〚ミヤマ ユウリ〛⁡

『見ているだけで、それだけで良かったのに』




僕はいわゆる、社会不適合者だった。


学校に行くのも何となく億劫で、そのまま不登校児として居たら、いつの間にかそれはニートと呼び名を変えていた。


でも、そうなっても出来ないものは出来ないんだ。


僕は段々、自分の存在が……本当に必要なのか、そればかりを問う日々を過ごして行くようになった。


心は死んでるのに何故か生きてる、そんな社会の隅に浮浪しているゴミ。

それが僕だ。


……ある日、そんなゴミは突然外に出た。


お使い……いつもだったら断ってるけど、その日はとても気分が良かった。

気分が良い時だけギリギリ人並みに行動出来る僕は、そんな風に深夜の外出をした。


「……」


……夜の街は、とても静かだった。


まるで、そこに僕が存在していても見ないフリをしてくれる様な、そんな静かさ。


もしかして、こんな世界なら僕は生きていけるんじゃ……。


「サチ様ー!」


……そんな事を考えていたら、深夜には似合わない大声で誰かを呼ぶ男の声が聞こえて、思わず飛び跳ねてしまう。


「うるさい」


そしてその後、それを叱責する声と共に……僕の後ろから黒髪の美少女が現れた。


「っ……」


僕は思わず息を潜めてしまう。


……早く、早く行ってくれ。


他人が居ると、どうしようもなく息が詰まるんだ。


「魚住、コンビニ」

「はぁーい」


でも、幸いな事に……その二人組は、僕に干渉して来なかった。


「……」


人が居なくなれば、そこは僕の安息の地に姿を戻す。


僕は結局もう一つ遠くのコンビニに行く事になったし、コンビニの人と話さなきゃいけなくてちょっと辛かったけど……居場所を見つけられた代償だと思えば、安いものだった。



****



「夜なら出られる気がする?……良いじゃない!お母さん応援するね」

「う、うん……」


たとえ深夜でも自分から外出したいと言えば、僕の社会復帰を望む母さんにとってそれは願ってもやまないことだったらしい。


歓迎ムードの中見送られ、僕は外に出る。


僕自身に社会復帰の意思が無いから騙してる様で申し訳無かったけど……とにかく、都合だけは良かった。


……夜の空気は良い。

だって、誰も居ないから……。


「サチ様ー」

「なに?」


……この二人さえ来なければ。


何故か僕の家の付近とこの人らの行動範囲が被っているのか、避けようとしても何度も会う。


そのうち彼らを覚えてしまったけど……どうか僕の事は認識しないで欲しい。


僕は居ないものとして扱って欲しいのに。

今は誰との繋がりも怖いんだ。


だから、どうか……。


「あっ、ねぇ」

「……えっ」


……やばい。


どうしよう。

どうしよう……話しかけられた。


何で?

嫌だ……。


「な、ん……ですか」


やばい、噛んだ。

絶対変だ。


どうしよう……あっ、服装キモいかも。

お願いだから、……見ないで。


僕を認識しないで……。


「これ、落としたよ」

「……?」


その少女が見せてきたのは……家の鍵だ。


夜外に出るからって、戸締り用に貰ったやつに……アニメのキーホルダーが付いてる。


「っ!」


絶対引かれた。

何でこんなの付けちゃったんだろう。


しかも落とすなんて……。


……あっ、しかもお礼も言ってない。


ダメだ、タイミング逃したから、今お礼言ったら絶対変だ。


これはダメすぎる……消えたい……。


「サチ様!時間!」

「あっ、急がなきゃ」

「えっ」


……そんな事を考えていたら、急に二人が走って行ってしまった。


……え?


一瞬すぎてわかんなかったけど……僕の鍵を持って行ってしまった。


あれがないと家に入れないし、無くしたら迷惑がかかる……


……あぁ、もう!


「待っ……」


もう二度と外に出てやるもんか。


そう心で誓いながら、僕は走り去っていく二人を追いかけた。


「……何?」

「えっ……あっ、鍵を……っ」

「あぁ……」


結局、大声で話しかける事も出来ずに、二人が止まるまで走ってついていってしまった。


それで話しかけてから気づいた。


これ……ストーカーみたいで、すごいキモイんじゃないかって。


「ご、ごめんなさ……」

「はい、鍵」


僕がおどおど謝ろうとすると、少女は平然と鍵を差し出した。


「あっ……ありがとう、ございます……」


そして……自然にお礼が言えた。


良かった……もしかして、大丈夫だったのかも……。


……いや、ダメだ。

油断したら、心を折られる。

早くこの場を去らなくちゃ。


「……名前は?」


……そんな事を考えていたら、急に少女はそんな風に僕へ言ってきた。


「……えっ?」

「名前。何?」

「深山……深山です……」


カツアゲか?

やっぱり怖い人だったんだ……。


目の前の少女は、ゆっくりと片手を上げる。


……殴られる?


そう思っても足は動かなくて、代わりにぎゅっと目を瞑ると、頭の上にぽんと何か乗る感覚があった。


「……?」

「深山、ここの事は秘密ね」


恐る恐る目を開けると……なんという事か、頭に手を乗せられていた。


つまり……撫でられてる?


