彼女と殺意

「あれ、栄村さんは?」

「あっ……彼女なら、隣の教室に……」


教室に戻ると、栄村さんは居なかった。


それに即座に気づいた梅井さんが……柿本さんに聞くと、柿本さんは壁の方を指しながら答えた。


さっき梅井さんが聞いたので、他の教室に行って良いという事だったからだろうか。


「それよりも……また一時間で一人殺すみたいですよ」

「またか……今日で終わらせる気かー?」


もはや自暴自棄とも思えるようなれいちゃんの暴走っぷりに梅井さんが頭を悩ませるのを横目に、れいちゃんの方を確認してみると、れいちゃんはまたタイマーを片手に机の所で遊んでいた。


机の上をひょいひょいと飛んで移動したり、二個重なってるのの上に乗ってみたり……危なっかしい。


「鈴村くーん?」

「えっ……何ですか」


そっちに気を取られていたからか、梅井さんが呼ぶのに全然気づけなかった。


「とりあえず、僕らも栄村さんの所に行こうか」

「あぁ……はい」

「あっ……ちょっと待ってください!」


僕が賛同して梅井さんに着いていこうとすると、それを聞いていた柿本さんが止めた。


「何?……あぁ、柿本さんも良かったら一緒に……」

「違うんです。あの……栄村さんは、ちょっと一人にして欲しいって……」

「そうか……どうする?鈴村くん」


……なんでこの人は、こんな時にまで僕に話を振るんだ。


「栄村さんが来るなって言うなら、別に行かなくても良いと思いますけど」


正直に言うと、梅井さんも「まぁそうだな」と頷く。


正直どっちでも良かったけど……死体のある部屋に居るのも、れいちゃんも居るし今更まぁ良いかって感じだし。


「それにしても、そんなに必死になるなんて、……この短時間で随分仲良くなったんだね?」

「はい……慰めてくれましたから」

「……なるほどね」


梅井さんは梅井さんで、やっぱり人に構わずには居られないのか、そんな事を言ってかかる。


けど、柿本さんももう梅井さんの扱いに慣れたんだろうか。

……そこは、さすが教師って感じだけれど。


「……」


さて……どうしようか。


一人目死ぬ人……波止場さんは最初から決められてた感じがしたけど、それなら二人目も決まってるんだろうか。


何せ一人目が兄だったから……次に僕が来てもおかしくない訳だけど。


あぁ……どうしよう。

死ぬかもしれないっていうのに全然焦れない。


逆にそっちへの恐怖でおかしくなりそうなくらいだ。


「ほ?……鈴村少年、どこ行くの?」

「あー……ちょっとれいちゃんの所に」

「ほー。行ってら〜」


何故か軽い口調の梅井さんに見送られ、僕は何となくでれいちゃんの所に向かう。


兄を殺したのが適当だったにしろ、それはれいちゃんにとって彼がそれ程の存在だったという事だ。


れいちゃんは多分僕の事、そんなに特別視してないだろうけど……本人にさえ相手にされてない様なあんな死に方するんなら、飛田さんの様に『お願い』を残して自害した方がまだマシだ。


