〚カキモト ヒバリ〛
『可哀想なあなたを見る度、それは確かに形作られていった』
私は、夢だった小学校の先生になった。
子供達の為に頑張って、時にその子達の優しさに助けられながら、辛い事も乗り切ってきた。
でも……うちのクラスに、どうもいじめを受けている子が居るらしい。
子供達のヒソヒソ声や態度で、それはすぐに分かった。
その子の名前は潮汐れいちゃん。
……私のクラスで可哀想な子なんて、絶対に出させない。
「あの……私、ほんとに大丈夫なんです……」
「でも……仲間外れにされたりしたんでしょう?先生はれいちゃんの味方だから……」
それなのに、潮汐さんは頑なにいじめを認めようとしない。
どうして?
……私が頼りないせい?
しっかりしなくちゃ。
潮汐さんに信頼されて、話しても良いって思われる先生になれるように……!
「れいちゃん、先生と遊ぼう?」
「れいちゃん、宿題はどうかな?」
「れいちゃん、昨日は何したの?」
話しているうちに、れいちゃんは段々心を許してくれて、懐いてくれるようになった。
「かきもと先生!」
「なぁに、れいちゃん」
「あの……かきもと先生の絵、描いて……」
「ほんと?!先生に見せてくれるの?」
「う、うん……」
仲良くなっていくうちに、私の方が惹かれてしまうくらい……健気で良い子だった。
だから尚更許せなかった。
こんな子を……いじめるだなんて。
「それで、その男の子と砂場で……」
「れいちゃん」
「……?なんですか……?」
私が真剣に、正面から向き合って彼女の名前を呼ぶと、彼女もまたちゃんと見てくれる。
……大丈夫。
きっと、私の事を信じてくれてる。
「先生は……私は、れいちゃんを助けたいの。先生全力で何とかするから……だから、教えて欲しいの」
「……はい」
「……辛い事かもしれないけど、正直に言って。いじめられてるんだ……って」
れいちゃんは黙り込む。
しばらく悩んでいた後、思い切った様にれいちゃんは顔を上げた。
「私……先生が仲良くしてくれて、とっても嬉しいです」
「……!うんうん……!」
「でも……ほんとに違うんです。みんなは悪くないので、この話は……」
「れいちゃん!!」
私は思わず、出したことが無い位の大声を出してしまった。
「っ!ご、ごめんなさい……」
「いえっ……良いんです……」
咄嗟に謝ると、れいちゃんは私の大声にびっくりした様にぎこちなく固まったまま、無理に笑って見せた。
「……」
私はなんて酷いことをしてしまったんだろう。
よりによって生徒を、いじめられてる子を……れいちゃんを、怒鳴りつけてしまうなんて。
私は自分を責めた。
責めて、責めて、何度も思い出した。
あの……れいちゃんの、怯えた目。
私を怖がる、れいちゃんの目。
でも……そんな中で「大丈夫」と笑う、そんな彼女を……。
「おい、殺人鬼」
「ち、違……」
「嘘つき!」
次の日、ゴミ捨て場に向かっていたら……そんな声が聞こえた。
そこでは、確かにれいちゃんがいじめられていた。
……ねぇ、それをいじめと言わなくて、なんて言うの?
どうしていじめられてないって言うの?
どうして……あんなに可哀想で居るの?
……気づけば、私はその場から走り去っていた。
可哀想なれいちゃん。
いや……潮汐さん。
あなたは、そうやって可哀想にしか生きられないのね。
「先生……」
「なぁに?……潮汐さん」
「っ……な、何でもないです……」
……それなら、私がもっと可哀想にして、あなたを生かしてあげる。
潮汐さんはおどおどして、頼りなくて、弱々しくて……とっても可哀想。
一人で裏庭で泣いてる潮汐さん。
いつも体育のペアが作れない潮汐さん。
みんなにくすくす笑われて、居心地が悪くて教室から逃げ出しちゃう潮汐さん。
「潮汐さん、まだ給食残ってますよー」
「あっ、もうお腹いっぱいで……」
「……ダメでしょ?残しちゃ」
……可哀想な潮汐さん。
もっともっと、ずっと可哀想で居てね。
潮汐さん。
****
学年が上がって担任でなくなると、潮汐さんと遭遇する機会は大きく減った。
そして、すれ違いざまに会う程度で可哀想な彼女を目撃するなんてそうそう出来なくて、いつの間にか潮汐さんは卒業してしまった。
潮汐さんが居なくなった日々は……意外にもあっさりと過ごせた。
ただ……あっさりとし過ぎていて、何となく上の空になってしまう。
『黄色い線の内側まで……』
……もうつまんないし、死んじゃおっかな。
だってもう、私の世界に潮汐さんは……。
……そんな事を考えていた時だった。
「!」
潮汐さん。
潮汐さんが乗ってる。
乗る電車じゃなかったけど、私は慌てて電車に飛び乗った。
結論……潮汐さんは、可哀想なままだった。
あぁ、やっぱり彼女はこうしか生きられないんだ。
それってとっても可哀想。
せっかく私から逃げられたのに、おじさんに痴漢されて泣きそうになって。
あぁ……可哀想。
やっぱりあなたって、とっても素敵。
「潮汐さん」
「!……あっ、かきもと先生……?」
潮汐さんが電車から降りた時を見計らって、偶然駅で会った様に話しかけた。
「どうしたの?そんな顔して……」
「っ……あ、あの、さっき……」
「あー!分かった。……電車酔っちゃったんでしょ?」
「……はい」
私が分かった様に言うと、案の定潮汐さんはそう誤魔化した。
「……可哀想に。ちょっと休みましょう?」
可哀想な潮汐さん。
あなたはきっと、私の事を悪い人じゃないって思ってる。
タイミングが悪いだけだって、環境が悪いだけだったんだ……って。
……だからいじめられてるって、周りの人が悪い人だって、認めたくなかったんでしょう?
