〚トウワ ヒロアキ〛
『社会的に死ぬのなんて、実際死ぬのと変わらないんだ』
僕は真面目な人間だった。
真面目に生きてきて、真面目にいいとこに就職して、真面目に通勤する。
でも……心のどこかで、真面目に死んでいくのは御免だと思う心があった。
そう、少年漫画みたいに……たくさんの仲間達に囲まれて、幸せに死にたい。
もちろん、それには素敵なヒロインも欠かせない。
……でも、僕にはヒロインなんて出来なかった。
何でかって?
それは、この世を作った神様とやらが残酷な奴だから。
「……」
顔を一緒にしろとは言わない。
けど、ヒロイン達が違う顔でも皆可愛い様に、特徴はあっても優劣なんて付けなければ良い話だ。
……この世に不細工なんてものが生まれたのは、それを分かっていて顔に優劣なんかつけた神様のせいだ。
整形しなけりゃ顔は変わらないし、整形したって不細工がマシになればいい方だ。
僕は男だし、整形なんてする気力も金も無い。
そんな不確実な事するなら、趣味に回した方がまだ確実だ。
「っ……」
……神様は不平等だ。
だから僕は、不幸な少女にその不平等を分ける事にした。
……しょうがないよな?
これは僕が悪いんじゃなくて、僕を不幸にした、神様がいけないんだから。
****
その少女は、結構な頻度でこの電車に乗る。
通勤時間と退勤時間に、たまーに鉢合わせる程度だった。
最初は可愛い子だと見てただけで、何度か見かけるうちに同じ子だと気づく様になった。
「あっ……」
朝のラッシュ時、あの子を見かけた時。
最初は興味で近づいただけだった。
それが、幸か不幸か後から乗ってくる人に押されて、僕の手が彼女に当たった。
ごめんなさい!
そう言って離れるつもりだった。
……でも、窓に写った彼女の表情が見えてしまった。
それは、触られたのを分かっていて、ぎゅっと目を瞑って過ぎ去るのを待つ様な……表情。
……睨まれたり、泣きそうだったらすぐ離れるつもりだった。
でも、その表情には覚えがあった。
そう。
まるで……上司に怒られている時の僕。
逃げもせず、グッと堪えて過ぎるのを待つんだ。
それなら、もしかして……。
「っ……!」
興味本位で、もう一度手を伸ばしてしまった。
彼女は追い詰められた小動物の様に小さくなる。
……こんなの初めてだ。
人を怖がってばかりな僕が、誰かより強くなった様な気がするなんて。
辞めてすら言えない彼女。
……そうだ。
彼女を僕のヒロインにしよう。
付き合えなくたって良い。
ただ、知らない男に不幸な目に合わされる悲劇のヒロインになって貰えば良いんだ。
僕と違って顔が良いんだから、それくらい我慢してもらわないと。
社会はそうやって回るんだから。
「っ……」
彼女を見つけるのは容易じゃない。
時間は同じだけど、僕対策なのか乗る車両はバラバラ。
勿論毎日会える訳じゃないから、一週間に一回会えたら良い方で、その中で密着していても違和感が無いくらい混んでいるのだって三回に一回あるかないかだ。
だから僕と会った日は、ちょっとアンラッキーだったなって思えば良いんだ。
減るもんじゃないんだしさ。
……そんな日々は何年か続いて、いつしか当たり前になった。
****
「痴漢」
いつもの様に電車を待っていた時だった。
女の子の声で、確かにそう言葉が聞こえて、びっくりして振り返る。
今はただ電車を待ってただけで……何もやってないのに。
「こんにちは」
「!」
でも、そう挨拶した彼女は……あの不幸な少女だった。
何で?
それしか出てこなかった。
だってこの少女は違う駅で、僕の事も……どうして……。
……何も考えられない。
ただ、かなりマズいって事だけは分かる。
「こっち。来て」
そして……彼女に着いていかないと、社会的に終わる事も。
「っ……」
クソッ、クソッ……クソッ!!!
爪を噛みながら着いて行ってもどうにも出来ない。
今まで真面目に生きてきた僕に、さらに神様は試練を与えるのか?
冗談じゃない。
今更社会的に終わったら……真面目な僕はどう生きればいい?
……どうにかしないと。
少女は人気の無い路地で立ち止まると、こっちに振り返って口を開いた。
「
「……は?!」
「英検二級、漢検準一級持ち。中学生の頃、一度市区の俳句コンテストで入賞有り。……現高校生女子への痴漢多数」
「……!!」
調べあげられている。
それも……徹底的に。
いつから!?
