第6話・フレアとの公園遊び

「わー、広い広い!」


 子犬のようにはしゃぎ回るフレアの姿を見ながら、龍雅は隅のベンチで一息吐いた。


 体全体で喜びを表現する赤髪の少女。

 彼女を眺めていると自然と頬が緩んだ。


 子供達にも息抜きは必要だ。

 慣れない環境に順応し続けるのもストレスだろう。


 そう判断して大きめの公園に来たのだが、どうやら大正解だったようだ。


 ただ予想外だったのは、嬉しがっているのが長女だけという点。

 青は家から持ってきた本を食い入るように読んでおり、緑は地面を歩く蟻をじっと観察している。


「お前らは遊具で遊ばないのか」

「あんなお子様向けの置物で遊ぶほど暇じゃないのです」


 と、ストゥ―リア。

 自分も充分子供だというのに随分と上から目線の言い方である。


「ボクもパス。この場所の生態系の頂点はボクだということを知らしめる必要がある」

「お前は何と戦ってるんだ……」


 すっかり自分の世界に入っている2人を放っておいてフレアに注目する。

 適応能力が高いのか、他の子供達の邪魔にならないように遊んでいるようだ。

 今もこうして一人滑り台を駆け抜け、見事に砂場へと着地した。


「ん?」


 何故か砂場から一目散にこちらに向かってくる長女。

 そして、怒涛の勢いで加速すると龍雅の胸元へと飛び込んできた。


「つまんない!」

「いくら何でもはえーよ!」

「だって一人だもん!」


 フレアが全力で不満をぶつけてくる。


 しかし彼女の言っていることも分かる。

 いくら遊び道具や広場があったって、一人遊びにも限界がある。

 遊びにも他者と共有するからこそ楽しめる側面が存在するのだ。


「今まではどうやって遊んでたんだ?」

「生き物とおっかけっこしたり空とんだり。あとはママがあそんでくれたりもしたよ!」


 元気よく長女が答える。

 彼女の話には見事に次女と三女が登場しなかった。


(ストゥーリアは本の虫だし、ゼファーはマイペースだからなぁ。ま、仕方無いか)


「俺でよければ一緒に遊ぶか」

「うん!!」


 今日一大きな声で叫ぶフレア。

 余程嬉しいのか瞳をきらきらとさせていた。


「ストゥーリア。ゼファーがどっか行かないよう見ててもらっていいか?」

「任されたのです。気にしないで行ってくるのです、人間」

「本当に頼んだからな。こいつ放っておくと何処にでも行っちゃうから」

「心外。ボクにだって落ち着きぐらいある」


 緑が反論してくるものの無視する。

 ショッピングモールの一件によって、ゼファーを自由にしていけないのは痛いほど分かっている。


 ストゥーリアの目は本にしか向かっていないように見えるが、彼女には責任感がある。こちらでも時折気に掛けていれば問題無いだろう。


「何がしたい?」

「あれあれ! ぶらぶらするやつ!」


 叫ぶなり、フレアがブランコ目掛けて突撃していく。

 ちょうど他の子供も遊んでおらず、彼女が辿り着いた時には貸し切り状態になっていた。


「んー! んー?」


 ブランコの上に座り、サイドの鎖を持ってただ足をバタつかせる。

 当然のことながらブランコはただ揺れるだけで、前にも後ろにも動かなかった。


「うごかないよ! ぜんぜんおもしろくない!」


 不満を口にしつつもフレアはまだ続けた。

 当然ながら一向に事態は好転しない。

 いくら身体能力が人間よりも高かろうが、道具には最低限の知識が必要なのだ。


「何これ―、つまんないー!」

「まあ待て」


 癇癪かんしゃくを起こし掛けている少女を制止する。


「手はもうちょっと上だな。ちょっと押してやるから、ブランコが前に行くときに足を伸ばして後ろに戻る時に曲げてみろ」

「んん?」


 歯切れの悪い表情を浮かべながらもフレアは前を向いた。

 初めて行うことの知識を得た反応としては、誰であれこんなところだろう。


「ほら行くぞ」

「う、うん」


 ブランコの両側の鎖を掴み、ゆっくりと後ろに引く。

 そして、あまりスピードが付かない距離で静かに手を離した。


「おおー」


 揺れの1回目はタイミングが上手く合わず、減速してしまった。

 2回目、3回目も何とも言えない結果で、振り子はすっかりと勢いを無くしてしまった。


「止まっちゃった」

「でも悪くなかったぞ。ただ、もうちょい早めに動いてみろ」

「うん」


 再びブランコを動かし揺れを作ってやる。

 するとコツを掴んできたのか、最初の勢いは見事に保持されていた。

 同時に、曇っていたフレアの顔が明るさが戻っていく。


「良いぞ! その調子だ」

「うん。うん!」


 龍雅は鼓舞こぶしながらそっと横にスライドした。


 もうすっかり慣れてしまったようで、段々と揺れが大きくなっている。

 加えて、少女の顔には大輪の花が咲いていた。


「見て見てりょうがー。すごいでしょー!」

「ああ、凄い凄い――って、止まれ止まれ! 止まれー!!」


 加速による加速によって、1回転しそうなほど勢いが付いたところを全力で止める。

 龍雅の命令によって漕ぐことをやめたフレアはというと、何がいけないのか分からずポカンとしていた。


「何で止めるのー?」

「あれ以上漕ぐとてっぺんで落ちてくる可能性があって危ないんだよ!」

「そうなんだ。ブランコってむずかしいね」


 そう独特な感想を吐き出した少女は、勢いが落ちたブランコからすたっと降りた。


(子供って何が危ないとか分かんないもんなー。そりゃあ親の付き添いも必要か)


 妙に納得しフレアの方を見る。

 に落ちない様子だったが総合的には大満足だったようで、満面の笑みを浮かべていた。


「次はあれやりたい!」


 今度はターザンロープを指さす少女。

 この勢いだと公園の遊具全てを遊び終わるまで解放してくれ無さそうだ。


 そうして覚悟を決めてフレアの後を付いていこうとした時だった。


「君、ちょっと良いかな?」


 突如背後から警察官に呼び止められた。

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