第3話・初めてのショッピングモール

 ひょんなことからドラゴンの子供を育てることになってしまった次の日。

 自己紹介を済ませた先に待っていたのは、思い描いていた通りのだった。


 何せ彼女達は見た目こそ人間であるものの、人間としての生き方を全く知らないのだ。


 顔を洗おうとして水の出し方が分からず、蛇口を壊そうとしたたのはまだ序の口。

 買ってきた朝ご飯のパンをビニールごと食べようとしたことも可愛いものだ。

 トイレの水を水呑場として勘違いして飲もうとしたりしたのも許せる範囲内だろう。


 しかしながら隣の家の住人を威嚇したり、通り掛かったペットを食べようとしたのは、人間としては赤点の行為である。


 そういうわけで、無知な子供達の奇行をフォローしているだけであっという間に午前が過ぎていった。


 だが、へこたれているわけにはいかない。

 龍雅の精神力は既に燃料切れ間近だったが、まだまだやることはあるのだ。


 人間として生きるには、知識やマナーの他にも必要なものがあるのだから。


「わぁー、すごいすごい! キラキラがいっぱい!」


 フレアが目を輝かせながら叫ぶ。

 見たことの無い量の物や明かりにワクワクを見出しているのか、兎のようにぴょんぴょんと跳ねていた。


 3人のドラゴンを連れてやって来たのは近場のショッピングモールだった。


 生活に必要な物を揃えるには充分な規模で、自殺を考える前の龍雅も良く利用していた施設である。

 映画館やお洒落な店が少ないといったマイナスポイントはあるが、日常生活を送る分には充分過ぎるほどだ。


「ちょっとフレア騒ぎ過ぎです! 変な人間に目をつけられたらどうするんですか!」


 はしゃぐフレアをたしなめたのはストゥーリア。

 テンションマックスな長女と違って、周囲の人間を警戒するような動きをしていた。


「これぐらいだいじょうぶだよ! ストゥーは頭かたすぎ!」

「はぁ! 心配しているのにその言い草は何です!」

「だって本当のことじゃん!」

「ちょ、ちょ、ちょ! ここで喧嘩は止めろ。目立つだろ」


 勃発仕掛けた喧嘩を大急ぎで止めに入る。


 ただでさえ全員髪色が珍しい上に容姿が良いのだ。

 変に目立つことは何としても避けたかった。


「だってストゥ―がうるさいこというから」

「フレアだって悪口言ったのです!」

「だから止めろって。ほらっ、ゼファーも何とか言ってくれ」


 と、助けを求めて後ろを振り返ってみたものの、肝心の緑は一人何事も無いようにエスカレーター乗り場へと歩いていた。


(どいつもこいつも!)


「ひゃあ!?」「ふわぁ!?」


 小さな争いを続ける長女と次女を乱暴に持ち上げ、自由気ままに行動する三女を追い掛ける。

 幸いエスカレータに乗る直前で彼女のえりを掴むことが出来た。


「むぅ、何故邪魔する」

「勝手に動くなって。迷子になるだろうが」

「その時はその時」

「迷惑掛かるの俺なんだが!?」

「子供の責任を取るのは保護者の役目」

「それは親が言う台詞なんよ!」


 むくれる三女を無理やり方向転換させる。

 ついでに暴れるフレアとストゥーリアを下ろすと、彼女達の目を見て龍雅は告げた。


「良い子にしてたら好きなもん買ってやるから、頼むから面倒事を起こさないでくれ」

「本当に何でもです?」


 ここぞとばかりにストゥーリアが質問してくる。

 妙に片側の口角が上がっているのが気になったが、突っ込まないことにした。


「まあ物凄く高いものでなければ」

「――!? 言質げんち取ったのです!」


 どうやら余程買って欲しいものがあったらしい。

 あまりピンと来ていない他の2人とは違って露骨にテンションが上がっていた。


(分かりやすい奴だ。こういうタイプが一番御しやすいな)


 とはいえ現金な性格というのは決して悪いものではない。

 自分に利益があると分かれば、思い通りに動いてくれるのだから。


「そうと決まればさっさと買い物を済ませるのですよ、人間!」


 鼻息を荒くした次女が急かしてくる。

 感情がたかぶった姉妹の勢いに引いてしまったのか、赤と緑は反対に冷めているようだった。

 その証拠とばかりに、ストゥーリアに強制的に手を繋がれても暴れることなく従っている。


(「あとは『人間』呼びさえ止めてくれれば文句はないんだが」)

(「信頼関係が築かれれば、自然と名前で呼んでもらえるようになりますよ」)


「そんなもんかなぁ」とぼやいていると、前方を歩いていた子供達が騒ぎ始めた。


「あれなにー!?」

「ちょっとフレア! 待つのです!」


 ストゥーリアの手から離れたフレアが設置してある風船に突撃していく。

 どんなに萎えているように見えても、切っ掛けさえあれば一瞬で復活するあたり子供である。


「ったく」


 三女を制御する次女の代わりに、駆けていく赤髪を追いかける。

 ジャンプしようとした直前で捕まえたものの、風船から興味が外れることはなかった。


「これなになになにー! とんでるとんでる!」

「おち、落ち着けって! ただの風船だって!」

「風船って何! 触ってみたい! 食べてみたい!」


 口に出した欲望と一緒に胸や肩を叩かれる。

 全力で暴れているのか、一発一発がハンマーを振り下ろされたような衝撃だった。


「こらこら止めろって! 風船ならあとで買ってやるから!」

「やだ! あの赤いのがほしいっ!」


 彼女に言われてちらりと上を見る。

 そこにはフレアの髪色によく似た風船があった。


「だからダメだって。あれは売り物じゃないの!」

「んんー! りょうがの!」

「へ?」

(「いけません!」)


 フレアが大きく口を開ける。

 同時にセレスの叫び声が頭の中に鳴り響いた。


「いじわるぅぅっ!!」


 長女の叫びと共に、彼女の口から凄まじい熱量が解き放たれた。


 斜め上方向に放たれた炎は龍雅の左頬の横を通っていき、そのまま天井へ。

 それは時間にしてほんの数秒の出来事。

 だが、これから何が起こるかを予想するには充分過ぎるほどの時間だった。


(まずい!)


 音に怯んだフレアを咄嗟に持ち上げ、ストゥーリアの元へと走る。

 そして龍雅は次女の手を掴むと、火災報知器が鳴り響く空間から逃げ去った。

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