二日目(午後)
彼女の魅惑
『じゃあ……撫でて欲しい、かな……』
それに誰がどう思ったかは知ったこっちゃないけど、とにかく僕はそんな『お願い』をした。
何となく……魚住さんのお願いに引きずられてそんな事を頼んだのだけど、れいちゃんはそれに関しては別に何とも思わない様な表情で、
『ん。……よしよし』
と、適当に僕の頭を撫でた。
「はぁ……」
僕はベッドに埋まって息をつく。
ため息じゃないけど……ただ、何となくふわふわしてるのを抑えたくて。
一回寝て、大分震えとかが落ち着いた代わりに……今度はれいちゃんが『お願い』を叶えてくれた時の事を思い出して、何となく浮かれてしまっている自分が居た。
……そんな事考えてる場合じゃないって、分かってる。
分かってるのに……。
「はぁー……」
『よしよし』
……頭のとこの感覚が離れない。
ぽんって触って、くしゃっと撫でられた感じが、まだ残ってる。
ずっと残ってればいいのに。
このまま消えないで、ずっと……。
あぁ、何で毎日撫でて欲しいとかにしなかったんだろ。
それでも一つのお願いって事には変わりないのに。
いや、もういっそ……
「何してるの?」
「ぅわっ!!」
僕がまだ埃っぽい匂いのする枕に顔をうずめていると、いつの間に入って来たのか、そこにはれいちゃんが居た。
しかも、変な事を考えてる時にいきなり話しかけてくるもんだから……。
「な……んで、ここに?」
「何でって、あの人が保健室に居るって言ったから」
「あの人……梅井さん?」
「知らなーい」
れいちゃんは近くのイスに座ってくるくると回りながら、タイマーをずっと手に持ったまま眺めている。
タイマーを気に入ったのか分からないけど、今日もう三人は死んだのも関係無しに、今から一時間なんて言い出すのも時間の問題だろう。
「……」
でも……それにしても、どうして僕の所に来たんだろう。
保健室は他と違って埃だらけだったし、使わない予定の部屋だったから?
「しき」
そんな事を考えていたら、れいちゃんに呼ばれる。
「なに……?」
答えると、れいちゃんは僕の目の前まで来る。
「行こ」
「えっ……うん」
……迎えに来てくれたって事なのかな。
布団から出て起き上がると、ちょっとスーッとする感じがして、何かと思えば……そういえば半袖だったんだっけ。
剥き出しになった両腕には、傷跡がしっかり、これでもかと付いている。
「あっ」
そして、そんな僕をれいちゃんはじっと見ていた。
「これ、そういうのじゃなくてね……」
「……」
れいちゃんがどう思うかは分からないけど、僕が慌てて説明しようとすると、れいちゃんは扉の方に居たのからこっちまで戻ってきて、やがて小さく笑った。
「……服、どうしたの?」
「えっ……あっ、梅井さんが屋上に干してくれてて……」
「へぇ。じゃあ、持って来てあげる」
「えっ?」
れいちゃんはそう言うと、小走りに部屋を出て行ってしまった。
……?
