エピローグ・コドモドラゴンの育て方

 春が過ぎ、地獄のような湿気を感じ始めた頃。

 林道家の庭では草むしりが行われていた。


「きりきり働くのです人間。フレアに負けているのです」

「いやいやストゥーリアちゃんだって全然進んでないじゃん」

「私は監督係なので問題ないのです」

「あるに決まってる」

「あいたぁ!?」


 へへん、と橋爪に向かって胸を張る次女。

 そんな彼女をとがめたのはゼファーだった。


「1人だけサボるのはダメ。むかつく」

「何も叩くことないのです! 暴力反対なのです!」

「ふふ、良い気味だ。なぁフレアちゃん」

「うん。ゼファーが正しい!」

「ぶぅ!」


 ふくれる次女を笑いながら作業を継続していく。

 4人でやれば意外と早く終わるもので、草でぼうぼうだった庭はすっかりと茶色に染まっていた。


「みんなお疲れ様ー。休憩しよう、お菓子あるよー」

「わーい、おっかしー!」


 林道家からお盆を持った玉城が出てくる。

 彼女の手には冷たい麦茶が入ったポット。そしてお盆の上には大福が乗っていた。


 我先にと大福に群がった長女が手中に入れようとしたところで動きが止まる。


「フレアちゃん?」

「おやつのまえは手あらいだった!?」

「あ、なるほど。そうだね」


 放り投げるように靴を脱ぎ、縁側から家に入っていくフレア。

 次女と三女もまた静かに彼女の跡を追っていった。


「よく教育されてんな」

「うん、本当に。とってもいい子達」

「何だか雰囲気まであいつに似てきてたしな」


 軍手を足元に置いた橋爪がそのまま大福を手に取る。


「アンタは子供達を見習った方が良いよ」

「固いこと言わない」


 言って、彼は白い塊を口に運んだ。

 友のだらしない様子を見ながら玉城はお茶をコップに注ぐ。


「手あらってきたー」

「ちょっとフレア。ちゃんと拭くのですよー」

「いいよ、かわくからー。ストゥーは口うるさい」

「誰のためを思って!」


 赤と青がにらみ合う。

 三女はというと、我関せずとばかりに既に縁側に座り、麦茶の入ったコップに口を付けていた。


「喧嘩はダメだよ。みんな、えらいえらい。ほらどうぞ」


 危ないとばかりに玉城がお菓子とお茶を差し出す。


「ありが――!?」


 しかし、フレアが手を伸ばそうとした瞬間、不意に彼女は玄関の方を見た。

 そしてその反応はストゥーリアとゼファーも同じだった。


「帰ってきた!」「帰ってきたのです」「帰ったきた」


 ドラゴン達は揃いも揃って玄関へと走っていく。

 そうして数十秒後、彼女達は一人の男と共に戻ってきた。


「いやー参ったよ。病院やたらと混んでるし、何ともないのにめっちゃ検査されちゃってさー。こんな時間掛かるとは思わなかったよ。子供達見てくれてありがとう2人とも」


 右手で後頭部を擦りながら、龍雅は申し訳なさそうにやって来た。

 特に目立った様子は無く、お腹や腕どころか全体が至って健康そうだった。


「うんん、そんな。大したことないよこれぐらい」

「働いた分夜飯は期待してるからな」

「あはは、本当ありがとう」


 親友達に感謝を述べ、龍雅は少女達と一緒に縁側へと腰を下ろした。


「みてみてりょうが! あそこアタシが草むしったんだよ!」

「おお凄いな。めっちゃ綺麗になってるじゃん」

「ふっふっふ、私も頑張ったのです! 褒めたたえるのです!」

「ストゥーは半分くらいサボってた」

「あ! それを言うなですぅ!」

「はいはい落ち着いて。手伝ってくれただけで俺は嬉しいよ」


 彼の視線の先には多種多様な表情を見せるドラゴン達がいた。

 その姿を見て、龍雅の頬は緩み切っていた。


 同時に彼は思う。


 セレスや亡くなった母も同じような感情の抱いていたのではないかと。


 竜の力をすっかり感じられなくなった胸に龍雅は手を当てる。

 そのまま顔を伏せそうになりつつも、彼はにこやかに上を向いた。


「りょうが!」

「龍雅っ」

「リョウガ」


 彼が欲しかったものは、はっきりと今この場にあった。

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コドモドラゴンの育て方 エプソン @AiLice

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