彼女の笑顔
「……」
水の音が聞こえる。
……あぁ、そっか。
梅井さんが僕の服を洗ってくれてるんだっけ。
いけない、記憶が変になりそうだ。
ただでさえ昔の記憶が曖昧なのに、今さっきの事まで改変し出したら……。
……ん?
そういえば、あれは何だったんだろう。
走馬灯みたいな……現実から目を逸らそうとした時、確かに見えたもの。
あれはもしかして……記憶?
僕の記憶?
忘れてた記憶が、あの衝撃で出てきたんだとすれば……とんだショック療法だ。
「鈴村くん」
「!」
話しかけられて、意図せず過剰な反応をしてしまう。
話しかけた梅井さんはそれにちょっと驚きつつも、静かに言った。
「下はそんなに汚れてないから良いけど、乾くまでこれは着れないし……ちょっと保健室に替えの服みたいなの無いか見てくるよ」
「……僕も行きますよ」
「えっ、でも……大丈夫なの?」
「今更ですから」
とは言っても、やっぱりダメージは大きいのか、立ち上がった途端にふらついてしまう。
やっぱり、ダメかぁ……。
もしかして、人が死んだりグロくなるのは平気だったから……殺人も行けるんじゃないのかなって、ちょっと思ったけど。
ダメだったなぁ……今までが異常だっただけだったんだ……。
でもある意味、これで僕がある程度は正常な人間って証明出来るのも、皮肉なもんだよなぁ……。
「よっ……と」
保健室まで歩いて、梅井さんが扉を開けると……そこは埃まみれで、時が止まってるように静かだった。
ベッドも埃を被ってはいるものの、ちょっと乱れたままって位の感じだし。
「……」
梅井さんが棚を探索している間、僕はそのベッドに近づいて、分厚い埃の層を手で適当に払ってみたりしていた。
「あっ、鈴村くん。こんなのならあったけど……」
すっかり埃をよけたベッドに座っていると、梅井さんはそう言って一つ見せてきた。
最初は何か分からなかったけど……見ると、それは体操着の様だった。
「半袖なんだけど……無いよりはマシかなーって、どうかな?」
「じゃあ……それにします」
僕が梅井さんからその体操着を受け取って着てみると……ちょっと埃臭かったけど、オーバーサイズのTシャツみたいな感じで着れた。
半袖のTシャツなんて着ないから新鮮だったけど、結構涼しかったし悪くなかった。
「服、どうしようか。ここら辺に干しとく?」
「うーん……埃つきそうなので、屋上にでも干しておけば良いんじゃないですか?」
「ん、分かった。……この後はどうする?」
どうしようか。
れいちゃんも気になるけど……。
「……ちょっと眠いので寝ていいですか?あんまり寝れてなくて」
「おお!ちょうどベッドあるしなぁ。……ん!じゃあ僕は干してくるから」
「お願いします……じゃあ」
「ほいほい!じゃー後で」
とりあえず……あの時何時に鐘が鳴ったか分からないけど、変な時間に起きちゃって、『サチ』とも会ったし……あんまり寝れてなかったから、眠かった。
……そういえば、あの時の『サチ』って、本当に何なんだろうな。
二重人格ってのもよく分からないし……あの走馬灯みたいなのと、上手くやれば繋がる気がするんだけど……今は思ったよりダメージが大きくて、頭が働かない。
さすがに寝不足だからって事も無いだろうけど、寝てちょっとでも回復するのを待つしかない……よなぁ。
「……」
知らないベッドであんまり寝付きは良く無かったけど、僕は祈る様に目を閉じた。
****
「しき……『お願い』は?」
れいちゃんの一言で、僕はやっと自分が柿本さんを殺してしまったのを思い知った。
そして……怖かった。
普通に怖かったのが、もっと怖かった。
まだ、殺しても平気で居るなら良かったのに、こんなに怖いなんて……もう僕が分からない。
人殺しはこんなに怖かったのに、どうして目の前で人が死んだりぐちゃぐちゃになるのは平気なんだ?
考えてみると、柿本さんを『殺した』事には動揺したものの、柿本さんが『死んだ』こと単体に関しては、それ程執着が無い気がする。
……だって、そもそも柿本さんを殺したのは、れいちゃんが柿本さんに殺されそうだったからだ。
僕にとって会ったばかりの柿本さんの命より彼女のれいちゃんの命の方が重いのは当然で、だから守ったまでだ。
でも……だからといって、『普通』なら、人の為に人を殺せるのは相当なものだろう。
けどこれで、僕は僕が『普通』なのか『異常』なのかますます分からなくなってしまったから……どうしようも考えられない。
ただ分かるのは、僕が人を殺したって事実と、それに深いダメージを受けたって事だ。
こうやって冷静に分析出来てる時点でたかが知れてるのかもしれないけど……それでも、声が出なくなって、酷い耳鳴りがする位にはショックを受けていたし、頭はぐちゃぐちゃだ。
「……鈴村、くん」
でも、こんな状況でも話し掛けて来る人は話し掛けて来る。
中でも梅井さんは……この人も元々何本か頭のネジが外れてるから、遠慮しつつも自分の知りたい事はちゃっかり聞いてくる様な人だ。
「……どうだった?」
……ほら。
絶対目の前で人殺しした人に聞く言葉じゃない。
やっぱり狂っている。
でも、こんな状況じゃ……かえって気が紛れて都合が良かった。
「結構……力入れたんですよ。でも、やっぱり思ったよりも硬かった……」
平然と言うつもりだったのに、騙せない位声が震える。
「ん、もういいよ。……彼女を守る為なんだろ?守れて良かったじゃないか」
「……」
……そっか。
確かに、良かった事なのかも。
僕がこんな思いをするだけで、れいちゃんが死ななくて済むのなら……うん。
びっくりするほど安い。
だってここでは、れいちゃんのなでなでが、人一人分の重さがあるんだから。
それを受けようとするかは自由だけれど、受けたいなら代償は重い。
その代わり、大きなものでも何でも叶う。
他の人がれいちゃんに彼氏になりたいなんて言ってみれば、れいちゃんはきっとその人を彼氏にするだろうし。
……そしたら嫌だな。
僕は……彼氏の座を奪われない為なら、人殺しできるのかな。
いや、よそう。
そんな事考えてたら、余計に戻れなくなりそうだ。
今はこの心の傷をどうにかしないと、僕が曲がって変になっちゃうから……。
「ねぇ!」
「わぁっ……!……な、なに……?」
そんな感じに長考していたら、後ろからそんな風に大声を出されてびっくり後ずさりしてしまう。
れいちゃんはというと、驚かせようとしていたのかはさておき、不満そうな顔で口を開いた。
「……『お願い』は?」
……あっ。
そうか。
僕はれいちゃんを守る為とはいえ、参加者である柿本さんを殺したから……当然、『お願い』を一つしても良いんだ。
……どうする?
何でも……多分、れいちゃんが出来ることなら何でも叶う。
やっぱりゲームを終了させる事?
でも、それはちょっと勿体ないって思っちゃうな……。
じゃあ何だ?
もう彼氏の座は僕が既に座ってるし、……えっちなこと?
それとも、一生別れないでとかのれいちゃんを束縛するお願い?
……いや、でも……。
僕はゆっくり口を開いてヘラヘラとしながら、思いついたその『お願い』を口にした。
「じゃあ……撫でて欲しい、かな……」
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