一瞬分かんなくなったけど、服を取りに行ってくれるんだろうか。
この傷を見てのれいちゃんなりの優しさなのかなってちょっと思ったけど、それならあの含み笑いは何だったんだろうってなるから違うのかな。
……でも、僕の傷にれいちゃんが何か思ったってのは確かだ。
それなら、案外悪くないのかも。
例えそれが僕にとって都合の悪い事でも、れいちゃんの気を引けたのには変わりないんだし。
……何だかメンタルが回復してきた途端、れいちゃんの事ばっかりだ。
そもそも、数時間寝ただけでこんだけ回復出来るのも、元々狂人の才能があったからなのかもしれないし。
トラウマにはなったかもしれないけど、もう一回殺すことにならなきゃフラッシュバックもしないだろうし……。
「はい」
……そんなうちに、れいちゃんは僕の服を持って帰ってきた。
「……ありがとう」
「ん」
れいちゃんから服を受け取ると、僕は代わりに着ていた体操着を脱ぐ。
何も考えずに脱いでしまったけど……そういえば、お腹の辺りの傷が酷いんだっけ。
「しき」
どう思われるかな、それとも何とも思われないかな、とか考えていたら、れいちゃんがそんな傷剥き出しの僕に話しかけてきた。
「……なに?」
僕は服を着ようとしていた手を止めて、そんな風に答える。
れいちゃんは僕の方をまっすぐ見ながら、ゆっくりとお腹の傷に触れた。
「やったね」
「……えっ?」
「ちゃんと一人殺せたね」
それだけ言って、れいちゃんは傷から手を離し、前かがみになっていた体を元に戻した。
「この調子で、頑張って」
れいちゃんはそのまま、笑顔でそう言ってから、踵をかえして部屋を出て行ってしまった。
「……」
僕はしばらく固まってしまったが、れいちゃんが見えなくなると慌てて、
「……ま、待って!」
と、急いで服を着てから追いかけた。
れいちゃんはもう喋ろうとせず、そのまま元の教室に戻ってしまった。
「れ……」
「おぉ!……良かった、鈴村くん」
「……梅井さん」
部屋に戻ると早速梅井さんが声をかけて来たので、僕は結局さっきの言葉の意図を聞く事は出来なかった。
……いや、意図なんて無いのか。
ただ単に、部下の功績を喜ぶ上司みたいに……よくやったってだけか。
でも、僕にとってれいちゃんは上司じゃないから、その言葉はどんなことに対してでもある程度の重みは持つ訳で。
しかも、それは見方を変えれば間違ったことをしてしまった僕を、れいちゃんが受け入れてくれたって事で……。
……いや、そんな事考えたら……。
「あっ!」
僕が考え込んでいたら、梅井さんがそう言って思い出したように手を打った。
「喉渇かない?ちょっと水飲みに行こうよ」
「……まぁ、いいですけど」
さっきから部屋を出たばっかりだけど、断る理由も無かったので僕は梅井さんに着いて行く事にした。
それに、わざとらしくそう言うって事は、何か他に目的があるって事だろうし。
「ぷはー!うまい!……鈴村くんも飲まないの?」
「……別に」
そして、水道に着くなり、梅井さんは大袈裟に水を飲んでみせた。
僕は別に喉も乾いて無かったから遠慮すると、梅井さんは僕に向き合った。
「……ねぇ鈴村くん、お腹空かない?」
「え?空きませんけど……」
「そうか。……もう、十四時なんだよね」
「?……はぁ……」
……いきなり何を言い出すんだ、この人は。
昼食くらい我慢出来ないんだろうか。
と、そんな事を思っていたら、梅井さんは口を開く。
「十時に集められてから、一日以上は経ったけど……その間に僕らは一食しか食べてない。鈴村くんは痩せ型とはいえ食べ盛りだろう、それで平気なのか?」
「あぁ……」
そういう事か。
そういえば確かに、一食しか食べてない。
そんな状況で極限状態なら、当然不満だろう。
……まぁ、普通の人なら。
「僕、一日一食なんですよ」
「……それは何で?」
「そんなの知らないですよ。……ただ、昔からそうなんです」
「へぇ。……あの傷と関係あるの?」
しょうがないので話すと、やっぱり梅井さんの興味を引いてしまったそうで、直ぐに深掘りしてくる。
「……答えるのは良いですけど、その代わり僕の質問にも答えてください」
僕だってよく分からないけど、今更自分の情報を切り売りする事なんて、どうだっていい。
……要はそれが、自分に役立てば良いんだ。
「えっ……いいけど、質問って?」
梅井さんは不思議そうに聞いてくる。
『よしよし』
僕の頭には……未だ消えないあの時の感覚が、ずっと繰り返されていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます