一日目
彼女はカノジョ
高校二年生、春。
遅咲きの桜が散る、風の強い日。
「好きです、付き合ってください」
僕の声が屋上に響く。
かすかに聞こえるのは、校庭で部活動に勤しむ生徒の掛け声だけ。
それをかき消す様に、僕の声に答える透き通った声。
「……いいよ」
僕はこの日、彼女と付き合う事になった。
****
彼女はとてもミステリアスな人だった。
黒髪ロングで背が高くて、クールな一匹狼という感じで。
だから、まさかOKされるだなんて思わなかった。
彼女は、僕の『カノジョ』になったんだ。
「あ……あのっ!
「何?」
「名前で呼んでも良いかな……」
ある日の放課後、僕はそう聞いてみた。
かれこれもう半年くらい付き合って、昨日ふと、まだ苗字で呼んでる事に気づいたのだ。
彼女は嫌な事は嫌と言うタイプだから、断られないか心配していると、
「いいよ」
と一言言われてホッとする。
「じゃあ、れい……ちゃん」
「ん。……しき」
呼び捨ても何だかなと思って、でもさん付けもどこか他人行儀に感じてしまって、ちゃん付け……彼女に似合わない呼び方になってしまってくすぐったい。
彼女の方は相変わらず呼び捨てで、でもそれが彼女らしくて頬が緩む。
「えへ……あっ、そういえば夏休みももう終盤だよね。どこか行くの?」
僕はこのままもっと進展出来るように、さりげなくそんな事を聞いた。
だって半年も付き合っているのに、まだキスすらした事ないし。
8月の最後にある花火大会に誘って、手を繋いで……キスくらいは、したい。
「……」
れいちゃんは珍しく、無言でしばらく考え込んで、やっと口を開いた。
「いいよ」
「……?」
「8月の29、来てくれる?」
「えっ……一緒に遊ぶの?」
「うん」
……予想外の言葉だった。
れいちゃんから誘ってくれるなんて……。
「も、勿論行くよ!何時にどこ?」
「……」
僕の質問に、彼女はゆっくり口を開いた。
****
家に帰って、僕は一息つく。
……彼女の事が気になり始めたのは、いつの事だったか。
確か、初めて意識したのは……そう。
一年生の最後辺りだったかな、放課後の教室で一心不乱にノートに何かを書いている所を見た時。
本当は忘れ物を取りに来たんだけど、それを書く彼女があんまりにも目から離れなくて、それを僕の侵入で遮りたくなくて、結局教室に入れなかったんだっけ。
それから彼女の事を目で追ってしまう様になって、そこで気づいた。
彼女は前まで一匹狼じゃなかったんじゃないかって。
それまで彼女の事は気にしていなかったけど、それからの彼女の孤立っぷりは、気にしていなくても気になる程だったから。
それが気になってから、もしかしたら彼女は虐められてたんじゃないかと思ったけど、彼女は好きで一人で居た様に見えたし、男子である僕にはどうしても女子のいじめなんて分かるハズが無かった。
その代わり、僕はいつれいちゃんがいじめられそうになっても守ってあげられるように、そばに居たいと思う様になった。
それまでは……付き合おうだなんて考えた事も無かったのに。
ただ、その彼女の恐ろしく美しい時間を、近くで見れるだけでいいと、それだけ思っていたハズだったけど……いざ付き合えると欲が出てくるモノなんだなぁと思ってしまう。
でも、友達からでもムリだと思ったのに、どうして良くも知らない僕と付き合ってくれたんだろう。
「……あっ、そろそろご飯だ」
そんな事を考えていたら、あっという間にこんな時間になってしまった。
僕は急いで階段を下りて、冷蔵庫から取り出した弁当をレンジに放り込む。
「……」
ぐるぐる回る弁当を眺めながら、僕は思い出す。
そう。
彼女が気になる理由は、もう一つあった。
……僕には、幼稚園か小学校辺りの記憶が無い。
母さんの言うには強く頭をぶつけたかららしいけど、れいちゃんと会っていると……その頃らしい記憶が蘇る事がある。
何をしているのかまでは分からないんだけど……女の子の声で、聞こえて来るんだ。
『だいすき』
……都合の良い話だけど、それが昔のれいちゃんだったらいいのにな、なんて思ってしまう。
「……あっ、やけた」
レンジの電子音に、僕は煩悩を振り払うように勢いよくその扉を開けた。
******
「うわ、意外と登るなぁ……」
29日、朝の9時半。
『朝の10時に、あの山の上』
「間に合うかな……」
僕は彼女に言われたのを思い出しながら、急な坂道を登る。
ここは市内の一番大きな山で、その山頂には確か廃校があったハズだ。
「肝試しでもするのかな……っと……」
だんだん道が荒れてくる。
気をつけないと転んでしまいそうだ。
「きゃっ」
「わっ……大丈夫ですか?」
言わんこっちゃない。
前を歩いていた女の人が、僕のすぐ横へ転んだ。
「ごめんなさい……君、怪我は?」
「僕は何ともないですけど……」
女の人の方が大変だろう、膝をかなり出血している。
「……人呼んできましょうか?」
「あっ、良いの!このまま登らなくちゃ……待ってる人が居るから」
「はぁ……」
こんな山に?
そもそも僕と同じ時間に前に人が歩いてるなんて……何も無い山にしてはおかしいなと思ってたのに、何かあるんだろうか。
……もしかして花火がよく見える絶景スポット?
いや、まだ朝の10時だ。
……でも、そこまでして登るなんて、本当に頂上には一体……何があるんだろう。
案外、れいちゃんがこんな所に誘ったのと同じ理由かもしれないけど。
「あっ、頂上……見えてきましたよ」
頂上には廃校があるだけで、特に良い景色でも無かった。
「良かった。じゃああそこに……」
女の人は、廃校の方を指さした。
「えっ……はい」
やっぱり景色じゃなくて、廃校が人気なんだろうか。
ここらに住んでてそんな事、一度も聞いた事無いけど……。
れいちゃんに指定されたのは『あの山』とだけだったので、とりあえずは女の人の荷物を持って体育館らしき扉を開ける。
「わっ、また来た」
「一体何があるんだ……?」
「サチ様……」
廃校に入ると……人が結構居た。
驚いた。
こんなに人が集まる所だったなんて。
……それとも、れいちゃんはオカルト好きとかで、仲間内でオフ会みたいなのが始まったりするのかな。
そんな事を考えている間も皆ざわざわしていて、しばらく経ってその中の一人の男が声を掛けてきた。
「……君達も『サチ』に呼ばれて来たの?」
「えっ……?」
「私はも……友達に呼ばれて……」
「僕は彼女……です。……『サチ』って誰ですか?」
「あれ?おかしいなぁ……」
聞くに、どうやら殆どの人が『サチ』という人物に呼ばれて来たらしい。
「そろそろ10時だ」
「もうすぐ会える……」
誰かが10時というワードを出して、また辺りがざわざわし始める。
……まだれいちゃんも来てないのに、その『サチ』って人は、一体何をするんだろう。
そんな事を思っていると、
キーンコーンカーンコーン…
ちょっとキーのズレたチャイムが不気味に鳴った。
それと同時に、
「あっ、鳴った」
と、聞きなれた声が聞こえた。
「れ……」
「ねぇ、ゲームしよう?」
さっきまでのザワザワが嘘のように静かになった空間に響いたのは、いつの間にか居た彼女……れいちゃんの声だった。
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