彼女とカノジョ
「よっ……」
僕は起き上がって、れいちゃんを見下ろす。
「殺しに行くの?」
「うん。……栄村さん、まだ残ってるから」
寝転がる彼女の髪を名残惜しくもひとすくいすると、れいちゃんはくすぐったそうに目を細める。
「これが最後のお願いになるのかな……」
そんな事を呟きながら、どうしようかと考え始める。
これ以上……僕は何を願えば良いんだろう。
もう十分な気もした。
けど……これは僕のお願いの為だけじゃなくて、れいちゃんの為でもあったから。
「栄村さんの分の『お願い』、考えとくね」
「……ん」
「れいちゃんは寝てるの?」
「んー……眠い」
もう昼頃になるからか、れいちゃんはベッドに転がったまま動こうとしない。
見てなくても、ちゃんと僕が殺したって分かるだろうか。
まぁ、もう参加者も二人しか居ないし……片方が死んでたら分かるか。
「あっ……しき」
「ん?」
「放送室」
「……放送室?」
「放送室から、話してるの流しといて」
「えっ……分かった、けど……」
賢い様な、どこか間抜けた様な提案をされて……まぁ良いかと立ち上がる。
「じゃあ、放送してるから……聞いててね」
「ん、頑張って」
「……分かった」
れいちゃんに見送られながら部屋を出る。
放送室は、事務室の隣にあるらしい。
事務室は……れいちゃんが入るなって言ってた所だ。
入るなと言われたからには近寄らない様にしてたけど、隣だったのならしょうがない。
「じゃあ……行ってきます」
「ん」
僕はれいちゃんと別れた後、小走りに廊下を移動する。
栄村さんは……あのままだったら二階に居るかな。
……まぁ、放送で呼び出せばいいか。
「えーっと……ここかな」
事務室が部屋の角だったので、必然的にここが放送室だろう。
表示を見ると……うん。
確かに放送室って書いてある。
……それにしても、事務室って何で入っちゃダメなんだろう。
波止場さんは入ってたよね。
「……いや、よそう」
変にれいちゃんの機嫌を損ねる様になる事はしたくない。
僕は煩悩を振り払う様に勢いよく扉を開け、放送室に入った。
「えーっと……こうかな……」
放送なんてした事無かったけど、有難い事に『放送のしかた』とかいう張り紙を見つけて、見よう見まねでスイッチを入れてみる。
『あー、あー……』
マイクに向かって声を出してみると、廊下からうっすら反響した僕の声が聞こえたので成功だろう。
僕は早速、そこに向かって話しかける。
『お呼び出しでーす。……二階に居る、栄村さん、栄村ひとみさん、僕が呼んでます』
……よし。
とりあえず放送は出来たけど……栄村さんはちゃんと来てくれるだろうか。
「……」
僕は放送のスイッチを入れたまま、ゆっくり扉を開けて廊下を覗き込む。
「……あっ」
そして……思い出した。
ここ、れいちゃんと来た所だ。
何か見覚えがあったのは、あれだ。
保健室から出て、まっすぐ廊下を走って来て……向こうの階段を登れなくて、隠れる様に入ったのが、この隣の事務室。
つまり……れいちゃんの部屋。
入っちゃいけない部屋。
「……」
あの地下の空間は……まだあるんだろうか。
あの場所で何があったか、ゲームしようってなったのは覚えてるけど……入ったら思い出せるんじゃないかな。
れいちゃんだけ覚えてるってのも寂しいだろうし、僕もいい加減忘れてる事思い出して、すっきりしたいし……。
「っ……」
小さく唾を飲み込みながら、放送室を出た所で事務室の扉に手をかける。
あの頃から背格好は変わったけど……肝心の校舎の方が変わっていないからか、それだけでもあの頃のドキドキが蘇ってくる。
しかも、れいちゃんにダメって言われた……ルール違反の扉なんだ、これは……。
……でも、開けたい。
唾を飲み込み、ゆっくりと扉を引くと……
「鈴村くん」
「わぁっ!……なんだ、栄村さんか……」
何センチか、ゆっくり扉を開けたタイミングで声を掛けられ、びっくりして飛び上がったら……そこには栄村さんが居た。
……そうだった。
僕が呼んだんだっけ……。
「……もう私一人なんでしょ」
栄村さんは体の前で自分の……まだ綺麗な包丁を構えながら、僕を警戒する様に距離をとったままそう言った。
「まぁ……さすがに聞こえてましたか。隣で僕ら……魚住さんが、あんなに大きな声出したんだから」
「……」
返事は特に無かったけど、あからさまに顔をしかめる辺り、相当来るものがあったんだろう。
「……まぁ、なんですけど。とりあえず入りませんか?少しなら生き長らえますよ」
僕は事務室にかけていた手を離し、一応栄村さんに背を向けずに放送室の扉を開く。
「……」
栄村さんはちょっと警戒していたものの、……放送で僕の元に来たくらいだ。
距離をとりつつも大人しく放送室の中に入る。
「さて……と」
僕は扉側に立ち、栄村さんと部屋の両端に立ち合いながらそんな風に呟く。
「僕、栄村さんに聞きたい事、あったんですよ」
「……」
「誰よりも正常そうな顔して、誰も殺さないで、人が死んでメンタルを崩して」
僕がそう言ってじっと見ると、栄村さんはぎゅっと包丁を握る手に力を入れる。
「……で、それなのになんでまだここに居るんですか?」
……そうだ。
この場に居る人は皆おかしいのに……この人だけ、どうして普通の人と変わらない様に見えるんだろう。
桃井さんとかも、普通な方に見えたけど……そういう人は結局、序盤に死ぬしかないのに。
「いいよ。……教えてあげる」
そんな事を考えていたら、震える声でもしっかりと、栄村さんはそう言った。
「……強気ですね」
「だって……私の方が年上なんだから」
「そうですか。……でも、僕の方が人を殺してますよ」
「そうね。……そう、知ってる」
声も震えたままなのに、あくまで対等に話そうとする栄村さん。
……何を望んでるんだろう。
「死ぬのは御免だけど……でも、私には知らないで死ねない事があるの」
「それは?」
「……それは、あの子が知ってるでしょうよ」
「あの子……れいちゃん?」
つまり……れいちゃんに何かを聞くまでは、死ねないって事か?
何だろう。
それを聞く為にデスゲームに留まる程、栄村さんが知りたがる事……。
「この際だから、貴方が同席しても良い。……けど、それをする前に私を殺すって言うなら、私にも考えがあるの」
「考えって?」
「……助けを呼ぶ」
助け……この場所に誰かを呼ぶって事か。
そんな事されたら、もちろん死体は見つかりまくるし……僕とれいちゃんもどうなるか分からない。
「……それがハッタリじゃない事を証明出来ますか?」
「屋外の放送に切り替える。その間に貴方に殺されるかもしれないけど……それでも放送は流れるでしょうよ」
「……」
「近づいたら今すぐするから」
「……分かりましたよ」
扉側をとって有利でいたつもりだったけど、栄村さんの方にも考えがあったらしい。
僕もそんな事されたらもちろん嫌なので、……まぁ最後の一人だし、会話位は良いかとその条件を飲む。
「じゃあれいちゃん、呼んできますか?」
「ううん。その前に……貴方に話しておきたいことがあるの。会話、遮られると……いけないから」
「話すって……何をですか?」
「……私の、隠してた事」
そんな調子で、まずは同じくらいの立場を手に入れた栄村さんは、ゆっくりと僕に向かって口を開いた。
「私は……あの子の元カノなの」
……は?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます