第28話・ゼファーが欲しかったもの

 町の公民館の隅っこ。

 お年寄りと小さい子が集まった場所に、龍雅とゼファーもまた居た。


 今日は町が主催の将棋大会が開かれる。

 2、30代の人間は居ないものの、老人の参加率が高いおかげで賑やかだった。


「まさかこんなに人が多いとは思わなかったな」


 率直な感想を漏らす。

 町内の大会といえばご老人の暇潰し程度にしか認識していなかった。

 第一大会の存在を知ったのも将棋教室に行ったついこの間である。


「商品も豪華」


 自然と手の中のチラシに目がいく。

 1位は薄型テレビ、2位は米100キロ。3位でも図書券5000円と中々の豪華さである。


「そりゃあ気合いも入るよな」


 一体何処から予算が出ているのか不明だが、きっと積み立て金でもあるのだろう。


 いくらゼファーが優秀でも優勝することは難しい。

 そんな思いが根底にあるからこそ、龍雅は勝負とは関係の無いことを考えていた。


「ん?」


 隣に居たゼファーに上着の袖を引っ張られる。


「リョウガは出るの?」

「俺は良いよ。フレアと一緒にご近所さんと話してるわ」


 長女は持ち前の明るさでお年寄りの輪の中でお菓子を満喫している。

 次女はというと、会場として使用しない2階で町の文献に夢中になっていた。


「むー。1人ぼっちはつまんない」

「そうは言ってもなぁ。駒の動きを知ってるだけの人間が出ても相手がつまらないだろうし」

「そんなことない。これは町の企画。1人でも多く参加した方が運営は嬉しいに決まってる」


 一理ある。

 大会は人が多いからこそ盛り上がるのだ。


「ゼファーの言う通りか。うん、ギリギリまでエントリーOKらしいし受付してくるよ」

「そうこなくちゃ」


 彼女のテンションが上がるのを確認して、龍雅は受付のお爺さんの元へと歩く。

 商品に比べて本当に緩い大会のようで、飛び入り参加は驚くほど簡単に許可された。


(言われるがままに参加しちゃったけど、銀の動きってどんなんだっけ? ちょっとやばいかも)


