〚ハエムラ ヒトミ〛⁡

『好きだった。だから、傷付けてしまった』




「ちょっと、この子困ってますよ」


出会いは偶然だった。


道の途中でしつこく声をかけられていた女子高生を助けたって、それだけだったのに。


「……」


助けた彼女が……あんまりにも暗い表情をしていたから、私はいつものお節介を発動してしまったんだ。


「ねぇ……ちょっと時間ある?」


今思うと、ナンパみたいな事をしたなーとは思うけど……後悔はしてない。


「大変だったね」


私がそう言った途端、泣き出して崩れてしまった彼女は……とても脆かったんだから。


「ごめんなさい……私……」

「いいのいいの。辛い時は泣いちゃいなさい」

「うっ……」


泣きじゃくる彼女を見て、何とか彼女を助けてあげたいと、そう思った私は思わず言っていた。


「よし!……お姉さんが楽しいとこ、連れてったげる!」



****



「ねぇねぇ、次何乗ろっか?!」

「えっ……えっと……」

「……あ、ごめん……私ばっかり楽しんじゃった……」

「い、いえっ!良いんです……」


私達が来たのは遊園地だった。


冬の、しかも平日の夕方という事で、お客さんがあんまり居ない。


「えーっと……あっ、聞いてなかった。あなたの名前は?」

「……れい、です」


そう言えば名前を聞いた事が無かったので聞くと、彼女はそう答えた。


申し訳無さそうにする彼女に、少しでも楽しんで貰おうと……私ははしゃぎ倒した。


最初は居ずらそうにしていた彼女も、


「あはっ……あははっ……」


最後の方になると、ちゃんと楽しそうに笑い声を上げていた。


「はー……遊んだねー……!」

「はい……たくさん遊びました……」

「疲れた?」

「えっ……ま、まぁ……」

「……良かった。疲れるくらい楽しめて」


最後、二人とももうヘトヘトで観覧車に揺られながら、もうすっかり友達の様な感覚で話しかけると、彼女もだいぶ柔らかくなった表情で笑っていた。


「私……こんなに楽しかったの、生まれて初めてです」

「ほんと?!……じゃあ、連れて来た甲斐があったかな」

「はい……ありがとうございます」


大体ウザがられる事ばっかりだったから……こんなに喜んで貰えるなら、お節介も悪くないなーなんて思い始めていた。


「私も……れいちゃんと会えて、良かったよ」


……そして、私もまた彼女に救われた様な気がした。


人と遊んで……こんなにドキドキして、こんなに楽しかったの、思い返してみれば一度も無かったから。


「……あの、」


そんな事を思っていると、彼女は遠慮がちに声を上げた。


「なに?」


私が答えると、彼女は思い切った様に言ってきた。


「私、本当は……れいじゃないんです」

「れいじゃないって……名前?」

「はい。……こまえって言うんです。……良かったら、こまちゃんか、こまって呼んでください……」

「……ん、分かったよ」


偽名を使っていた事に驚きつつも、そんな子が本名を明かしてくれるって事は……すっかり打ち解けてくれたんだなって、ちょっと嬉しくなってしまう。


「こまちゃん。……これで良い?」

「……!はい……!……えっと、あなたは……」

「ん?……あぁっ!ごめん!名乗るの忘れてた……私はひとみ、栄村ひとみです」

「ひとみ……さん」

「ん、よろしくね」


そういえばすっかり忘れていた自己紹介を済ませ、ちょうど一周を終えた観覧車から降りれば、辺りはすっかり暗くなっていた。


「あちゃー……ごめんね、こんなに遅くまで高校生連れ回して……明日何か用事ある?」

「明日……あっ」


学校とかありそうだし、早く帰りたいよなーと思って聞くと、彼女は苦い顔をして黙り込む。


「……?どうしたの?」


私が聞くと、彼女は何かを言いかけては口を噤むのを繰り返し、最後には押し黙ってしまった。


……どうしよう、何か嫌な事言っちゃったのかな……。


さっきまでしてたのは明日の話だし……あっ、もしかして……。


「帰りたくない?」

「!」


何となく、明日が嫌なのかなと思って聞くと、彼女はびっくりした様に顔を上げてから慌て出す。


「えっ……あっ、違くて……!」

「……いいよ」

「えっ……?」


