 司書が開始の言葉を紡ぐ。

 集まった子供はドラゴン含めて6人と少数だったが、それでも司書の顔は明るかった。


 フレアが女性司書が持つ絵本に興味津々である一方、ゼファーはやや気だるげな表情をしていた。


「むかしむかしのおはなしです」


 ゆっくりと流れるようにストーリーが披露される。


 絵本の内容は大きなかぶを人や動物皆で抜く話。

 龍雅もまた聞いたことがあるものだった。


 久し振りに脳に入れると、昔は意識すらしなかった突拍子とっぴょうしもない設定につい笑みが溢れる。


 そんな中、不意に冷ややかな空気が頬を叩いた。


 咄嗟に風が吹いた方に目をやると、いつの間にか青髪の少女もまたそばに座っていた。

 選別したのであろうハードカバーの本を1冊抱えながら、真剣に絵本に耳を傾けている。


 単純に絵本の内容に興味があったのか。

 はたまた姉妹間で体験を共有出来ないことが嫌だったのかは分からない。


 ただ1つ確実に言えるのは、この場の誰よりも真面目に司書の語りに夢中だった。


「みんなでなかよくたべました」


 語尾を強調することで暗に終わりを告げる女性司書。

 その後、大人達が発した拍手を皮切りに称賛の嵐が巻き起こった。


「おもしろかったー。もっとききたい!」

「ほかのはなしは、はなしはー!」


 わざわざ図書館に来ているだけあって、本に対する興味はかなり強い子ばかりらしい。

 次の話をせがむ声が多かった。


「今の話はおかしい。ネズミなんかが加わっても戦力になるはずがない」

「アタシもカブたべたい。ねー、りょうが。今日のごはんはカブがいい」


 純粋に喜んでいるわけではないが、ドラゴン達にも楽しんで貰えたようだ。


 しかしながらその中で、1人神妙な顔つきをしている少女がいた。

 ストゥーリアである。


「どうかしたのかストゥーリア?」


 問い掛けながら次女の肩に手を置く。

 刹那、次女の上半身がびくんと硬直した。


「ふうぇ!? いきなり何です人間!」

「いや、何かやたらと真剣な顔してたから」

「別に何でもないのです。そんなことで話し掛けるなです!」


 ストゥーリアがぷいっと顔を背ける。

 どうやら気分を損ねてしまったらしい。


「ねぇ、りょうが。もっと絵本ききたい」


 フレアが欲望を口にする。

 それは司書の耳にも届いたようで、明るい表情をしていた。

 彼女は赤髪の幼女に目線を合わせて言い放つ。


「あと3冊読むよ。楽しんでくれて、ありがとうね」

「うん!」


 大きな返事を受け取った司書は満足げな笑みを浮かべていた。

 素直に感情を表現するフレアの性格が良い方向に働いたようだ。


「ストゥー。どこ行くの?」


 急に立ち上がった次女を気にするゼファー。


「ふ、ふん! お子様向けの朗読会はもう充分なのです。私はもっと高尚こうしょうなものを求めているのです」


 と、暴言を放ち離れていった。


「あの、このまま続けても大丈夫でしょうか?」

「あ、すみません。大丈夫です」


 戸惑う司書に問題ない旨を伝える。


 ストゥーリアのことだ。

 一回の読み聞かせで本当に満足していた可能性もある。


 だが、何故だか胸にしこりが残った。


 ちらりと体勢を変え、机で読書をする次女を見る。

 何時もと同じ。自分の世界に入る彼女のように見えるのに、どことなく寂しげな雰囲気があった。

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