 改めて三女にルールを確認しようときびすを返した時である。


「この前は油断しただけだから。次はぜってー負けねーからな!」

「そう」

「余裕な顔しやがって。ぜってー泣かせてやるから覚えとけ」

「そう」

「こいつ。ぜってー許さん」

「『ぜってー』ばっかり」

「お前も『そう』ばっかじゃねーか。もういいわ!」


 ゼファーと言い争いをしていた男の子が彼女の元から離れていく。


 あの男子には見覚えがある。

 先日将棋教室で見かけた威勢が良かった子だ。


「知り合いか?」

「うんん。知らない」

「そうは見えなかったけど」

「誰かと間違えてるのかも」

「こんな緑を見間違える奴なんていてたまるか」


 思わず彼女の頭に手を乗せ髪をくしゃくしゃにする。

 むっとした彼女は反抗するようにぽこぽことお腹を叩いてきた。


 そうこうしているうちに、あっという間に大会開始の合図が鳴った。


 ★


 案の定あっさりと一回戦敗けをぶちかまし、龍雅は三女の勇姿を見守っていた。


 なんと彼女は決勝まで勝ち進んでいた。

 それも相手は開始前に因縁をつけてきた相手。

 これだけ大人がいるにも関わらず、最終戦は子供同士の対戦となっていた。


「これってどっちが優勢ですか?」


 盤面から状況を察することが出来ない龍雅が隣のご老人に尋ねる。


「今のところ嬢ちゃんの方が優勢だな。中盤の攻防に差し掛かったところだから、まだまだ坊主にも目はあるがな」

「そうですか。ありがとうございます」


 と、龍雅がお礼を言う。

 そのせいか周囲の人間も龍雅の存在に気付いたようだ。


「この嬢ちゃん兄ちゃんとこの子だろ。小さいのに凄い腕じゃないか」

「本当に。とても見込みがある子ですよ」

「可愛くて頭が良いなんて羨ましい限りだ」


 津波のようにゼファーを褒める声が押し寄せてきた。

 その褒め言葉の波は現在進行形で戦っている男の子に届いてしまったようで、


「……ん」


 龍雅の目から見ても明らかに悪手である場所に打ち込んでしまっていた。


「あっ!?」


 そしてあまりにも呆気なく、ゼファーが急所を突く形となった。


 スポーツに限らずどんな勝負にも致命的なミスというものは存在する。

 取り返しのつかない一手を打ってしまった彼は、明らかに動揺しているように見えた。


 対して緑髪の少女は何時もと同じように冷静。

 淡々と勝負相手の王様を追い詰めていく。


 ドラゴンによって強い手駒を徐々に失っていく相手はとてもきつそうだ。

 が、どうにかまだ奮闘している。

 大きなミスを犯したものの、完全に自分を失ってはいないようだった。


「王手」


 無情な三女の一言がギャラリーのざわめきを呼び起こす。


 どうにか受け流すもののゼファーが持ち駒を使って更に追い詰める。


 かわす。

 詰める。

 かわす。

 詰める。


 4度の短い攻防を繰り返す。

 少年は必死に耐えてはいるが劣勢なのは明らか。


 次の一手でゼファーが勝つ。


 と、誰もが思った。


 そう。ゼファーでさえも。


「読み違えた?」


 相手の王は生きた。

 限界ギリギリの場所で踏みとどまり、優秀な臣下を失ったはずの王はまだ生きながらえていた。


 将棋というゲームは1手のミス。読み違えによって大きく戦況が変わる。

 攻めきれなかったゼファーに訪れたのは、対戦相手の反撃だった。


 攻防一転。

 状況は入れ替わった形だが、2人の状況は大きく違う。


 攻めるために駒を浪費したゼファーが王を守り切れるはずも無く、また攻撃するために前線に出ていたこともあり、あっという間にゼファーは負けた。


「負けました」


 ゼファーの一言で会場が大きく揺れる。

 そして少年の口から放たれる「ありがとうございました」


 名勝負を繰り広げた2人に会場のボルテージは最高潮に達していた。


「うおおおおおおっっ!?」

「凄い勝負じゃったな。これがあるから将棋は止まられん」

「予定を変更してまで参加して正解じゃったわ」


 まるで子供のようにはしゃぐ老人達。

 その中でマイペースに片付け終えると、少女はさらりと席を立った。


「おい」


 少年に呼び止められるゼファー。


「またやろうな」

「考えとく」


 軽く受け流してこちらに近寄ってくる。

 その表情は悔しさなど微塵も感じさせなかった。


「惜しかったな」

「ん。予定調和」

「そうか」


 三女が右足に飛び付いてくる。

 表には出さなくとも悔しかったらしい。


 しかしついこの間までルールさえ怪しかったことを考えると、この結果は大健闘と言えるだろう。


 だから精一杯頑張った彼女を称えるために抱きしめてあげようと思った。


 そのために彼女の背中に手の伸ばそうとした時である。


「くくっ」


 笑い声だった。

 そして、確かにそれは足にしがみ付く少女から聞こえた。


 龍雅はどうしていいか分からず一瞬戸惑いを見せると、突然司会の声が耳に飛び込んできた。


「それでは授賞式を始めます」


 その一言が届いた瞬間、ゼファーは颯爽と司会者の下へと歩いて行った。


 授賞式。

 優勝者コメント。

 商品贈呈。


 と、龍雅が三女の真意を考えているうちに大会は瞬く間に幕を閉じた。


 彼女の晴れ姿は記憶に残ることも無く、気付いた時には100キロの米袋を台車に乗せ姉妹達と共に帰路についていた。


 ロクに舗装されていない砂利道。

 台車が砂利を弾く音を聞きながら遠くを眺めていると、ふとゼファーが話し掛けてきた。


「ねぇリョウガ」

「なに?」


 夕焼けに照らされた三女が僅かに口角を上げる。


「これだけあれば家計は助かる?」


 この言葉でようやく彼女の真意に気付いた。


 彼女の目的は最初からこれだったのだ。

 将棋は単なる手段。

 全ては米を手に入れるため。


 何のため?

 そんなことは分かりきっている。


「もちろん。ありがとう」


 その一言で彼女は大きくはにかんだ。


「今日の晩御飯はカツ丼が食べたい」

「良いぞ。特盛にしてやろう」

「やった」

「えーゼファーばっかりズルい! アタシもアタシも!」

「人間! 私もなのです! 忘れると怒るのです!」


 急に騒がしくなった夕暮れ時。

 山の谷間から優しい風が龍雅達を包んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る