第5話・友達

 何とか買い出しを終え、林道家へと戻る道中。

 姉妹達の顔は笑顔で溢れていた。


 フレアはアイスショップのチラシを見ながら、次に買って貰う予定のフレーバーとにらめっこをしている。

 ストゥーリアは悩みに悩んで決めたハードカバーの小説を大事そうに抱えていた。


 ゼファーはというと、他の2人とは違い何も持っていない。ショッピングモールでは牛肉を見つめていたが、特定の何かが欲しい訳では無かったようだ。


 しかしその割には満足気だ。

 きっと彼女にしか分からない満足出来ることがあったのだろう。


 凄まじい量の買い物袋を気に掛けながら、龍雅もまた軽い足取りで進む。

 肉体的にも精神的にも疲労しているはずなのに、やたらと充実感に溢れていた。


(こんな気分は久し振りだな)


 最近は何時も下を見ていた。

 世界に絶望しながら、日々運命と神様を恨んでいた。

 心に溜まったヘドロを吐き出しながらも、自分の中に汚物を作り続けていた。


 しかしながら今もそれは変わらない。

 だって世界はクソなのだから。


 だが、今はちょっとだけ気分が良かった。


 林道家までもう少しといったところでポケットから家の鍵を取り出す。

 そうして道の角を曲がるや否や、家の前に立つ男女2人組の姿が目に入った。


 見知った顔。

 しかしながら、今一番会いたくなかった人間を前にして龍雅の表情は凍り付いた。


「林道!」「林道君!」


 龍雅を見付けた知人2人が声を出してこちらに近付いてくる。


「お前あれから全然学校来ないし、今までどうしてたんだよ? 受験は? どっか受かったのか?」


 龍雅の肩を掴み、次から次へと質問をぶつけてきたのは橋爪はしづめ

 高校に入ってから出来た友達で一番仲が良い。

 所謂いわゆる親友というやつだ。


「ちょっと。一度に色々言われたら混乱するでしょうが」


 彼をたしなめたのは同じく高校で知り合った玉城たまきだ。

 同じ帰宅部という共通点を切っ掛けに仲良くなった異性である。


 橋爪と玉城は龍雅にとって掛け替えのない友。

 だが今の龍雅には彼らに見せる顔が無かった。


 何故なら龍雅は一度生きることを諦めたのだ。

 彼らとの繋がりよりも、死という安易な道の方が救われると思ってしまったのだから。


「林道君、元気してる?」

「ああ、まあ」

「ていうか、凄い荷物だね。少し持とうか?」

「いや、大丈夫」


 両手の荷物に気付いた玉城が言う。

 重たいのは確かだが、セレスの力のおかげでそこまで苦痛でも無い。


「りょうが、何してるの?」


 龍雅が歩みを止めたことを不審に思ったフレアが後ろからぴょこんと顔を出してくる。続いて次女も続く。


「こいつらは何なのです、人間?」


 続けてストゥーリアが尋ねてくる。

 興味津々な長女と次女とは異なり、ゼファーだけは面倒そうな表情でストゥーリアの影に隠れていた。


「ただの友達だよ」

「友だちって何?」


 フレアが何気無く聞いてくる。


「そんなことも知らないのですかフレアは」

「えー、ストゥーは知ってるの?」

「当然です。本には何でも書いてあるのです」


 次女の解説を聞き始めたフレアを放っておいて、親友達に視線を戻す。

 当然というべきか、頭の上に疑問符を浮かべていた。


「その子達は? 特徴的な髪色してるけど外国の子?」

「あー、えっと」


 正直に話すべきか話さざるべきか。


(本当のことを話したところで信じるわけないだろうしなぁ)


「まさか隠し子とか?」


 返答に迷っていたところに今度は橋爪が割り込んできた。


「んなわけあるか!」


 瞬時に玉城が突っ込みを入れる。

 同じことを龍雅も発しようとしたが、彼女の方がワンテンポ早かった。


「冗談だよ。ムキになるなって」

「アンタが変なこと言うからでしょうが!」


 小気味良いテンポについ笑みがこぼれる。

 同時に形容しがたい懐かしさが胸の内から涌き出てきた。


「お前らは変わらないな。安心したよ」

「最後に会ったのひと月前だよ。人間そんな簡単に変わらないよ」


 玉城が平然と言い放つ。


 普通であればそうだ。

 普通なら。


「立ち話もなんだし上がっていくか?」

「もちろん上がって──」

「いや、今日は止めとくよ」


 玉城の台詞を遮るように橋爪が言う。

 龍雅の誘いを勝手に断った橋爪に対し、玉城は顔を真っ赤にして憤慨していた。


「何で──むぐぁ!」


 そんな彼女の口を無理やり塞ぐ友人。

 彼は話に花を咲かせる子供達をちらりと見た後言葉を紡いだ。


「まあ、聞きたいことはかなりあるんだが、今日は元気そうな顔を見れただけでよしとするわ。何かと忙しいんだろ?」

「良いのか?」

「ああ。そっちの事情は落ち着いたらまた聞かせてくれ」

「助かる」


 今はドラゴン達の面倒を見るので精一杯だ。

 待ち疲れてきた子供達の表情から察すると、橋爪に気をつかわれたようだ。


「ほら帰るぞ。またな、林道」

「ちょっと引っ張らないでよ! うぇー、じゃあね林道君ー。また連絡するからぁ!」

「うん、じゃあな」


 半ば強制的に連行されていく玉城を眺めていると自然と口角が上がる。

 前に進んでいる友人達の背中はやたらと眩しく見えた。


 そんな彼等から視線を外し、子供達の方へと戻す。


「待たせて悪かったな。帰るか」

「「「うん」」


 珍しく揃った返事を聞いて、龍雅達一行は家へと戻った。


しかしその道中。


「りょうが。アイスたべたい」

「さっき食ったじゃないか!」

「ふっふっふ、ちょっとずつ買い足し買い足して目指せ1万冊なのです」

「家の床が抜けるわ!」

「ねぇ、このトゲアリトゲナシトゲトゲ飼いたい」

「何だその謎の虫は!? 捨ててきなさい!」


趣味嗜好しゅみしこうまでは揃わないようで、龍雅の疲れがまた増した。

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