「えっ?!」

「出来るの?出来ないの?」

「な、何を……」

「内緒にする事」

「でっ、できます……」


怒らせてしまって、でも口外する気も相手も居ないのでそう言うと、少女はニコッと笑った。


「ん、じゃあ……秘密ね」


人と関わろうとしなかったから、こんな優しい言葉を、ましてや女の子にかけてもらうなんて……夢かと思ってちょっと浮かれてしまう。


そして、浮かれたままだと大体余計な事をしてしまう。


「あの!何かしてるなら、僕も手伝いたいです……」


勿論、言ってすぐ後悔した。

何しゃしゃってんだ、僕は……って。


「あっ、やっぱり……」

「いいよ」

「……えっ?」


慌てて取り下げようとすると、何故かそれは受け入れられてしまった。


……だからだ。


だから、僕は……散々世界に傷付けられて来たハズなのに、この夜の世界の彼女なら、僕を受け入れてくれるんじゃないかって、そう……思ってしまったんだ。



****



「こっち掃き終わりました!」

「ん、じゃあ今度あっち」

「はいっ!」


結論……僕はそこに馴染んだ。


息が詰まるような複雑なしがらみがない。

そこは……小さな子供の様な感性の彼女と、それに従順な男しか居ないからこそ、シンプルで居心地が良かった。


水面下で交わされる暗黙の線引きも無いし、遠回しに傷付けられる様なものがない。


僕はこの場にいられるなら……これ以上何も要らないと思った。


なのに……。


「サチさん!」

「えっ……」


昼間の彼女は、僕に優しい世界に生きる人じゃなかった。


「あの、今日は差し入れを……」

「や、辞めてください……何なんですか?」

「……えっ?」


なにかの冗談かと思った。


「……サチさんですよね?」

「っ……違います……」

「何で……何で嘘つくんですか……?」


でも、確かに……はっきりと拒絶される感じがした。


僕は……サチさんに嫌われたんだ。


……いや、違う。


何かの間違いなんだ、これは。


だって……そうだろう?

サチさんは僕を受け入れてくれた。


「っ……失礼します……っ」

「!」


だから、僕から逃げて行ったあの人は……きっと違うんだ。


……証明しなきゃ。


「サチさん……必ず、僕が……」


僕はその日から、昼のサチさん、いつどんな時も見逃さないように、じっと観察する事にした。


何の為か、そんなの彼女に嫌われてないって証明する為に決まってる。


でも、もし万が一嫌われてるのかと思うと……夜の彼女に会いに行くのも出来なかった。


……そして、そんな事をしているうちに……何となく思う様になった。


いっそ、このまま彼女を観察してるだけで……彼女を見れるだけで、良いんじゃないかって。


……そう思ってから、自分からは話しかけなくなった。


でも僕が居る事は気づいて欲しくて、わざと音を立てたりして存在のアピールはしていた。


きっといつか話しかけてくれる。

冗談だったって……。


「っ……」


僕が派手に音を立てると、彼女は走り去ってしまった。


「早く……」


期待させたのなら、早く戻って来てくれよ。

僕はもう、君に存在を認められない事なんて……。


いや、違う。

決めたんだ、期待するのは怖いから……見てるだけで良いんだって……。


「……」


そんなことを続けていたある日、彼女はいつもの場所に行くだけ行って、何かを置いて行った。


『8月29日、10時にこの場所で。サチ』


「!!」


僕宛て?


だって、こんな場所に置いてくなんて……。


……確かめなきゃ。


僕は彼女を見ていられるだけで良いけど、彼女が僕に居ていいと言うのなら、僕は……。



****



「ゲームしよう!」


彼女が始めたゲーム。

それは……猟奇的で、恐ろしいものだった。


怖かった。

こんな事があるなんて。


でも……彼女は夜の彼女のままで、……本当に良かった。


母さんに外出を禁止されてから、僕はこの日だけを楽しみに生きてきたから。


だから僕は、このデスゲームで息を潜めて彼女を見守って居られば……いつの間にか死んでも本望とさえ思っていた。


……なのに、


「こんにちは。……深山 悠梨さんですか?」

「えっ……はい……何ですか……?」


その少年は、僕の前に現れた。


「……ちょっと話しませんか?」


……僕は、そんなつもり無かったんだ。


「僕らで二人殺して、願いを叶えるんですよ」

「二人でなら殺せるんですよ」

「れいちゃんは、『何でも』叶えてくれるんですよ」

「死ぬ前に、いい思いしたいって思いません?」


けど、いつの間にかその少年の口車に乗せられて、……僕は考えてしまった。


僕は彼女に人生を狂わされて、良い様にされていたんじゃないかって。


「……そんなら、最後に犯してやりますよ。僕は……あの人に人生を狂わされたんだから」


……それなら……どうせ死ぬなら、僕の存在を焼き付けてやりたい。


そこまで考えて、僕は気づいた。


あぁ、そうか……僕は本当は、彼女を見守りたいんじゃなくて……。


「……え?」


しゃっ…と音がして、僕はそれ以上考えられなくなってしまった。


「深山さん。あなたは……れいちゃんにとって『悪』だから」


ただ、笑顔になりそうなのを何とか抑える少年の表情だけが、僕を見送って……。


「れいちゃんの為に、死んでください」


……違う。


逃げて……サチさん。




こいつは……いや、こいつがあなたを殺すんだ……。

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