今なら、あなたの言ってた事、分かってあげられるよ。
でも……残念だったね。
先生は、可哀想な貴方が見たいの。
「っ……」
そんな風に、毎日は過ぎていく。
……制服が変わったから、もう高校生になったんだろう。
高校生になっても相変わらず痴漢に襲われて……可哀想な子。
私はそれを見るだけで、生きていけた。
あなたが可哀想でなくちゃ生きていけないように、私も可哀想なあなたを見ないと生きていけないみたいなの。
「……」
あなたがそうしたんだから、だから……何で?
どうして急に痴漢が止んだの?
もう一ヶ月も可哀想な事が起きない。
それじゃあ、私はこれからどうやって……。
「あれ、先生?」
「!」
考え込んでいたら、向こうの方に立っていた潮汐さんが……いつの間にか私の目の前に居た。
「!う、潮汐さ……」
「ちょうど良かった。先生に渡すものあったんだ」
「……渡すもの?」
「うん。これ」
潮汐さんはメッセージカードの様なものを一枚渡した後、「じゃ、」と降りていった。
呆気に取られて、つい乗り過ごしてしまった。
……そのカードには、書き込みがあった。
『8月29日、10時に山頂の廃校で待ってます。潮汐』
****
時間より早く廃校に行くと、知らない人が何人か居た。
……何で私をこんな所に?
訳が分からないうちに人はどんどん増えていき、やがて、
「ゲームしよう!」
……潮汐さんが現れた。
潮汐さんはデスゲームをすると言う。
そして、実際に人が死んだ。
……は?
男を滅多刺しにする潮汐さん。
……違う。
潮汐さんはこんな人じゃない。
強くない!弱いの、潮汐さんは!
潮汐さんは誰よりも弱くて、自分の身も守れずに可哀想に泣いてる子なの!!
なのに……なんで?
なんでそんなに上に立ってるの?
あなたは底辺に踏みつけにされて、誰にも頭が上がらなくて、それで……。
「私、怖くて……柿本さんが居なかったらどうしようかと思ったよ」
さっき知り合った栄村さんの声で我に返る。
怖い……あぁ、デスゲーム中なんだっけ。
そんな事どうでも……
……いや、待って。
私、そういえば……考えた事無かった。
他の人でも、可哀想なら良いんじゃないかって。
だって……潮汐さんはこうなってしまったから。
もし他の人でダメなら……終わりにしてしまおう。
可哀想じゃない潮汐さんなんて、そんなのダメだから。
「具合悪いなら……向こうの教室で休んでも良いみたいですよ。私、邪魔しませんから」
「うん……じゃあちょっと、休んでこようかな……」
いい案があった。
幸か不幸か、ここにはあの痴漢男が居た。
あんなにおどおどしながら居るってことは、やっぱりバレて弱味でも握られてるんだろう。
案の定、弱った女の人が隣の部屋に行けば、しばらく目で追ってから追いかけるように部屋を出て行った。
多分あの男は、栄村さんを殺す。
それを見て、彼女の『可哀想』に私が何も思わなければ……。
「あれ、栄村さんは?」
そんな事を考えていたら、栄村さんの知り合いが戻って来た。
「鈴村くーん?」
「えっ……何ですか」
鈴村くん……潮汐さんの彼氏、だっけ?
……彼氏。
やっぱり、なんで潮汐さんに……。
「とりあえず、僕らも栄村さんの所に行こうか」
すると、栄村さんの知り合いがそう言って、私は慌てて止めに入る。
まだダメだ。
だって……彼女はまだ殺されてない。
少し疑われたけど、一人にして欲しいと言っていたと伝え、何とかこの場は凌げた。
それに……疑われても、私は実際何もしてないからボロだって出ない。
だから……
「だいすき」
……早く不幸になって。
これじゃダメ。
全然可哀想じゃない!
……つい取り乱しそうになっていた時、何かの崩れる音が聞こえた。
……もう、賭けるしかない。
お願い栄村さん。
私の望む可哀想があなたにもあれば、私は生きていける……。
「わっ……ち、近寄るな!近寄ったら……そいつを殺す!」
隣の教室では……栄村さんが男に口元を抑えられ、ナイフを振り上げられていた。
……ダメだった。
確かに今の栄村さんは可哀想なのに、やっぱり私は潮汐さんじゃなきゃダメなんだ……。
そう悟った時には、栄村さんを助ける為と見せかけてその男を殺していた。
そう。
この殺人は……私の為。
「殺したのは誰?」
「……私です」
「ん。じゃあ、『お願い』は?」
「……」
そして、れいちゃん……
「潮汐さん。私に……殺されてください」
……あなたは、私の為に死んで。
あなたの一番可哀想な姿、それだけを糧に私は生きていくから。
だから……私にちょうだい。
……あなたの死に際を!
信じていた教師に裏切られて、惨めに死ぬあなたの……!
「死ね」
……えっ?
そう思った時には、私はさっき私が殺した男の様に、ぐらりと後ろに倒れかけていた。
しかも……れいちゃんの彼氏?
何で……。
これじゃ、私の方が可哀想になっちゃうじゃない……。
……そんな言葉すら発せない。
彼氏に守ってもらうなんてそんな幸せな事、れいちゃんの身にあるなんて、そんなの……。
……最後に見えたれいちゃんの顔は、私の望んだ可哀想な顔じゃなくて……楽しそうな、勝ち組の顔だった。
それで悟った。
あぁ、『サチ』ってそういう事なの?
でも、そんなの……そんな最後って……。
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