いつから動いてた!?
……最初から罠だったのか?
まさか……あの表情も計算?!
僕を嵌めるつもりだったのか?!
「証拠多数」
そんな事を考えていたら、少女はそう言いながら紙を沢山ばらまいた。
「……?……うわああっ!!」
よく見ると、全部僕が彼女を触っている写真だった。
僕は慌てて地面を這ってかき集める。
全部集めて見上げると……少女は薄ら笑みを浮かべながら、僕をコケにする様に見下してきていた。
……黙らせないと。
どこにも言えないように、僕が……。
「魚住ー」
「はぁい。バッチリ撮れてまーす」
「!!」
分からせてやろうと少女の胸ぐらを掴むと、いつの間にか後ろからビデオカメラを構えた青年がやって来ていた。
「っ……!!」
もうダメだ。
何される?
金か?
……いや、金の方がマシだ。
そうだ、子供なんだし、金さえ払えば……。
「三万!三万やる!……これで許してくれないか……?」
「……もっと」
「は?」
「……何か?」
調子に乗りやがって……。
……いや、でも良い。
この場さえ我慢すれば……下手に刺激したら、子供なんて何をしでかすか分からないんだから。
屈辱だった。
でも……背に腹はかえられない。
クソ……顔の良い奴が性格が悪い事くらい、嫌という程知ってたハズなのに。
「い、いや……今はそんなに手持ち無くて……」
……嘘だ。
運が悪い事に……今日は金を下ろしたばっかりで、金がたんまり……二十万位入ってる。
でも、これは使う金だ。
ガキにくれてやるための金じゃない。
僕の為の金だ。
「サチ様ー、こいつ二十万持ってまーす」
「は?!」
気づいた時には……いつの間にか、ビデオカメラを持った青年が僕の財布を盗み取っていた。
「嘘はいけないね。……悪い事は許してあげない」
「なっ……それは……っ!!」
「はい。じゃーねー」
「待っ……!!」
最後まで撮られていたから、下手な動きは出来なかった。
「あっ、金……!!」
急いで財布を開くと、お札一枚残さず無くなっていた。
「っ……クソッ……!!」
『8月29日、10時に山頂の廃校で、面白い事が起きるよ。サチ』
その後……いつ住所が割れたのか、そんな馬鹿げたメッセージカードだけが届いた。
****
行かない訳にもいかなくて、辿り着いたそこには……たくさんの人が居た。
「ゲームしよう!」
その中に颯爽と現れたのは……あいつだ。
あの少女……サチだ。
「サチ様!」
そして……あのビデオカメラの青年も居た。
ゲームって……僕の写真をばら撒くって事か?
冗談じゃない、早く辞めさせないと……。
「デスゲームなんだから」
……そんな事を思っていたら、思いがけない一言が聞こえた。
デスゲーム?って……あの、漫画とかの?
ふざけるのもいい加減に……。
「一人殺すと、一つお願いを叶えまーす」
……あっ。
そういう事か。
誰か殺して秘密を守れって?
……いやいや。
いやいやいや。
そんな冗談みたいな事……って、思ってた。
そしたらいつの間にか四人死んで、日を跨いでいた。
……え?
いやいや。
いやいやいやいや……。
……あ、そうか。
デスゲームをやらされてたんですって言えば……一人殺したって、それ程罪にならないんじゃない?
「……」
今隣の部屋には……弱った女が一人だ。
できる。
「……あっ、こんにちは……っ?!」
「暴れたら……痛いからな……?」
「……っ!!っ!!!」
呑気に挨拶して油断している女の口元を抑え、ゆっくりとナイフを突き立てる。
いや、無理……。
……ダメだ。
やらなくちゃ。
やらなくちゃ、僕は死ぬんだ。
「っ!」
ガタガタッ…
その時、抑えた女が手を伸ばして、近くに積まれていた机を崩した。
やばい!音を立てやがった!!
足音が聞こえる。
「わっ……ち、近寄るな!近寄ったら……そいつを殺す!」
もうダメだ……いや、ダメじゃない。
……やるしか、ないんだ。
「俺は一つだけ願いを叶えたいだけだ!……だから……邪魔しなければ他の奴を殺したりはしない!!」
僕はただ、死にたくないだけなんだ……。
「栄村さん!」
その時、誰かを呼ぶ声に気を取られた瞬間だった。
「……えっ?」
もう声は出なかった。
……えっ?
僕が……刺された?
……いや、まさかね。
平凡ですらない死に際なんて、真面目な僕に起きるハズが無いんだから……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます