彼女と報酬
なでなでの次って、何だろうな。
キス?
いや、まだ早いかな……。
……どうしようかなぁ、『お願い』。
「……鈴村くん」
「はい?」
僕が血溜まりの中で甘い妄想を繰り返していたら、ふと呼ぶ声が聞こえた。
「どうして殺した?」
声を掛けてきたのは、梅井さんだ。
「どうしてって……この人、れいちゃんを犯すって言ったんですよ」
僕が説明すると、梅井さんは苦い顔をする。
……えっ?
普通、彼女が犯すとか言われてたら、止めようとするでしょ……。
柿本さんを殺した時は擁護してくれたのに、何が違うと言うんだろう。
「あっ!……そういえばこの人、僕がカマかけたら、梅井さんと栄村さんの事、殺すとか言ってたんですよ?」
そう。
僕は、梅井さんと栄村さんの事だって守って……事前に防いだんだから、梅井さん達にとっても悪い事じゃないハズだ。
それなのに……何で僕をそんな目で見るんだろう?
「……らしくないなぁ。言いたいことあるなら、言ってくださいよ」
「……」
梅井さんは柄にも無く黙り込んでいる。
埒が明かないので僕がそうやって挑発すると、やっと梅井さんはその重い口を開いた。
「……言わせたんだろう」
「はい?」
「鈴村くん。君がそう言わせたんだ」
「……」
……何を言ってるんだ、この人は。
深山さんは確かに……れいちゃんを犯すと言ったんだ。
僕はれいちゃんを自分達の意のままにしようなんて、そんな事一言も言わなかった。
「……深山くんは、一人で仲間を集めて、そんなことまで出来るタマじゃない」
「でも、実際出来るならする人だった」
「それは……君がそう言ったからだ」
「僕が?」
そんなの、他の人が言ったって……別に彼は従ったかもしれないじゃないか。
僕はそれを事前に防いだまでなのに。
「……鈴村くん。どんな形であれ、君は人を殺したんだから」
「殺したから?……だから深山さんが従ったとでも言うんですか?」
……じゃあ何だ?
僕が『お願い』の為に人を殺したとでも言いたいんだろうか。
そんなの……僕はれいちゃんの為に殺しただけで……。
……。
「れいちゃん」
「なに?」
「……あの、『お願い』なんだけど……」
「うん」
……考えても埒が明かない事は、考えなくてもいいんだ。
****
「こんにちは」
「?……こんにちは」
僕は隣の人に話しかける。
『ダメかな……?』
……そんな聞き方して、れいちゃんが『お願い』を断れない事なんて知ってたのに。
れいちゃんは案の定了承して、僕をすっぽりと包み込んでくれた。
……僕の頼んだのは、『抱きしめて欲しい』だったから。
『……!』
手に力を入れて、ぎゅってされて……三秒くらいだったと思うけど、れいちゃんの体温と、匂いと……何もかもに包まれて、びっくりする程ゆっくりに感じて、一瞬に終わった。
「目黒さんでしたよね?」
「はい。……えっと、あなたは?」
「僕は鈴村です。鈴村しき」
「鈴村さんですか。
……で、今してるのは特に意味は無い、目黒さんとのお話。
梅井さんにも栄村さんにも拒絶された今、新しい知り合いを作らないとでしょ?
