彼女の正体

「君、しきくん……だよね」


振り返った彼女は、静かに泣いていた。

彼女は涙を拭いながら、僕にそう話しかける。


やっぱり……彼女は違うんだ。


「君は……『こまちゃん』?」

「そうだよ。昔君とよく遊んでた」

「昔……あっ」


それで思い出した。

この子は……あれだ。


昼間よく遊んでた子だ。


『こまちゃん』


そうだ……何で忘れてたんだろう。


「久しぶり……」

「うん。久しぶり」

「……」


会話が続かない。


何を話せば良いんだろうか。

今目の前で……好きな人を殺した彼女に。


「……何で殺したの?」


結局……そんな事しか聞けなかった。


「そんなの……君が一番分かってるんじゃないの?」

「……僕が?」

「うん。だって君……」


すると、予想外の返しをされる。

彼女は僕の言葉に貼り付けの笑みを浮かべ、静かに続けた。


「……れいちゃんと死のうとしたじゃん」


やっぱりそうなんだ。


でも……ダメだ、あの後がどうしても思い出せない。


「でも良かった、失敗して」

「……何で?」

「だって……じゃああの時死んでおきたかったの?」

「……」

「……危うく、れいちゃんに置いて行かれるところだったよ」


そして……こう呟く彼女は、酷く疲れ切った様な表情をしていた。


「しきくん……私、ひとみさんを殺したよ」

「えっ……うん」

「……だから、早く終わりにしたい」


……あぁ、そうか。


この子は……死にたいんだ。


まぁ当たり前か、好きな人殺して……。


そっか。

死にたかったから殺したんだ。


死ぬ前に……何か思う事があったんだろう。


それが復讐なのか、はたまた異常な愛なのかは、僕には分からないけど。


「……こまちゃんは死ぬの?」

「うん」

「そっか……」


僕がそんな事を聞くと、彼女は正直に答えた。


……異常な空間だけど、この場ではこれが普通だった。


僕らは、人を殺した人同士……世間では殺人鬼と言われる者同士なんだから。


「あっ、そうだ……私の事は、しきくんが殺してよ」

「僕が?」

「うん。……出来ない?」


そんな時、その殺人鬼は殺人鬼に、自分を殺す様に頼んで来た。


「……分からない」


れいちゃんの事は、出来れば殺したくないし、殺せるか分からないけど……こまちゃんだったらどうなんだろう。


まぁ、普通に子供の頃遊んでた子ってだけなら……今の僕だったら殺せる。


けど、この子はれいちゃんと同じ見た目で、でもそれ以上に、この子を殺せばれいちゃんは……。


「……れいちゃんは、自分の事教えてくれないんだよね」

「そうなの?」

「うん。れいちゃんは私の事は何でも知ってるのに、私はれいちゃんの事全然知らない」


彼女は寂しそうに笑ってそう言った。

けど……一つ引っかかる事がある。


「『サチ』はどうなの?」

「サチは……二人で作った子なの」


僕がそういえばと聞くと、こまちゃんはそう言って話し出す。


「れいちゃんがね、辛くなったら『サチ』になればいいって」

「『サチ』になる?」

「そう。サチで居れば、辛い時間も……強いサチが代わりに耐えてくれるの」

「へぇ……」


なんだか複雑になってきたけど……『サチ』が波止場さんの言ってた、後から出てきた存在って事なのかな。


「……ねぇ、最後だしれいちゃんの事教えてよ」


こまちゃんの言葉で、僕らは地べたに座り込んで、ぽつぽつと話し始める。


「れいちゃんは……不思議な子だよ」

「うん。私もそう思う」

「何でデスゲームやってるのかは分かんないけど……」

「えっ……分かんないの?」

「えっ……分かるの?」


すると、そんな話になって直ぐに脱線する。

最大の謎だと思ってたのに、彼女にはあっさり分かってしまうんだ。


「あれは復讐だよ」

「復讐……?」

「でも、れいちゃんの復讐じゃない」

「……どういう事?」


僕が聞くと、こまちゃんは笑顔になって話し出す。


「れいちゃんは、私の話を聞いて……復讐しようって言ってくれたの」

「……?」

「……ここに来た人、みんな私の事を苦しめた人だから……れいちゃんは私の為に、ゲームをしようとしてくれたの」

「つまり……れいちゃんが、こまちゃんの復讐を手伝ったって事?」

「うん」


こまちゃんはれいちゃんの事を話す時、とても楽しそうにするから……れいちゃんの事がとても好きなんだろうな。


「……でもね、一つ分からないの」


と……そんな事を考えていたら、こまちゃんは続ける。


「しきくんは、どうしてここに居るの?」

「えっ……」


どうしてって言われても……


「呼ばれたから……」


……こうしか言い様が無い。


だって確かに、れいちゃんは僕を呼んだんだから。


「それが、それだけが分からないの。どうしてれいちゃんは、しきくんを呼んだの?」

「そんなの……分かんないけど……」

「ただの舞台装置なら、しきくんじゃなくても良かったハズなのに。……私、しきくんに悪い事された事なんて……」

「うーん……」


考え込むこまちゃんの横で、僕も一緒になって考える。


誘われた時は……何か、気まぐれで誘われた様な気もするし……。


……。

分かんないなぁ……。


「私、ずっとれいちゃんと生きてきたから……れいちゃんの事は大好きなの。だけど、時々思っちゃうんだ」


考え込んでいた沈黙から、もう諦めて暇を持て余す様になっていた頃、ふとこまちゃんが口を開いた。


「……私の復讐でさえ、れいちゃんの舞台装置だったらどうしようって」


そう言うこまちゃんは……酷く怯えているようだった。


「だから……ね」


こまちゃんはそう言って、ナイフを手に握ったままの僕の手を持ち上げ、それを両手で握らせる。


「れいちゃん、聞いてる?……私、ひとみさんを殺したから……その分の『お願い』は叶えてくれるよね?」


そのまま、こまちゃんは自分の首元にその刃先を向けるように持っていく。


「私の『お願い』は……れいちゃん。れいちゃんが、しきくんに殺されて死ぬ事なの」


そこまで言ってから、こまちゃんは僕の方をまっすぐ見て、


「思いっきり切って」


と言った。


「……私なら、しきくんは殺せるでしょ?」

「……」


こまちゃんは急かす様にぎゅっと僕の手を握ってから、ゆっくりと離した。


僕はその時……怖かった。

何故かって、僕は切れるって……僕には切れるって、思ってしまったから。


「ばいばい、れいちゃん」


そして僕は、そう言った彼女の首を、


「っ……!」


……切れて、しまった。


僕は殺せてしまった。

こまちゃんだとはいえ……れいちゃんと同じ姿をしたその少女を。


こまちゃんはしばらく反射的に床をのたうち回って、そして静かになって動かなくなった。


……みんな殺した。

僕は……みんな殺したんだ。


「こんなんで終わりか……」


僕がちょっと寂しくなりながらも、自分の首元にナイフを当てていると……


「……」


……影が落ちた。


振り向けば……そこにはいつの間にか、れいちゃんが居た。


目の前に横たわる同じ姿の人を、れいちゃんはじっと見ていた。


どうしてこまちゃんを殺せたのか。

どうして魚住さんへのなでなでが許せなくて、栄村さんへのキスは許せたのか。

どうして二重人格を信じられないのに、れいちゃんとこまちゃんの違いは分かったのか。


それはとても簡単な事だったんだ。

彼女……いや、彼女は、二重人格じゃなくて……。


れいちゃんは首を傾けながら笑って、やがてゆっくりと口を開いた。


「誰がこまちゃん殺したの?」

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