私も、自分で言ってて……「えっ?」だった。


「帰らなくていいよ!」


だけど、言い出したら止まらなかった。


「帰りたくないなら……私んとこ、来てもいいよ」


……多分もう、その時から私は……彼女に惹かれていたのかもしれない。



****



結局……私はその日から、その子を……こまちゃんを家に泊めることになってしまった。


……そう。

私はついに、犯罪に手を染めてしまったのだ。


お母さん、ごめん……。

……でも、こんな健気な子が嫌がる事……家に帰らせるなんて、どうしても私には出来なかったんです。


「……よし!セーフ……」


私達はどうにか誰にも見られないようにマンションの一室に入ると、やっと息をつく。


……そして、そんなこんなでこまちゃんとの日々は始まった。


一緒に暮らしてみて気づいたのは……こまちゃんがドジっ子だった事。


「……ひとみさん?」


……そして、とても可愛い事。


「な、なに……?」


至近距離で見つめられて、思わずドキッとしてしまってから猛反省する。


そんな日々が続く中、私のこの気持ちはどんどん膨れ上がって、その度に気のせいであって欲しかった。


だって……それほど歳は離れていないにしろ、保護する相手の未成年に、しかも同性の女の子に……なんて。


でも、名前を呼ばれる度、その気持ちは形を確かにしていく。


……辛かった。


だって……絶対ダメな気持ちだったから。


彼女には申し訳無いけど……嫌な事から庇ってくれた人が、自分の事が好きで……邪な気持ちで庇っていたと知れば、それは信じた人に裏切られる様なものだろう。


だから……バレちゃダメだから、バレる前に辞めてしまおう。


「わぁ……おいしいね」


彼女が行きたいと言った駅前のアイス屋さんでパフェを食べながら、いつ別れを言い出そうか、そればかり考えていた時だった。


「……ひとみさん」

「ん、なに……?」

「ひとみさん……私の事、嫌いですか……」

「……えっ?」


自分の事で手一杯で……気づかなかった。

彼女の、出会った時の様な……いや、それ以上に苦しそうな表情に。


「どうしたの?!何かあったの?!」

「……私の方が聞きたいですよ」

「えっ……」

「ひとみさん、最近どうしたんですか?」


……もし、この流れで私が別れを切り出したら、きっと彼女は傷付いてしまう。


どうしよう……。


「ごめんなさい、分かってるんです。私がずっと家に居座って……」

「違う!違うの!」

「……」


否定しても、彼女は信じてくれなかった。


……言うしか無かった。


これで……これでもう、私みたいな大人に引っ掛からないなら……それで良い。


「……あなたの事が好きだから」


あぁ……言っちゃったな。


そう思って、どうしてもその場に居られなくて……早足に立ち去ろうとした時だった。


「それだけですか?」


彼女はそう言った。


「それだけって……意味分かってるの?!」

「分かってますよ」


私がつい感情的になってしまいながら言うと、彼女は平然と言った。


「私も、ひとみさんの事……ちゃんと恋として好きですから」



****



それから私達は、どちらから言う訳でも無く、恋人になっていた。


ここまでたった一週間程しか経ってないのが嘘の様に、私達は愛し合っていた。


「ん!……やっぱり、おいしい」


でも……やっぱり、時々信じられなくなる。


彼女はここに居る為に、無理して私と恋人ごっこをしてるんじゃないか……って。

居場所が無いから、自分を良いように搾取してくる人に耐えながら……泣きたいのを堪えて、今もここで笑ってるんじゃないかって。


……疑ってしまった。

愛してくれた、たった一人の恋人なのに。


「あははっ、もうバイバイだね」


だから……二人でいつもの様に遊びに行った時、いつの間にか変わった彼女に気づかなかった。


私にをして、楽しそうに笑う少女を……彼女でないと疑う事なんて、出来なかったんだ。


「分かりました。……さようなら」


それから過ごした彼女の居ない日々は、ひたすら自分を責める日々。


どうして……どうして私は汚い大人になってしまったんだろうって。


「……!」


