彼女の為
「大丈夫ですか?!」
「えっ……う、ん……」
「良かった……栄村さんが無事で……」
「……。うん……」
柿本さんは放心し続ける栄村さんに駆け寄り、彼女の無事を確認した。
……血だらけの服で。
そう……柿本さんは、この男……栄村さんを殺そうとしていた男を、一瞬にして殺してしまった。
怖いのは……その男でさえ躊躇っていた『殺す』という事を、いくら仲良くなった人の為とはいえ、瞬時にやってのけた事。
やっぱりこの人もおかしいんだって、今のでよく分かった……けど。
「……何か不審だな」
そう。
梅井さんの言う通り……何か引っかかる。
「彼女は一人になりたいと部屋を出たと言った……が、この部屋には東和さんが居た」
「東和さん?……この男の人ですか?」
「ん?……あぁ。でも彼女……柿本さんは、それを匂わせる様な事は言わなかった」
「確かに……栄村さんのことを思うなら、この状況は危ないって思う気がするけど……」
でも……柿本さんがわざと見逃したとして、どうしてそんな事するんだろう。
「ただ……この男が部屋を出た時何も言わなければ、トイレなんかに行ったんだろうって見逃す事も十分できるからなぁ……」
結局、梅井さんの一言で柿本さんへの不審感は後ちょっとの所で核心までは至らず、消化不良のままになってしまった。
「……死んだ?」
そんな感じにしていると、後ろからそう言ってれいちゃんが顔を出した。
「あっ……うん」
「へぇ」
れいちゃんは僕の言葉に軽く反応し、僕と梅井さんの間から身を乗り出して、あっという間に栄村さんと柿本さんの二人で居る所の前まで歩いていった。
「殺したのは誰?」
「……私です」
「ん。じゃあ、『お願い』は?」
「……」
れいちゃんが聞くと、柿本さんは正直に答えてから立ち上がった。
「……向こうの部屋でにしませんか?彼女、ちょっと落ち着かせてあげたくて」
「いいよ」
……やっぱり何か引っかかる。
栄村さんに気を使うのは良いけど、……今配慮しようとするのはどうしてだ?
だって、ただ『お願い』を言うってだけなのに……。
……。
……そういえば、柿本さんのお願いって何だろう。
ゲームを終わりにして……とか?
いや、それだったらますます栄村さんの隣で言ってあげて、安心させてあげた方がよっぽど……。
「……梅井さん」
「何?」
「僕達も……僕達も行きましょう」
嫌な予感がする。
「ん?おうよ!」
僕が梅井さんを連れて、れいちゃん達の居る隣の空き教室にすぐさま向かうと、ちょうどれいちゃんと柿本さんが向かい合ってる所だった。
「……で、『お願い』は?」
れいちゃんは溜められるのが嫌なのか、さっさと言ってと言う様にもう一度聞く。
柿本さんは僕の嫌な予感を形にする様に、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「潮汐さん。私に……殺されてください」
****
「しきくん!」
淡い記憶。
名前を呼ばれた感じがして振り返ると、女の子が居た。
「わぁ、今日も来てくれたの?」
「うん!」
その女の子は明るい間だけ僕の前に現れて、暗くなるまでずっと遊んでくれる。
僕はその女の子と遊ぶのが楽しかったし好きだった。
「ねぇ、明日も遊んでくれる?」
「……いいよ」
「ほんと?嬉しいな」
約束をしたら、その女の子はまた遊びに来てくれた。
「ねぇ、今日はなにする?」
その日も、そんな日々の一日だった。
「うーん……泥団子は壊されちゃったから、今日は壊れない事にしよう」
「壊れない事?」
「うん。……かくれんぼとか、鬼ごっことか?」
「あっ、じゃあかくれ鬼は?」
「いいね。じゃあ、じゃんけん」
僕が手を出すと、女の子も手を出す。
「いくよー、じゃんけんぽん!」
僕がパーで、女の子がチョキだった。
