彼女と死体

……デスゲーム?


デスゲームって、あの物語とかの……殺し合いの奴?


「……鈴村くん」


説明されても訳が分からなくて、しばらく頭の中を「?」だらけにしていたら、後ろから僕を呼ぶ声がした。


「えっ……あ、桃井さん?」

「そうだよ。……やっぱり気づかなかったんだ」


驚いた。……いつから居たんだろう。


僕に声をかけたのは、同じクラスの桃井さんだった。


制服じゃなかったし、知ってる人なんて居ないと思っていたから気づかなかった。


「でも良かった……鈴村くんが居て」

「うん……」


桃井さんは安心したように言う。

まぁ、いきなりデスゲームなんて言われて、心細くならない方が無理だろう。


が……れいちゃんに桃井さんも呼ばれたのなら、少し違和感があった。


「……桃井さんって、れいちゃんと仲良かったっけ?」

「……」


聞くと、明らかに都合が悪い様に目をそらされる。


「……?」


良くないなら、良くないって言えばいいのに……どうしたんだろうか。


……もしかして、れいちゃんに意地悪したりしてたり?


そうなら僕は……


「桃井さん、聞きたい事が……」

「鈴村くん!お願い、私……れいに殺されるかもしれない……!どうしよう……」

「……桃井さん?」


桃井さんは酷く混乱している様だった。

さっきまで問い詰めようとしていたのに、こうも取り乱されるとこっちが呆気にとられてしまう。


「大丈夫?……私も一緒に聞きましょうか」


その様子を近くで見ていた栄村さんは、桃井さんの慌てように心配したのかそう言って近づいてくる。


栄村さんに支えられて、やっと桃井さんは震えながら口を開いた。


「私は……言っちゃったの、れいが子供を殺したんだって……」

「……?どういう……」


僕が聞きかけた時、3人の中心に光るものが差し出された。


「……ぅわっ!」

「きゃああっ!!」


それは……ナイフ。

僕と桃井さんが思わず飛び退くと、それを差し出した男……れいちゃんの兄を名乗った波戸場さんは、たちまち申し訳なさそうな顔をした。


「ごめん。真剣そうに話してて、こっちの言ったの聞いてなかったみたいだから……」

「はっ……はぁっ……嫌ぁっ!!」

「桃井ちゃん!!」


僕はただ驚いただけだったけど、桃井さんの方はそれだけでは済まなかったのか、地面に座り込んで頭を抱えて泣き叫ぶ。


それに栄村さんが付き添っていると、こんな事になるとは思っていなかったのか、波戸場さんは困った様に僕に話しかけた。


「ごめん。落ち着いたら……これ、それぞれ一つずつ持たせてくれる?」

「は、はぁ……」


包丁一本とナイフ二本を渡されて、思わずひよってしまう。


「さっきの……れいちゃんの投げたやつですか?」

「うん。誰かだけ持つのも、かと言って誰も持たないのもダメだから、俺がこうやって配ってるんだよね」

「……」


波戸場さんは……れいちゃんのお兄さんだから、知ってるんだろうか。


れいちゃんがどんな意図で、『デスゲーム』なんて……しかも、ちゃんとみんな分の凶器なんか用意したりして……。


「あの、波戸場さん……」

「ん?」

「……れいちゃんのお兄さんなんですよね」

「ん?……そうだよ。そういう君はれいの彼氏でしょ?」

「はい……えっ、何で……」

「聞いたんだよ」


れいちゃんは家族にそんな事言ったりしないタイプだと思っていたから驚いた。


……と同時に、気になってしまった。


僕の事、どう思ってるんだろう。

どう話すんだろう。


「あの……なんて言ってましたか?僕の事……」


聞くのはちょっと恥ずかしかったけど、思い切って聞くと、波戸場さんは急に笑い出した。


「えっ……?」

「あはは……いや、ごめんごめん。俺の言い方が悪かったね」


波戸場さんはバカにするというよりは……すれ違いに笑っている様だった。


「れいが急に一人増えるって言うから、誰だって聞いたら、彼氏って言ったんだよ」

「一人……この場所に、ですか?」

「……そう。このデスゲームに、ね」


事務的な会話だったらしい。

何だかちょっと恥ずかしくなってしまう。


……こんな空気感で、本当にデスゲームなんて成り立つんだろうか。


「……でも、れいも大切な事を忘れてるんだよね」

「大切な事……ですか?」

「そう。このままじゃ、殺し合いなんて起こりはしないよ」


『大切な事』が何だかは分からなかったけど、そう思うのは同じだった。


僕が唸っていると、波止場さんは話し出す。


「このデスゲームにはね、メリットがあるんだよ」

「……メリット?」

「そう。……でも、君だけが先に知るのはフェアじゃないからね。また後で」


でも、言い切るや否や、波戸場さんはまた別の所に行ってしまった。


忙しい人だけど……やっぱり何か引っかかる。

でも、考えてるヒマは無かった。


「……桃井さん、大丈夫?」

「大丈夫じゃない……」


こんな状態で桃井さんにナイフなんて渡せるハズが無く、とりあえず隣で介抱していた栄村さんにどちらか選んで貰おうと差し出す。


「私は良いから……」


が……そう言って拒否されてしまう。


「……」


……だからと言って、一人で三本も持ってるのはなぁ……。


床に置いておいて怪我するのもあれなので、とりあえず三本持っていると、ふと壇上で暇そうにしているれいちゃんが目に映った。


やっぱり……デスゲームさせるつもりなんて、無いんじゃないのかな。


「……れいちゃん」


そして、そんな考えで彼女に近づいていくと、れいちゃんはやっぱり普通に「何?」と答えてくれた。


「ねぇ、波戸場さんが言ってたんだけど……このデスゲームのメリットって?」

「……あぁ、言ってなかったっけ」


僕が言うと、れいちゃんは思い出したかのように立ち上がって、相変わらずマイクの無いマイクスタンドの方へ向かった。


「鈴村くん」


そのままノートをペラペラしているれいちゃんを眺めていた時、いつの間にかこっちまで来ていた桃井さんが呼んできた。


「どうしたの?」

「……ナイフ、ちょうだい」

「えっ、大丈夫なの?」

「大丈夫じゃないけど……自分の身は守らなきゃいけないから」


まだ震えている様で心配だったけど、渡さない理由も無かったのでナイフを一本手渡す。


「えー、一つお知らせー」


そしてその時、ちょうどれいちゃんの声が響いた。


……何だろうな。


「このデスゲームは、一人殺すと一つお願いを叶えまーす」


何だか拙い日本語だったけど、その声にみんな注目している最中……れいちゃんはいつもと変わらない声音でそう言い放った。


……その声で、不穏なくらい空気が変わったのを感じた。


「えっ、じゃあ……殺したら、ゲームを終了にしたりも出来るの……?」

「はーい」


本末転倒だけどそう聞く桃井さんに、れいちゃんは答える。


「じゃあ……」

「……えっ」


それからそんな事を言って僕の方にナイフを向ける桃井さん。


僕が思わずびっくりしていると、シリアスな顔から一転、 桃井さんはニコッと笑ってナイフを下ろした。


「嘘嘘!いくらこんなんだからって、殺しはさすがに……」


……びちゃっ。


「え?」


ばたん。


……え?


「何でも叶えるって、言いましたよね……?」


……何が起こったか、一瞬分かんなかったけど……。


……そこには確かに、首元を割かれて横たわる桃井さんと、包丁を手にれいちゃんの方を見る、杏奈と呼ばれていた女の人が居た。

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