〚モモイ ツグミ〛
『私は、聞いただけだった』
小学校の低学年……よく覚えてないけど、それくらいだったと思う。
「あそこの子……れいちゃんだったかしら、嫌なウワサがあってね……」
その時たまたま、家に来ていたママの友達との会話を聞いてしまった。
「えぇー?何何?」
「それがね、小さい子を殺したってウワサがあるのよ……」
「えぇーっ?!殺したって……どうやって……?」
「何か、聞くには階段から突き落としたとか……」
「うっそぉ……怖いわね……うちの子、れいちゃんと仲良くしてるから……」
聞こえたのはそこまで。
でも……いつも遊んでるれいがまさか人を殺してたなんて、その時は信じられなかった。
「あっ、つぐみちゃん!」
……だってれいと言えば、大人しくておどおどしてて……虫も殺せないような子だったから。
「れい、ちょっと聞いていい?」
「ん?……なぁに?」
「……」
でも、どうしよう。
もし人を殺したのって聞いて、うんって言われたら……私も殺されちゃうんじゃないかって、思ってしまった。
「……何でもない」
だから私は、それを知ってる事を隠す様になった。
でも……その疑いはいつしか自分の中で『本当にあった事』になっていた。
れいの行動一つ一つが、殺人鬼の言動だと思うと……怖くて怖くて仕方なかった。
「……つぐみちゃん?」
「な、なに……」
ある日……もうとっくに友達だと思えなくなっていた頃、れいはしゅんとして聞いてきた。
「私の事、嫌い……?」
……どうしよう。
胸がバクバク言った。
嫌いって言ったら……いや、嫌いってバレたら、殺される……。
そう思ったら、息が上手く出来なかった。
「す、好き……」
結局、泣きながらそう言うしかなくて、れいは困った様な顔をしてた。
「そっ、か……」
そんな風に呟くれいに、何とかもう帰らなきゃいけない事を伝えて、その日は逃げるように帰った。
そして、もうその事を一人で抱えるのは限界だった私は……その事を仲良しの友達皆に泣きながら話してしまった。
友達は皆真面目に聞いてくれて、それどころか「酷いね」「大変だったね」と頷きながら聞いてくれたから、私はその波に乗って思わず、
「れいが怖かった、殺されるかと思った」
と、言ってしまった。
そして……その発端が単なる噂話だって事も忘れていた。
……ただ、自分だけが楽になれればいいって、そう思ってたから。
****
「えっ」
四年生頃だったか……よく覚えていないけど、偶然通りかかった校舎裏のゴミ捨て場の前で、見てしまった。
「おい、殺人鬼」
「ち、違……」
「嘘つき!」
……れいがいじめられていた。
「私達の事も、殺してやろうとか思ってるんでしょ?」
「そんなこと……!」
「知ってるんだよ?あたし。……昔仲良かった子を、あんたが殺そうとしたって……」
「っ……」
……それって、もしかして私の事?
確かに殺されるかもとは思ったけど、殺されそうになったなんて一言も……。
って、そこまで考えて、気づいてしまった。
私だって、同じ様な事をしてたんだ。
「!」
そんなことを考えていたら、れいと目が合ってしまった。
心臓がバクバクと反応する。
れいはというと、恥ずかしそうにへらっと笑いかけてきた。
「おい!何笑ってんだよ!」
「キモイんだよ、殺人鬼!」
そんな怒号が飛ぶのを聞きながら、私は……一目散に走って逃げていた。
……知らなかった。
れいとは家が近いだけで、クラスが一緒になった事は無かったから。
そして、それと同時に……どうしようもなく怖かった。
どうして私に笑いかけたんだろう。
どうして……何も言わなかったんだろう。
考えようとすればする程、今までのクセで悪い想像ばかり浮かんだ。
もしかして、今にでも私に復讐しようとしてるんじゃないかって。
「違う……私はいじめてない……」
でもきっと、あの子達と同じ。
私がいじめたかどうかの真実は、れいにはきっと関係ない。
憎しみはきっと……原因の私にも来る。
……れいに殺される。
「ひっ……」
そう思うと怖くて、私はそれから中学校に上がるまで、一人で寝る事も出来なかった。
****
「……よろしくね」
「っ……!!」
私がれいと再会したのは、高校に上がった時。
……すっかり忘れてた。
わざわざ避けるように遠い方の中学校にしたのに、卒業する時にはもうそんな事忘れて、地元の一番近い高校にしてしまったから。
「つぐみちゃん……だよね?」
「う……うん……」
「……」
高校生になっても、怖いものは怖かった。
だって……小さい頃から本能的に染み込んでいたから。
だから、こんな教室のど真ん中でさえ、いつ刺されてもおかしくないなんて思ってしまっていた……のに。
「わぁ、良かった……お隣同士、仲良くしてくれると嬉しいな」
「も……ちろん……」
れいは……あの時、あの時の大人しくておどおどしたれいのままだった。
それに……何も無かったかのように接してくる。
「……ま、またね、れい」
だから、そのうち……無かったことに出来るんじゃないかって思う様になった。
「つぐみちゃん」
「れい〜」
そして秋頃にはもう、普通の友達と変わらないくらい仲良くなっていた。
だから、このまま普通に友達になって、楽しいまま高校卒業まで……って、思ったのに。
あの時から、れいはおかしくなった。
そう……多分、一週間休んでから。
「どーしたの?あんなに休んで」
いつもの様に私が聞くと、
「……別に」
れいは、びっくりする程暗くなってしまった。
いや……冷たくなった?
しばらくは心配してつるんでいた友達も、一人、一人……と気にしなくなっていって、れいはいつの間にか孤立した。
私も、不審に思いつつ話しかけないようになっていき、それかられいの事は視界に入らなくなった。
……けど、ふと見てしまった。
いつかの放課後、れいが書いていた文字。
小さかったけど、それだけはハッキリと見えた。
その字は……「殺」という一文字。
その前後は分からなかったけど、全身は震えて仕方なかった。
何かを写したとかだけの、意味の無い文字だったのかもしれない。
でも、ここまで恐れて……この恐怖を一生抱えて生きていかなきゃいけないなんて……そんなの、私には無理だった。
「……」
だから、夏休みの前の……終業式の日、下駄箱に入っていた手紙に私は従った。
『もう終わりにしよう。8月29日の10時、廃校の中で待ってる。れい』
手紙に書かれていたのはそれだけだった。
最低限の……って感じ。
……でも、どこかホッとした。
もちろん怖い事には変わり無かったけど、これからこんな気持ちで何十年も生きるなんて無理だったから、私は行く事にした。
……今考えれば、馬鹿な事したなとは思う。
山奥の廃校なんて、殺されに行くようなもんだって。
それでもその頃の私は、ただ何か彼女の本音が欲しくて堪らなかったから、ひたすらに登った。
その先でたくさんの人が居てちょっと戸惑ったけど、そこで鈴村くんを見つけた。
鈴村くんは、最近れいと一緒に居る人。
知ってる人が居て安心したけど、同時に鈴村くんはれいの味方だろうし、彼に殺されるかもしれないなんて思って慌ててしまった。
それでつい先にと断罪したりしてみたけど……。
……まさか、知らない人に刺されるなんて……思ってもみなかったな……。
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