彼女の名前
「ねぇ、ゲームしよう?」
彼女の言葉に、辺りが一瞬しんとする。
……その静けさを打ち破ったのは、一人の男の声だった。
「サチ様!!!」
彼はそう言ってれいちゃんに飛びつこうとする。
「ちょっ……」
僕が慌ててれいちゃんの前に立ちはだかろうとすると、その男は彼女の元にも、僕の元にさえも辿り着く前に大勢の人に押さえつけられ、床に潰れる。
「サチ様!嬉しいです、また会えて……また僕を……」
「うるさい」
「っ……」
れいちゃんの鋭い一言で、嘘の様にその男は押し黙る。
「……邪魔された。つまんない」
そして……何だか子供の様に拗ねてしまった。
「ね、ねぇ……!ゲームって、何……」
その様子に、さっき僕と一緒に来た女の人が震え声にそう言った。
「……ん?」
すると、その声にれいちゃんは目を止める。
「……」
れいちゃんは何も言わずにこっちの方……女の人に向かって歩いてくる。
こんな良く分からない状況だけど、彼女の私服姿を見るのは初めてだったからか、思わず見とれてしまう。
白いワンピースの彼女は……白い肌に長い黒髪とのコントラストで、まるでこの世のものでは無いくらい、とても綺麗に見えた。
「れいちゃん」
「……しき」
思わず声をかけると、れいちゃんは女の人の方を見てからこっちを向いた。
「この人、しきが連れてきたの?」
「……えっ?」
一瞬なんの事かと思ったけど、そういえばこの女の人とさっきから近くに居たから、そう思われてしまったんだろう。
僕は慌てて両手を前にやる。
「ごめん、この人もこっちに来るみたいだったから……」
「ねぇ」
僕が言いかけていると、女の人は口を開く。
「……あの事、謝るから……その為に呼んだんじゃないの?この人だかりは何……?」
僕と同じく、この女の人も混乱している様だった。
そして……れいちゃんの事を知っている?
「そうだね。まずは説明するから」
れいちゃんは取り乱す女の人に冷静に返しながら、すたすたと歩いて壇上に戻る。
そして、マイクスタンドを運んできて、それらしく口を開く。
「ゲームしよう!」
***
れいちゃんの話す内容は、的の得ない……何だかよく分からない話だったし、マイクの無いマイクスタンドに向かって話していたから、余計に理解出来なかった。
「……ねぇ、」
話すだけ話してどこかに行ってしまったれいちゃんに呆気に取られていると、女の人が話し出す。
「とりあえず……きみもあの子に呼ばれたんでしょ?」
「えっ……はい」
「じゃあ、自己紹介。……私、
「……
いきなり自己紹介が始まって何事かと思ったら、周りの人達もぽつぽつと集まって自己紹介をし出していた。
「ここに居る人……みんなれいちゃんの知り合いなのかな」
「……そうかもね」
ふとクセで呟いてしまって、女の人……栄村さんにそう反応される。
そうかもって言う事は、やっぱり栄村さんもれいちゃんの知り合いなんだろうか。
僕よりいくつか年上みたいだし……どんな繋がりなんだろう。
「あ、そこの二人もこっち集まって」
「は、はい……!」
無言の時間を過ごしていると、いつの間にかひとまとまりになっていた所に呼ばれる。
僕達を呼んだ男の人は、この間にリーダー的な存在になったんだろうか、積極的に動いていた。
「……よし、皆集まったね。じゃあ、順番に自己紹介しようか。まずは俺……
「……」
男の人……波戸場さんはそう自己紹介したけど、誰も続こうとしない。
……まぁ当たり前だ。
まだ全員れいちゃんに集められたのかも、何をさせられるのかも分かっていない状況で、れいちゃんを除いて自己紹介なんて……呆れて帰らないのがおかしいくらいだ。
と……そんな事を思っていたら、波戸場さんは続けて口を開く。
「……じゃあ、あの話してた子……れいを知ってる人は挙手してみてくれる?」
僕はもちろん手を上げると、ぞろぞろと手が上がっていき、やがて全員が手を上げた。
「……全員か……12……いや、俺を入れたら13人?」
波戸場さんは何回か数えた後、黙り込んでしまった。
13人って……結構多いな。
この人達が全員、れいちゃんの事を知ってるんだ……。
……と、そんな事を思っていたら、波戸場さんは衝撃の一言を放った。
「俺はさっきの子の兄なんだけど、」
「「「えっ」」」
僕と何人かの声がハモる。
お兄さん……って言っても、結構大人に見えるし、何より苗字も違うし……。
でも……それよりも、何だか信頼出来ない感じがするのは何でだろう。
「……まぁいいや。彼女を『サチ』として知ってる人が何人居るか分からないけど、とりあえず彼女の本名は『サチ』じゃない」
兄と言って意外そうな返事を貰ったのが心外だったのか、波戸場さんは一旦置いて話を進める。
呼び方を統一しようって事なのかよく分からないけど、僕はもちろん『サチ』なんて聞いた事無かったし、れいちゃんの名前は知ってるけど……『サチ』って何なんだろう。
「お待たせ」
そんな感じでざわざわしながらも誰も発言をしなくなった頃、そんな一言と一緒にれいちゃんが戻って来た。
「ルールを説明するよ」
「……ルール?」
多分、僕以外の皆も同じように思ったと思う。
……けど、そういえば『ゲームしよう』って言ってたんだっけ。
確かに『ゲーム』なら、『ルール』があってもおかしくないけど……。
「俺も一緒に説明するよ」
すると、波戸場さんもそう言って壇上に上がった。
れいちゃんはあまり気に止めていない様子でノートを開く。
……あっ。
彼女の持っているノートは、確かに見覚えがあった。
多分……あの時、放課後に書いてたノートと同じやつだ。
何かパーティーでも計画してたのかな。
あんなに一生懸命書いてたんだし……。
「まず、ダメな事。……これをしたら失格」
そんな事を考えていたら、れいちゃんは話し出した。
「1つ目、ゲームの間に学校から外に出る事」
「2つ目、寝てる時間にゲームを進める事」
「3つ目……端っこの部屋に入る事」
話し終わると、ノートをパタンと閉じる。
……それだけ?とも思ったけど、波戸場さんは付け足す。
「端っこの部屋は事務室だね。……そこはれい以外は立ち入り禁止って事だ」
「うん」
彼の言葉に頷いて、れいちゃんはまたそのまま黙ってしまう。
……すると、
「あのっ……!」
と、一人の声がした。
「何?」
それにれいちゃんが反応すると、その女の人は口を開く。
「……3つの事はわかりましたけど……結局何をすればいいんですか……?」
「杏奈!落ち着いて……」
「落ち着いてられる訳ないでしょ!」
が、隣に居る男の人と言い合いになってしまった様だ。
「あー……言ってなかった?」
その言い合いには目もくれず、れいちゃんはただ一人舞台袖に消えて、大きな白い袋を引きずりながら帰って来た。
……そして、その袋を軽く投げる。
「好きなの取ってっていいよ」
壇上のギリギリで止まった袋からは、舞台下に金属音を立てて重そうなものがいくつも落ちる。
それは……包丁だったり、サバイバルナイフみたいなものだったりする。
その様子に呆気に取られて誰も発言出来ない中、れいちゃんの透き通った声だけが響いた。
「……これは、デスゲームなんだからさ」
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