第11話・時には素直さも

「嫌ですー! 私はここに住むのですー!」


 机にひっつき、離れようとしないストゥーリアを3人がかりで引き離そうとする。


 本の奴隷である青はともかくとして、読書に興味の無いタイプは1時間もいれば大体満足するものだ。

 どちらかと言えばアウトドア派の長女・三女ペアとインドア派の次女が揉めるのは当然だった。


「もうお昼だよ! ご飯食べようよ!」

「そんなもの明日食べれば良いのです!」

「本は飽きた」

「その台詞は飽きるほど読んでから言うのです!」


 この調子である。


 しかしながら、好きなものに囲まれた空間にずっと居たい気持ちも分からなくはない。

 龍雅とて似たような経験はある。


 だがこのまま粘られ続けると、他の利用者に迷惑だ。

 一刻も早くギャアギャア喚く子供達を抑えなければ、最悪出禁になってしまうことだろう。


「まあ落ち着け。図書カードを作れば本は借りられるぞ」

「そんなことは張り紙を見れば分かるのです人間。私はこの空間で生きていたいのです」

「図書館の主にでもなる気かお前は」

「覚悟はあるのです」


 随分と一方的な覚悟である。


 完全に欲望にまみれてしまっている。

 こうなっては正攻法では取り合っても貰えないだろう。


 龍雅はしばし考え込むと、敢えて長女と三女の方を見ながら呟いた。


「あーあ、折角夜は焼き肉にしようと思ってたんだけどな」

「お肉!?」


 フレアが食い付いてしまった。

 涎を垂らさんとする勢いで腰にへばりついてくる。

 肝心のストゥーリアはというと、特に反応がない。


(食欲には釣られんか)


「あとは、好きなところ連れてってやろうと思ったんだが」

「動物園っていうのに行ってみたい」


 今度はゼファー。

 違う、お前らではない。


 またもや次女の気は引けない。


(これでも駄目か。それなら──)


「帰りに本屋でも寄ってくかなー」


 ストゥーリアの耳が小さく動く。


「1人1冊好きな本買っても良い気がしてきたなー」


 今度は尻尾が飛び出た。

 もう少しである。


「図書館は本は揃ってるけど、漫画類はないよなー」

「むむむ」

「あー、本屋に行きたくなった気が収まってきた。あー、これはもう駄目かなー」

「むむむむむ!」


 分かりやすいあおり文句を並べていると、我慢しきれなくなったのか机にかじりついていた青色がせまってきた。


「私も欲しいのです!」

「あれー、ストゥーリアさんは図書館で生きるんじゃなかったのかなぁ?」

「人間はずるいのです! そんなに私をいじめて楽しいのですか!」

(「そうですよ、リョウガ。言い過ぎです」)


 セレスにもたしなめめられてしまった。


 改めて次女を見る。

 睨み付ける姿勢はそのままだが、涙目になっていた。

 これ以上煽ろうものなら、泣き出してしまうことだろう。


「悪い悪い。この図書館のカードなら持ってるから、好きな本5冊持ってきな」

「……分かったのです」

「あー、あと」

「? まだ何かあるのです?」


 期限を直し本棚へと向かおうとした次女を呼び止める。


「読んで欲しい絵本があるなら持ってきな」


 青髪の身体が僅かに震える。


「そ、そんなものは無いのです」


(「素直じゃないやつめ」)

(「そこが可愛いんですよ」)


(そんなものだろうか)


「そうか。でもまあ絵本でもなんでも選んできて良いからな」

「人間に言われなくても分かっているのです!」


 威勢良く本の海へと飛び出したストゥーリア。

 そして数分後、様々な分野の本5冊と共に龍雅の元へと戻ってきた。


「これで良いのか」

「問題ないのです。ちゃんと約束は守るのですよ」

「分かってるよ」


 本を買うくらいどうってことはない。


「お肉!」

「まあ良いか」

「やったー!」

「動物園は?」

「遠いからまた今度な」

「むー」


 子供達との対話を挟みながら貸し出しカウンターへと向かう。

 肝心のストゥーリアはというと、尻尾こそ出していないが気分が高揚しているのが足捌きで分かった。


「お願いします」

「承ります」


 図書カードを提示し、ストゥーリアが続けて本を受付カウンターに置く。

 それを順番に処理していく司書。


(ん……?)


 4冊目を処理し、5冊目が視界に入る。

 それは紛れもなく絵本で、表紙にドラゴンがデザインされたものだった。


(そんなエロ本隠すみたいなことしなくても良いのに)


「何なのです、その顔は?」

「いや、別に」


 つい次女の顔を見ていたところを突っ込まれてしまった。

 どうやら自然とにやけてしまっていたらしい。


「返却期間は来週木曜日までになります」

「分かりました、ありがとうございます」


 レンタル処理が施された本達を受け取り、持ってきたトートバッグにつめる。

 それを次女に渡すと、彼女は何とも幸せそうな顔をして言った。


「ありがとうなのです。人間!」

「はいはい。てか、その『人間』って言う呼び方は何とかならんのか」

「? 人間は人間なのですよ」


 良く分からない論理で蓋をされた。


(ま、いっか)


 次女の笑顔が見れただけでも悪くない。


 龍雅はそう思うなり、子供達と出口へと向かった。


 そして、この日の夜。

 秘密裏にストゥーリアにせがまれ、龍雅は絵本の読み聞かせを行っていた。


「『なにももっていなかったドラゴンはかけがえのないものをえました。おしまい』」

「もう一回!」

「勘弁してくれよー。もう12時だぞー」


 同じ本を30回ほど読み続けることになった龍雅は、昼に放った自分の言葉を激しく後悔することになった。

 反面、青髪の少女は終始ご機嫌だった。

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