魚住さんは……同族嫌悪じゃないけど、ちょっと苦手だし、栄村さん達も協力して僕を殺そうとするかもしれないし……味方は必要だ。
しかも、この人は梅井さんが言うにれいちゃんに心酔しているらしいし、れいちゃんを守るならこの人と一緒の方が都合が良いだろうし。
ほら、それ程仲良く無いから、れいちゃんに危害を加える様だったら……僕が殺せば良いんだし。
……危害を加える様だったらだから、むやみに殺したりはしないけど。
当たり前だ。
だって、前だってお願いの為じゃないし。
僕はあくまで、れいちゃんの為なら殺せるってだけで……そんな見返りの為に殺すのとは、違うから。
「……目黒さん」
でも、一応……念の為。
「僕と協力して、梅井さんと栄村さんを殺しませんか?」
ボロを出せば、僕が殺す。
それで得られるものはれいちゃんの無事だけ。
「えっ、そんなの……」
「……二人はれいちゃんを殺そうとしてるんですよ」
『お願い』は、心の痛みと相殺なんだから。
「本当に?」
「はい。……協力してくれますか?」
そもそも人を殺すのなんて簡単に出来る訳じゃないし、例えれいちゃんのよしよしが掛かってても……うん、多分……それより人の命の方が重い気がするし、それが正しいんだ。
「うーん……彼女が殺されそうになるんなら当然止めるけど、殺すまでは……」
「……そんな事言ってたら、先に殺されるかもしれないんですよ?」
だから……
「でも、やっぱりダメですよ。サチさんは命の恩人だから助けたいけど、殺して防ぐまでは……」
「そんな事言ったって……今はデスゲーム中なんですよ?!」
……出すなら、早くボロを出せ。
「そうだけど……」
「じゃあ何ですか、れいちゃんは正しくないって思いながらここに居るんですか?!何がしたいんですか、あんたは!」
早く!
「鈴村くん!」
「……何ですか、梅井さん。僕、今は目黒さんと話してるんですよ。あんたには関係無いでしょう?」
すると、遠くの方からもう我慢ならないというように声をかけられる。
「……良いから、一旦こっちに来なさい」
「嫌ですよ。梅井さん、僕が怖いんでしょ?」
「あぁ……怖いよ」
それは、多分僕が人を殺したからだ。
……でも僕は、殺したくて殺した訳じゃないのに。
れいちゃんを守る為に殺したのに。
全部……れいちゃんの為なのに。
梅井さんだってなんだかんだ助かってるし、……僕は人の為になる事をしたのに。
どうしてそんな目で僕を見る?
「そうですか。……あぁ、そうですか!」
僕は悪くない。
僕は変じゃない。
僕は……。
「れいちゃん、助けて……」
弱々しく零れ出た声は、僕の心の叫びだったかもしれない。
あぁ、僕は……もう認められない事をしてしまったんだ。
二人殺して……誰の為だからって、それはしちゃダメな事で……。
じゃあ僕の居場所は、もうこの世界には……。
「……それ、『お願い』?」
……あっ。
『お願い』なら、叶うかも。
『お願い』すれば、れいちゃんは僕を受け入れて、助けてくれる。
……その『お願い』には、代償が必要なんだ。
「やめろ!鈴村くん!」
梅井さんが何か叫んでる。
「死ね」
……あぁ、そういえばそうだった。
深山さんを殺す時も、本当は期待してたんだ。
殺す口実、作れないかなーって。
「な、何を……」
「……手退けてください。首切らないと、れいちゃんが怒るんです」
だから、抵抗しないで……僕とれいちゃんの糧になって。
僕はもうどうせ、普通には生きられないんだ。
「彼女もあなたが死ぬのを望んでるんです。早く死んでください」
「っ……や、やめ……」
目黒さんは抵抗する。
……どうせこの人の信仰も、この程度だったんだ。
自分や他人の命も賭けられない信仰なんて、そんな安っぽちな信仰、れいちゃんには似合わない!
「鈴村くん!」
「っ!」
梅井さんが走って来るのが見える。
……早く、早く殺さないと。
「!……勝った」
目黒さん、あんた馬鹿だよ。
自分の凶器をこんな所に置いて。
「がっ……!」
僕がそれを素早く取って横っ腹に突き刺すと、目黒さんは目を見開いて力を弱めた。
僕はすぐさまもう一本……僕のナイフで首元を掻っ切った。
「よし、これでうるさくない……っと」
僕はホッと一息つくと、れいちゃんの方に振り向いた。
「……れいちゃん、殺したよ」
だから……僕を助けて。
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