彼女の殺人

最初、意味がよく分からなかった。


『元カノなの』


元カノ……って、カノジョで、それで別れて……って事で……カノジョ?


れいちゃんがカノジョ?

栄村さんがカノジョ?


いや……どっちもか。


……えっ?


待って待って、よく分かんない。


「……混乱させるつもりは無かったんだけどね」

「それは無理ありますよ……こんな急に……」


僕があからさまに頭をぐちゃぐちゃにする様子に、栄村さんはフッと笑った。


「まぁ、女の子同士が付き合ってるなんて……理解されないってのは分かるんだけどさ」

「……いや、そんな事より……僕、れいちゃんの彼氏なんですよ……?」

「ん?……あぁ、そうだったね」

「彼女にカノジョが居たって、結構ショックな事じゃないですか……?」


呑気にそんな事を言う栄村さんに、僕は思わずそう言ってしまう。


だって……うわ、結構ショックだから……。


「あぁ、君……それに混乱してるの?」

「そりゃそうですよ!誰が誰と付き合おうが知ったこっちゃないですけど……れいちゃんは……」

「……子供だね」

「子供ですよ?!」


突然現れた魚住さんよりも明らかなライバルに煽られて、焦りと動揺から思わず大きな声で言い返してしまう。


でも……知らなかった。

いつの間に、こんな大人の女の人と付き合ってたんだろう。


「あの……一応聞きますけど、もちろん栄村さんから告白したんでしょうね?」

「告白?」


僕が言うと、栄村さんは可笑しそうに笑って来た。


「なっ……」


僕がさすがにカチンと来ていると、栄村さんは「ごめんごめん」と続ける。


「いつの間にかだから……告白とかはしなかったけど、すれば良かったかな」

「しないでください?」

「……もうしないよ。フラれちゃったからさ」


……そうだ。

今付き合ってるのは僕なんだから。


一旦落ち着こう……って、落ち着けるか!


もー……訳わかんない……。


「でも鈴村くん、安心して」

「安心!?……どうやってですか!?」

「君の彼女と私の彼女は違うと思う」

「……違う?」


違うって何だ?


違う人って事?

いやいや……れいちゃんと付き合ってたって言ったんだから……あ、もしかして『彼氏』じゃないからノーカンって事?


そんな、『彼氏』は居ないからノーカンって二股かける奴みたいな言い草して……。


「彼女は二重人格って、いつか……言ってたよね」

「え?……あー、波止場さんが」

「そう。でも……違ったんだよ」

「違った……って?」


僕が思わず聞くと、栄村さんは続けた。


「二人じゃない」

「……?」

「……だって、私の付き合ってた彼女は『れいちゃん』でも『サチ』でも無かったから」

「じゃあ……何なんですか?」


栄村さんは僕の質問に小さく笑ってから、


「こまちゃん」


と言った。


「こまちゃん……?」

「そう。……多分彼女は、二重人格じゃなくて……本当は三人居るんだよ」

「そんな事……」


……確かに、前『サチ』かと思っていた人と会った時、れいちゃんと会った時みたいな感覚にならなかったし……別の人かと思った。


じゃあ……もしかしたらあの時会ってたのは、『こまちゃん』だったかもしれない……って事?


「じゃあその……『こまちゃん』とれいちゃんで、付き合ってた人が違うからノーカン……って事ですか?」

「そう。……私は、そう思ってる」

「……」


難しいけど……分からなくもないのが余計に腹が立って仕方ない。


……れいちゃんに対してじゃない。


ただ……この消化不良の現状に、どうしても落ち着いていられなかった。


「……じゃあ栄村さんは、その『こまちゃん』と話がしたいって事ですか?」

「そうなるね。……もっとも、こまが私と会ってくれるかは、分からないけど」

「……会って何するんですか?その……いくら『こまちゃん』だとしても、れいちゃんの体でもあるんですから……」

「大丈夫。変な事はしないよ」


一応という事で僕が聞くと、栄村さんはそう答えてひとまず安心する。


けど……やっぱりちょっとやだな。


中身がどうだとしても、れいちゃんの口から出る言葉には変わりないんだし……そもそも、僕は二重人格を別人として信じてる方じゃない。


……そんな事を考えていたら、栄村さんはゆっくり口を開いた。


「こまはきっと、こまの事を信じてあげられなかった私の事……もう嫌いになっちゃったんだと思う。……いや、元々嫌いでもおかしくないんだ」


そう言って、栄村さんは自嘲気味に笑う。


「……だから、もう私の前には姿を現してくれないんでしょ?」


そう言って地面から僕を見上げる栄村さんは……いや、違う。


栄村さんは、僕より少しズレた上の方……僕の後ろを見ていた。


「!れいちゃ……」


思わず彼女の名前を呼びかけたけど……違った。


……彼女じゃない。


「……」


酷く歪んだ表情で、栄村さんの事を見続けるその少女は……れいちゃんじゃなかった。


見た目がそうでも、れいちゃんだって……どうしても思えなかった。


あの時……一日目の夜に会った時と同じだ。


「……あなたは?」


そう問いかける栄村さんの元へ、彼女はゆっくりと進んで行く。


……そして、そのまま栄村さんの前にしゃがみ込むと、


「!」


キスをした。


……れいちゃんの姿で、他の人にキスをした……のに。


あれ?


全然嫌じゃない。


……何で?

れいちゃんじゃないから……?


でも、見た目はれいちゃんなのに……。


「こま……こまなの?」


ゆっくり長いキスが終わると、彼女……『こまちゃん』はそう問いかけるじ栄村さんをじっと見つめる。


「……」


『こまちゃん』は何も言わなかった。

栄村さんは焦る様に言葉を紡ぐ。


「こま、私……知らなかったの。あの時私に悪戯をした子が、あなたじゃなかったなんて……」

「……」

「……だから、あんな酷い事言って……ごめんね、私……あなたにとっても酷い事をしたの……」

「……」

「許してくれなくったって良いの。ただ、『れいちゃん』じゃない、ちゃんとあなたに謝りたくて……」


止まらないと言うように話し続ける栄村さんの言葉を、『こまちゃん』は黙って聞いていた。


「……終わり?」


そして……やっと口を開いたと思えば、一言だけそう言った。


れいちゃんみたいな口調なのに……やっぱりれいちゃんじゃない。


れいちゃんが明るい悪魔なんだとすれば、この子……『こまちゃん』は堕とされた天使みたいな。


つまりは、目が死んでるんだ。


れいちゃんは素であんな感じだけど、この子は色んなものにやられて壊れていった……そう。

例えるなら、今まで死んでいったデスゲームの参加者達みたいな雰囲気。


「ご、ごめんね!他にもいっぱい謝らなきゃいけないことあるよね……」


『こまちゃん』に冷たく言われたのが堪えたのか、早口で言う栄村さんに……彼女は予想外の行動に出た。


「……えっ?」

「別に……嫌いになんて、なってないよ」


彼女はそう言って、いつの間にか栄村さんから取り上げていた包丁を手に立ち上がった。


「でも最後くらい、『ごめん』じゃなくて『好き』って言って欲しかった」


包丁と彼女の頬から、雫がぽたぽたと垂れる。


「……やっぱり気づかないんだね。……でも、そんな所も好きだったよ、ひとみさん」


何が起きたか、分からなかったけど……




……栄村さんは、に殺されたんだ。

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