だから、ある日ポストに……直接入れたんだろうメッセージカードが入っていた時、私は行かなきゃいけないと思ったんだ。


『8月29日の10時、近所の廃校で待ってます。こまえ』



****



「ゲームしよう!」


壇上でそう宣言した彼女を見て……やっとそうなんじゃないかって、考え始める事が出来た。


だって……違ったから。

どう考えたって、彼女じゃなかった。


でも……迷いは常にあった。


私を知らないフリして、人殺しをさせる彼女が、壊れてしまった彼女の本心なんじゃないかって。


……信じられなかった。

何がじゃなくて……全部。


だから尚更、逃げられない。


恋というのは恐ろしい。

人が死んだって……逃げられないくらい彼女の言葉に執着してしまうから。


「……こま?」


眠れないでいた夜。

チャイムが鳴ったのが聞こえて、何となく目を開けてぼーっとしていた時……私はやっと確信出来た。


あの時、一瞬だけこちらを見ていたあの子が……あの子がこまちゃんだ。


「れいちゃん」


そして……最初に助けて貰ってから、何となく一緒に居たあの少年が、彼女によって壊されていくのを間近で見て……怖くなった。


こまはに、壊されてしまったんだって。


「っ……」


三日目、隣から聞こえてくる断末魔を聞いて……次は私の番だと、そう思った。


でもその前に、どうにかして知りたい。


……こまちゃん、あなたの本心を。

あなたが本当に……あの子と違うって事。


『あー、あー……』


そんな時、放送が聞こえた。


『お呼び出しでーす。……二階に居る、栄村さん、栄村ひとみさん、僕が呼んでます』



****



この少年……鈴村くんも、『れいちゃん』に壊されてしまった人の一人。


この子はもうきっと、人を殺す事しか出来ないだろう。


でも……仮にも同じ姿の『人』を好きになってしまった人同士、話しておかなきゃいけないって思った。


「そんな急に……」


当然、鈴村くんは戸惑う。


いや、そんなこと言って……ただ私が、誰かに聞いて欲しかっただけかもしれないな。


私は……私の知る事を、全て託してから言った。


「……だから、もう私の前には姿を現してくれないんでしょ?」


話してる途中から、……あの子がずっと覗き込んでいるのが分かってた。


それが……こまじゃなくてもいい。

ただ、こまに届いて欲しい。


私の断罪が……彼女に。


「……あなたは?」


……いや、違う。

近づいて来る彼女は、私の知る……。


「!」


彼女は無言で私の前にしゃがみ込み、私にキスをした。


……間違い無い。


「こま……こまなの?」

「……」


こまは何も言わなかった。


けど……この感じは間違い無くこまなんだ。

言いたい事……そうだ、謝らなくちゃ、私がしてしまった事……。


あの時私に悪戯をしたのがこまじゃなかった事に気づいて、あんな酷い事言ってしまった事。


……そして、


「許してくれなくったって良いの。ただ、『れいちゃん』じゃない、ちゃんとあなたに謝りたくて……」


……私が言う間、こまはそれを黙って聞いていた。

私がようやく全て言い切ると、こまは表情を変えずに一言言った。


「……終わり?」


……ダメだ。

こんなんじゃ、許される訳無かったんだ。


「ご、ごめんね!他にもいっぱい謝らなきゃいけないことあるよね……」


私がちゃんとこまを傷付けた事、全部謝ろうと頭を回していると、


「……えっ?」


……痛い。


え?

痛みが走って……え?


「別に……嫌いになんて、なってないよ」


私は力が入らなくなった体が倒れていくのを感じながら、彼女の言葉を聞いた。


「でも最後くらい、『ごめん』じゃなくて『好き』って言って欲しかった」


……あっ。


そうか……私は、なんて酷い事をしてしまったんだろう。


結局自分が楽になりたくて、


「……好きだったよ、ひとみさん」


……彼女の本音なんて、聞こうとしなかったんだ。


これじゃあ……殺されたって、当然だなぁ……。




……あぁ、最後に……好きって言ってあげれたら、良かったのに。

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