「ごめ……あっ、勝った方が鬼?逃げる人?」
「うーん……決めてなかったから、好きな方でいいよ」
僕が言うと、女の子は少し考えてから笑顔になって言った。
「逃げるの得意だから、逃げる方にする!」
という事は……僕が鬼だ。
公園からは出ないってルールで30秒数えて出てみると、もうその女の子は居なかった。
「██ちゃーん」
僕は名前を呼んでみる。
遊具の中を調べたり、花壇の後ろを調べたり、草むらの中を調べたり……。
どれだけ探しても、その女の子は居なかった。
「もう降参だよー、██ちゃん。降参だから出てきてよー」
すっかり暗くなってしまって、仕方が無いので僕は降参する事にした。
でも……何度呼びかけてもその子は見つからない。
帰っちゃったのかなって思いながらも、でもどこかで寝ちゃってるだけで、置いて帰ったら可哀想だと思って、一生懸命探した。
「どこ行っちゃったの……?」
一時間くらい探した。
けど……いつまで経っても見つからない。
外はいつの間にか真っ暗になっていた。
「うぅ……真っ暗怖いよぉ……」
こんな遅くまで外に居たことなんて無かったから、僕は心細さも相まって泣いてしまった。
「お母さん……お母さん……」
しゃがみこんで誰かが来てくれるのを待っていると、ふと長い影が僕を覆った。
「お母さん……?」
迎えに来てくれたのかなとその影の方を見ると、そこには見慣れた女の子が居た。
「あっ……!公園の外には出ないって言ったのに……」
「……泣いてるの?」
その女の子は、僕の方を見るなりそう聞いてきた。
「だって、██ちゃんが置いてくから……」
「……██ちゃん?」
僕が言うと、その女の子は首を傾げる。
「……██ちゃんじゃないよ」
その女の子の言う事は……確かに信じられる気がした。
「じゃあ……君は誰なの?」
僕が聞くと、女の子は答えた。
「██だよ」
女の子は、僕に手を伸ばす。
僕がその手を掴むと、女の子は「よいしょ」っと僕を引っ張り上げる。
「昼の間は██ちゃんが外に出れて、██は夜の間に遊べるんだ」
「……そうなの?」
「うん。一緒には出られないの」
不思議だなーと思っていると、女の子は繋いだままの手を引いて走り出す。
「わっ……公園出ちゃうの?」
「うん。楽しい所に連れてってあげる」
「……夜なのに良いの?」
僕が聞くと、その女の子は立ち止まって笑った。
「夜だから良いんだよ」
女の子はきらきらとしてて、とっても魅惑的だ。
「おいで。……██が連れてってあげる」
****
何が起こったか、自分でもよく分からない。
ただ……れいちゃんが死ぬのだけは嫌だった。
そして、この人なら……躊躇無く、一瞬の隙にれいちゃんの事を殺してしまうだろうって事も、何となく分かっていた。
「……」
辺りは驚く程しんとしている。
……?
いや、しんとはしていないか。
僕の事を見ながら、柿本さんがパクパクと口を動かしてるのが見える。
でも……声が出ないので何を言おうとしてるのかが分からない。
そのまま柿本さんは後ろに倒れた。
多分、「ドサッ」と。
さっきから耳鳴りがして、どうも音が上手く聞こえないんだ。
困ったなぁ……。
服も水浴びした後みたいにびしょびしょだし、目の中に何か入ったのかさっきからずっと目が痛いし、視界もぼやけてる。
心臓もうざったいほどうるさいし、何か喋ろうとしても喉に何か詰まってて声が出ない。
「しき」
……でも、そんな中でもれいちゃんの言葉だけは、はっきりと耳に届く。
「……『お願い』は?」
そう告げるれいちゃんの声に、無意識に考えまいとしていた現実を突きつけられる。
そう、僕は……人を殺したんだ。
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