第42話・ママとして
「ぐっふっ」
次から次へと口から血があふれ出して来る。
どうやら臓器に相当な損傷を負ってしまったようだ。
だが、どんなに痛くとも泣き言を言っている暇などない。
何せ大事な家族が畜生にも劣るクズに捕まっているのだから。
「フレアを、離せっ――!」
「人間如きがその傷でまだ動けるか。ふん、腐ってもドラゴンの力を取り入れているだけのことはある」
劣勢だった時の態度が嘘のように、ニーグが高みから見下ろして言う。
「フレアッ!!」
「龍雅! もう喋るなです!」
「うん、ボク達に任せて。フレアは必ず助ける」
青と緑が龍雅の代わりに敵と
「来るな
人質を強調するように黒竜が爪の中に握りこんだ少女を見せつけてくる。
締め付けが酷いのか、フレアは
「っ!? 卑怯なのです!」
「竜の風上にも置けない」
「何とでも言うがいい。勝った者こそ正義なのだ」
諦めたようにストゥーリアとゼファーが構えを解く。
「それでいい。散々
ニーグがこちらを睨んでくる。
「貴様は別だ。貴様だけは八つ裂きにしてもまだ気が済まん!」
鳥肌が立つほどの憎悪と怒りが混じった凄まじいプレッシャー。
息苦しいほどの迫力に、龍雅は負けまいと思わず踏ん張った。
「我を
叫ぶなり、ニーグが光を口に溜め始める。
それも今まで見せた中で明らかに光の集まりが多い。
恐らくチャージ時間度外視の威力に偏重した攻撃に違いない。
(参ったな。詰みか)
終わり。
今日何度目かの言葉が頭に
ここまで
しかしながら打つ手が無いのも事実だ。
抵抗しようにもフレアの命には代えられない。
それに肉体もボロボロだ。
この出血量ではどうやっても生き残れないだろう。
(ダメだ。諦めるな)
自分1人だけなら。
一昔前の自分なら既に心が折れている。
しかし今は違う。
独りじゃない。
フレアがいる。
ストゥーリアがいる。
ゼファーがいる。
そして、胸の中にはセレスがいる。
(負けてたまるかぁ!!)
「世界から消え失せろ!! 下等生物!」
限界まで溜めた光が発射される。
目に焼き付くほどの空間を照らす光は、見事なまでに絶望で溢れていた。
(まだ! まだっ!)
音速を越える速度の
死が間近まで
その恐怖に腕が震えるものの、視線ははっきりと前を向ける。
(もっともっともっともっとっ! 寸前までもっとっ!)
頭が処理出来るギリギリまで意識を集中させ光を見つめる。
これから先の未来はこのタイミングに掛かっている。
失敗は出来ない。
(「大丈夫です。貴方は強い子です。リョウガなら出来ます」)
不意に頭の中に言葉が響いた気がした。
自分の
真相は分からないが、少なくとも勇気が湧いてきた。
温もりを抱き正面を見据え覚悟を決める。
(セレス、俺はもう諦めないから!!)
胸元まで光を知覚。
更にセレスから貰った力の9割を集めた右手をそっと胸へ。
そして手首のスナップを利かせると、龍雅はニーグから発射された光線を、
弾き返した。
(いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!)
「ぬっ、貴様ァ!!」
無駄にパワーを溜めたおかげで敵は反応することは出来ても対処は不可能。
人間の底力を
「ぬっぐわああああああああああああああああっっっっ!?」
耳をつんざく悲鳴が鼓膜を刺激する中、龍雅は息つく間無く駆ける。
「フレアッ!!」
「りょうがぁっ!」
ニーグの手から宙に放り出された少女を受け止め抱き寄せる。
彼女は余程怖かったのか顔をくしゃくしゃにしていた。
「りょうがおなか、だいじょうぶなのぉ?」
どうやら違ったようだ。
彼女は自分の身よりも龍雅の怪我を心配していたらしい。
「ああ、まあ何とかな」
「ほんとう? ほんとのほんと?」
「うん、ほんとのほんとだ」
嘘である。
正直どうなるかは自分でも読めなかった。
だが、子供達に無用な心配は与えたくない。
龍雅は精一杯の笑顔を長女に届けた。
「フレア! リョウガ!」
彼女を姉妹達の前で下ろすと、真っ先にゼファーが飛びついてきた。
三女のみならず次女もまた不安な顔つきをしていた。
「痛くないのです!? 辛くないのです!?」
「心配すんなって。これくらい大丈夫だよ」
言って、彼女の頭を撫でる。
綺麗な青い髪が血で汚れてしまったが、彼女は気にもとめなかった。
一方の龍雅はというと、ちっとも感覚の無い右手に笑うしかなかったが。
「龍雅は──」
瞳に涙を溜めたストゥーが見つめてくる。
「死なないです?」
(それが不安だったのか。ま、こんだけ腹と口から血を流してりゃな)
「死なないよ。きっとセレスが守ってくれる」
「龍雅ぁ」
「お前達のママは最強なんだ。そうだろ?」
問い掛けると、子供達が示し合わせたように
「じゃ、片付けてくるよ。お前達が安心して暮らすためにな」
「違う!」
身体に抱きついていたゼファーが大声を上げる。
「ボク達の中に、リョウガも入ってるから!」
「……そっか。そうだな。ごめん」
三女の頭にそっと触れた後、彼女の体を引き離す。
そして視線は敵。元凶である黒竜へと移した。
「貴様ああああっっ!! 絶対に許さんっ!! ゆるさんぞおおおおおおっっ!!」
怒りに我を忘れているようだ。
失った右腕を震わせながら、残った左腕を空へと伸ばしていた。
(ダメージ量は同じくらいかな)
「お前達の実親を殺すかもしれないけどいいかな」
問う。
返答は驚くほどあっさりと帰ってきた。
「だいじょうぶだよ」
フレアが真っ先に言う。
「ボク達の親は」
続いてゼファー。
「ママと龍雅なのです」
そして最後にストゥーリア。
全員意思は同じようで、言葉に
「りょーかい。じゃ、やるべきことは1つだな」
残っていた1割の力を足に込める。
そして一瞬の間を置いて、全力で地面を蹴った。
「下等生物如きがああああああああああああああああああっっっっ!!」
「うるせえ!!!!!」
振り下ろされた左手を殴り飛ばす。
更に、弾かれた竜の手を土台にして更に上へと飛翔する。
もう体はとっくに限界なはずなのに何故だか胸の奥から力が湧いてくる。
「やっちゃええええええええええええ!!」
家族で一番元気なフレアの声がする。
「いくのですっ!!」
家族で一番面倒見の良いストゥーリアの声がする。
「ぶっ飛ばしちゃえ!!」
家族で一番家族思いなゼファーの声がする。
そして――、
(やってしまいなさいリョウガ!!)
家族で一番高貴で優しく、強い女の声がした。
「くたばれ
「ぐぬるぅあっっ!!!!!!」
全力で放たれた右腕は、見事に黒竜の右頬を
刹那、きらきらとした粒子が龍雅を包みだす。
今まであったはずの巨体はまるで幻想だったように消え続ける。
性格の悪い黒竜が放つにはあまりにも美しい光。
そんな光に包まれながら、龍雅は下へと落ちていく。
死力を振り絞った彼には最早生気は無い。
先程まであったはずの胸の中の輝きもすっかりと鳴りを潜めていた。
そうして何か柔らかなものが背中に当たったのを感じたところで、
龍雅の意識は途切れた。
彼の両手はしっかりと指が握りこまれ、その先は空へと向かっていた。
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