「れいちゃん」

「ん、」


机の間をケンケンパする様に跳ねていたれいちゃんを呼び止めると、れいちゃんは僕の近くの机まで移動して来てしゃがみ込む。


「……何?」


れいちゃんは何度声を掛けても、ちゃんとこうやって話に来てくれる。


「今日で最後の一人までにするの?」


特に用も無かったけど、雑談なんてしてくれるタイプじゃないから、何となくで話す事を考えて言うと、れいちゃんはきょとんとしてから、


「あぁ……」


と、理解した様な声を出す。


「夏休みの三日でやるんだよ。それまでに皆死ぬなら、誰がいつ死んでも良いかな」

「みんな死ぬの?」

「うん」


最後の人が自害しないとそれは無理じゃない?と言いたくなるのを堪え、繋げにくい会話を繋げようとなんとか口を開く。


「えーっと、じゃあ次殺す人は決まってるの?」

「……『お願い』なら、教えてあげるよ」


……これはダメなんだ。

前の質問も結構そのレベルだと思う位のだったのに、れいちゃんの基準がますます分からなくなる。


けど、やっぱりどんな事を話しかけても反応してくれるので、嬉しいなーなんて思ってしまう。


「れいちゃん、……最後に一つ良い?」


でも、もうこれ以上聞くことが思い付かなかったので、一つだけ最後に聞いてみる事にした。


「いいよ」


相変わらずそう答えるれいちゃんに、僕は聞く。


「……お兄さんの事、嫌い?」

「……」


れいちゃんは少し考え込んでから口を開く。


「嫌いだよ」


淡々と言う言葉には、憎しみさえ勿体ない位の相手なのか、はたまた本当に感情を置いて嫌いなのか分からなかったけど、一切嫌いな相手への気持ちが感じられなかった。


「そっか」


でも、れいちゃんが嫌いと言うなら嫌いなんだろう。


それだけ聞けただけでも大きな収穫だった。


「……ありがとう」

「ん」


僕はれいちゃんにお礼を言って、また何となくで梅井さん達の所に帰ろうと足を進める。


「……あっ」


その時、今の質問から何となくで……一応、答えてくれないとは思うけど、聞いておきたくて振り返る。


「れいちゃん!」

「……なに?」


机の上から首を傾げるれいちゃん。

……可愛いな。


「……僕の事は?」


……正直、聞くのが怖いまであった。

言葉が出れば決定的になるものだったから。


れいちゃんはまたしばらく考え込んで、平然と口を開いた。


「だいすき」


……れいちゃんの言葉は、「嫌い」と言った時と同じ、感情のこもらない淡々としたものだった……けど。


思わず何秒か固まってしまった。


きっと……それが聞こえていたであろう、部屋中の人も一緒に。


そんな空気を固めた当の本人は、自分の爆弾発言に気づきもせずに、机と机の間に橋のように寝っ転がった。


『だいすき』


そして、そんな爆弾をまともに食らった僕は……無事な訳ない。


顔が火照ってるのが触らなくても分かるし、落ち着かないソワソワはどうにも誤魔化せないし、目線はれいちゃんを見ようとしてもあっちこっちに泳いで行ってしまうし。


……でも……そっか、好き……いや、大好き……大好き?!


大好きって言うと、大事おおごとだ……。


れいちゃんの大好きで何人死ぬ?


なでなでの為に一人死ぬんだから、一体何人分の……。


「……鈴村少年」


僕の思考がやばい位暴走している時、声を掛けてきたのは梅井さんだった。


「……いやぁー、青春だなぁ!良かったなぁ!こいつ〜!!」


梅井さんでもさすがに呆気にとられたのか、そんな事を言って僕の背中をバシバシと叩く。


「ぇへ……」


僕もそんな空気の中で含み笑いして、ぎこちない空気が流れようとしていた、そんな時だった。


ガタガタッ…


何かの崩れる音が、隣の……栄村さんが居る教室から聞こえた。


「な、何だろ!行ってみよう!」


僕はまだそのテンションを制御出来なくて、ハイになったままそんな事を言って一目散に部屋を飛び出す。


「お、おおっ!行ってみよう!!」


それに梅井さんも続いて、後はぞろぞろと何人か続く感じがしつつも、辿り着いた隣の教室では……


「わっ……ち、近寄るな!近寄ったら……そいつを殺す!」


……栄村さんが男に口元を抑えられ、ナイフを振り上げられているワンシーンだった。


「俺は一つだけ願いを叶えたいだけだ!……だから……邪魔しなければ他の奴を殺したりはしない!!」


つまりは……栄村さんを見逃せば、僕らに危害は加えないという事か。


「栄村さん!」

「えっ」


シリアスな状況に頭を冷ましかけていたその時……そう呼んで飛び出した柿本さんは、


しゃっ…


「……えっ?」


……誰も……ナイフを持っていた男さえその状況を理解する前に、そいつの首元に真っ直ぐな切り傷を入れた。

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