第32話・断裂

「我の名はニーグ。貴様らの父だ」


 脳が理解するのに時間が掛かった。

 それは子供達も同じだったらしい。

 誰もが呆然と立ち尽くしていた。


『父親はいません。出会い頭に私を力付くで犯すなり、何処かへ行ってしまいましたから。きっと子供が生まれたことすら気付いていないでしょう』


 以前セレスが言っていた言葉だ。

 彼女の言葉通りであるなら、目の前の黒竜が言っていることに間違いは無いだろう。


「突然現れて何の用?」


 と、ゼファー。

 足は震えていても視線は真っすぐ正面を向いていた。


「うっすらと我の力を感じて来たのだ。しかし3人も産んでいたとはあやつもやるではないか」

「答えになってない」

「そうかすでない。そうか。ならば我の取る行動は1つだ」

「な、何なのです!」


 今度はストゥーリアが叫ぶ。


「貴様らのうち1人だけ我の下に来てもらう」

「いや!」


 龍雅の前でフレアが拒否反応を示す。


「貴様らの意向など関係ない。我がそうしたいと思えばそうするのだ」

「勝手!」

「我には不遜ふそんが許される力がある」


 傲慢ごうまんな考え方だ。

 龍雅も彼女達に乗ろうとしたところで当然すぎる考えが頭をぎった。


「何で3人共じゃなく1人なんだ?」

「人間ごときが!」


 ニーグの雷のような怒声が響く。


「我らの会話に入るな!」

「ぐぅぇ!?」

「リョウガ!」


 再び圧を掛けられる。

 今度は踏ん張れないほどの力を押し付けられた。


「3人ではなく1人か。当然だろう」


 ニーグが虫けらを見るような目をこちらに向ける。


「強者は常に1人。次世代の強者は1人いればいい」

「そんなの知らないのです! 今更父親なんてお呼びじゃないのです!」

「かえって!」


 拒絶の連続。


 それはそうだろう。

 いくら実親であろうとも、突然現れてここまでの暴論。

 しかも、子供達が生まれた切っ掛けも無理矢理とくれば従う道理が無い。


「そうか。では」


 竜の目が更に鋭さを増す。


「皆殺しだ」


 ニーグは至極しごく当然とばかりに冷たく言い放った。

 いとも簡単に放たれた言葉は全員を凍り付かせるのに十分過ぎるほどの威力だった。


「どうした。お得意の文句はどうした。反抗しないのか」


 誰も答えられない。

 誰もがニーグが出す空気に吞まれてしまっている。


「どうしたと聞いている!!」

「うぐっ!?」


 鼓膜が破れたかと思えるほどの咆哮ほうこうに、龍雅の意識は一瞬飛んだ。


(本気だ……。本気で殺す気だ。自分の子であっても躊躇ためらいが無い)


 気力を振り絞って何とか前を見る。

 子供達も踏ん張っているが、委縮しているのははっきりと分かった。


 成人したドラゴンと年端としはも行かないドラゴン。

 どちらが強いのかなんて明白だ。


 そもそもセレスですら相手にならなかったドラゴンに、子供がどうにか出来る問題ではない。


「あた、アタ――」

「ボクが行く!」


 誰もが絶望し掛けた瞬間、フレアの勇気をさえぎるようにゼファーが声を発した。


「ほうお前か」

「姉妹の中でボクが一番強い。ボクが一番才がある」

「そうか。ならばこちらに来い」


 ゼファーが黙ってニーグの元へと歩く。

 しかしそんなことを他の姉妹が許すはずがなく。


「何してるのゼファー!」

「そうなのです! そんな奴について行くことないのです!」

「…………」


 引き留めようと長女と次女が駆けようとする。


 刹那。


「「ひゃあ!?」」


 容赦の無い風が赤と青を襲った。

 なんなく吹き飛ばされた姉達は、庭とは反対の方の戸を突き破る。


 突き放すにはあまりにも冷酷な風を放ったのは、誰でもない三女だった。


「邪魔しないで」

「ふむ。筋は悪くない」

「そう」

「ゼファぁぁぁぁっっ!!」


 限界まで喉を開き絶叫する。

 最早裏声に近く、龍雅も何を言っているか聞き取れなかった。


「リョウガ……」

「ふん、鬱陶うっとうしい虫が」

「あぐぁっ!?」


 先程までとは比較にならない重力が龍雅を襲う。

 肉が潰れ、骨が砕けそうなほどの力だった。


「止めて!」


 顔を歪めたゼファーが懇願こんがんする。


「それならいつまでも虫けらの格好でいるな」

「……分かった」


 服が擦れる音の後、力強い衝撃が鳴り響いた。


「ゼ、ふぁー」


 懸命に前に手を伸ばす。

 だが、想いほど前に進まなかった。


「みんな」


 三女のか細い声が飛んでくる。


「またね」


 淡々としていながらも、何処か振り絞るような声色。

 あまりにも呆気なく放られたそれはすぐに空気へと溶け込んだ。


 別れの言葉の後、地面を大きく蹴る音が鳴り、龍雅の拘束は徐々に緩くなった。


「ゼファー! ゼファぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!!!」


 ようやく顔を上げられた時には、既に彼女の姿はない。

 ただ庭からの冷たい風が、赤くなった龍雅の頬を叩いた。

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